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31.全く食えない

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 僕が焦っていると、ラグウーフさんが呆れたようにパーロルットさんに言った。

「パーロルットさん……困ってますよ。トルフィレ様相手に商売始めるの、やめてください……」

 キャドッデさんも口を開く。

「そうですよ。トルフィレ様こんなんだから、気づいたら全部買っちゃってた、なんてことになりそうです……」

 二人に言われて、パーロルットさんは「そんなつもりはないのですが」と言って微笑んだ。

 すると彼に、ロティンウィース様が「トルフィレが気に入った菓子は、後で城に運んでおいてくれ」と言い出した。

 それを聞いて、キャドッデさんが、傭兵ロウィスだと思っている人に向かって言う。

「おい……さっきからお前、一体誰だよ? 傭兵だろ? なんでそんなにトルフィレ様に馴れ馴れしいんだ?」
「俺はただ、さっきトルフィレがクッキーを食べていた時の顔を、また見たいだけだ」

 パーロルットさんも、微笑んで言った。

「私だって、ただトルフィレ様に良い品を紹介したかっただけです。すぐにお菓子は用意致しますが、お送りするには、そこまでの道にうろつく魔物がもっと減らないと。どうなさるおつもりです? ロウィス」
「もちろん、魔物を一掃する」

 殿下がそう言ったのを聞いて、キャドッデさんが怒鳴る。

「そんなことっ……! できるもんかっ……! お前はここのことを知らないんだ! ここはずっと……魔物に襲われてるんだぞっ!!」

 息を荒らげる彼に、ロティンウィース様は、ゆっくりと近づいていく。

「……辛い思いをさせたな……」
「は? なんなんだお前……さっきから……」

 怪訝な顔をする彼の前で、ロティンウィース様は突然、背中から竜の羽を出して、古びたフードを脱いで笑った。

「トルフィレに回復の薬を持って来てくれて、ありがとう! 辛い思いをさせたままで、悪かったな! 俺はロティンウィースだ!!」
「…………」
「…………」

 突然姿を現した第二王子殿下を前に、二人とも絶句。何が起こったか分からないようだ。

 彼らの背後では、パーロルットさんがパチパチ手を叩きながら「うわー。殿下だったんですねー」なんてわざとらしく言って、殿下に「知ってただろ」って言われている。パーロルットさんだけは、傭兵ロウィスの正体を知ってたのか……

 全く知らなかったラグウーフさんとキャドッデさんは、驚いて何も言えないまま。

 彼らにロティンウィース様が振り向くと、二人とも壁まで下がってしまう。

「お、お、おおお王族……な、な、なんで……」
「ど、どどどどうしよう……ぼ、僕ら……し、死刑?」

 完全に怯える二人を前に、ロティンウィース様は、少し寂しそう。

「そんなに怯えないでくれ……何もしない」

 ちょうどそこに、レグラエトさんも大きな袋を抱えて部屋に入ってくる。

「パーロルット……待たせたな……何してんだ? お前ら」

 レグラエトさんは、壁際で怯えるキャドッデさんたちに振り向いて不思議そう。事情を知らない彼に、キャドッデさんとラグウーフさんが駆け寄って、二人でその場に平伏した。

「無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした!」

 二人が揃って言いながら、レグラエトさんの頭も無理やり下げさせているから、レグラエトさんは、キャドッデさんを振り払い苛立ったように言う。

「おいっ……何すんだよ!」
「やめろ馬鹿!! お、王族…………王族だぞ!」

 キャドッデさんが震えながら殿下の方を指差すと、レグラエトさんも、ロティンウィース様に振り向く。そして彼も、傭兵の正体に気付いたらしい。平伏しながらも、パーロルットさんを睨みつけて言った。

「なんで王族なんか入れてんだよ! パーロルット!!」

 怒鳴る彼に、パーロルットさんは、少し困ったように言った。

「……レグラエト……君は少し、口が悪すぎるよ……相手は一応、王族だからね……」
「お前も一応はないだろ」

 殿下が呆れたように言うけど、パーロルットさんは取り合わない。

「だったら、もっと王族らしくしてください」
「違いない」

 そう言って笑った殿下は、レグラエトさんに振り向いた。

「言いたいことは分かる……来るのが遅くなって、申し訳なかった」
「……」

 殿下は、キャドッデさんとラグウーフさんにも立つように言う。

「今はまだ、俺は傭兵のロウィスだ。顔を上げてくれ。必ず、ここは魔物から取り返す」

 殿下に言われて、三人とも、恐る恐るといった様子で顔を上げる。

 パーロルットさんが、殿下に向き直って言った。

「殿下。取り返すとおっしゃったからには、急いでいただかなくては困ります。このままでは、商売だってままならないので」
「もちろんだ。まーかせとけ!!」

 殿下がいつもの調子で答えても、パーロルットさんはどこか探るような目線を向けたまま。

「……食えない方だ……聞くところによると、周辺の貴族たちに声をかけているそうではありませんか。中には、かなりの有力貴族もいると聞きましたが……」
「……相変わらず、お前は耳が早いな……」
「ここで商売をする上で、情報は大切なものですから。ラグウーフも、戻るのは明日にしろと隣町から言われているようですし。これは、明日には安全になる、と言うことですか?」
「ああ。明日には、この辺りの魔物も一掃できているはずだ」

 そう言って殿下が笑うから、ラグウーフさんは驚いたようだ。

「ほ、本当に……魔物がいなくなるんですかっ……!? 本当ですか!?」
「ああ。今、街の各地に散った魔法使いが、魔物を退治している」

 そう殿下が自信満々に答えて、キャドッデさんも顔を綻ばせる。

 だけど、レグラエトさんは、まだ浮かない顔のまま。

「……今、魔物がいなくなったって……ディラロンテみたいなのが領主やってたら、どうせまた増えます……その場しのぎじゃないですか……」

 彼の言うことは最もだ。今、魔物がいなくなったとしても、それはまた、何度でも増える。

 けれど殿下は、皆に振り向いて言った。

「もちろんあの連中も放っておくつもりはない。この街を散々苦しめ、この地を荒らした連中だからな」

 どこか冷たさを感じる声を聞いて、みんながしんとなる。

 すると殿下は、いきなり僕を後ろから抱きしめた。

「俺の大切なトルフィレも傷つけたしな!」

 言って、殿下が僕をぎゅーっと抱きしめてくる。
 みんなの前なのに、何をするんだ!!

「あ、あのっ……! 殿下っ……!」
「とにかく今は、魔物を倒して民たちの安全を確保することが最優先だ」
「そうですけど……」
「レグラエト、キャドッデ、ラグウーフ、この辺りで一番大きな魔物が出る場所を知らないか?」

 突然王子に名前を呼ばれて、みんな驚いていたようだったけど、少し悩みながらも顔を見合わせて、一番最初にラグウーフさんが口を開く。

「街の外にも魔物が……で、出るんです。毒の魔物です……そのせいで、みんなが怪我を……」

 ラグウーフさんは、レグラエトさんに心配そうな目を向ける。怪我をしたのは彼らしい。

 僕も、殿下に振り向いた。

「毒の魔物のことなら、僕も知っています。街の近くに、今はもう使われていない砦があるんです。長く放置されて、今は廃墟になっていますが……そこに、魔物が出るんです」
「それが、今朝話していた、退治に行きたい強力な魔物か?」
「は、はい! かなり強力なもので、僕一人で相手をするのは危険で……あ、あのっ!! よ、よければ……そこまで付き合っていただけませんか!?」

 ドキドキしながら言うと、殿下はすぐに、僕に微笑んでくれた。

「デートの誘いみたいだな!」
「え……えっと……すみません。違います……」
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