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28.ありったけ
しおりを挟むブラットルが出て行き、すっかり落ち着きを取り戻した店は、営業を再開、すぐにいつもみたいに客で賑わい始めた。倉庫も元の静かな倉庫に戻って、レグラエトさんたちは作業場に戻っていった。
そして、僕とロティンウィース様とフーウォトッグ様は、作業場の上の階にある休憩用の部屋に呼ばれた。そこでパーロルットさんは僕らにお茶とお菓子を出してくれた。
「ありがとうございました……本当に……」
そう言って、パーロルットさんが僕らに頭を下げる。
そんなことをされると思ってなくて、僕は焦った。
「い、いえっ……そんな…………ぼ、ぼぼ、僕は……」
「ブラットルはいつもああで……困っていたんです。本当に、助かりました」
「い、いいいいいえ! ほ、本当に……」
ブラットルを追い払ったのは、どちらかといえばキャドッデさんやロティンウィース様なのに……ぼ、僕、こんなところにいていいのかな……
丸いテーブルには、お菓子とお茶が並んでいる。
すごい……これが、お菓子……遠くで見ていただけの、クッキーというものだ。それが、お皿に乗って、テーブルの上に置かれている……
こんな近距離で見たのは、まだあの城に家族がいた頃、兄弟たちのためにお茶の用意をした時以来だ。こんなに近くに、クッキーが……
ジーーーーーーっと見つめていたら、パーロルットさんに声をかけられた。
「トルフィレ様?」
「は、はいっっ!! ごめんなさい食べてませんっっ!!」
「え……?」
突然僕が叫んで捲し立てたから、パーロルットさんは、キョトンとしていた。
しまった……つい……
「ち、ちがっ……違うんです…………す、すみません……」
「何に対する謝罪なのか、私には分かりませんが……何か、おかしなところでもありましたか?」
「いっ……いえ! と、とんでもないっ……です! く、く、クッキー…………クッキーです、よね!?」
「は、はい……」
「あ、えっと……クッキーが、並んでて…………」
……何か言えよ、僕……美味しそうですね、とか、気の利いたこと言えればいいのにっ……!!
ただただ慌てていると、パーロルットさんは、少し戸惑ったようだったけど、すぐに僕に微笑んだ。
「どうか、お召し上がりください。港町で話題になっているもので、精霊の国でしか取れない材料を使ったお菓子です」
「めしっ……召し上がって……? 僕が食べていいんですか!???」
「は、はい……どうぞ…………」
いいんだ……だ、だけど、これ……ど、どうやって食べるんだろ……
食べていいって言われたのに、やっぱり食べられなくて、じーっと見つめ続けていたら、隣の席に座っているロティンウィース様に、声をかけられた。
「何か、困ったことでもあったか?」
「え!? あっ……えっと……」
い、いいのかな……聞いても……
恐る恐る、僕は彼の耳元に顔を近づけて、小声で言った。
「……こ、これ……ど、どうやって食べるんですか……?」
恥を忍んで聞くと、殿下は僕の前でそれを摘んで口に入れて見せる。
それでいいのか…………フォークもナイフもいらないんだ!
「い、いただきます!!」
すぐに摘んで、口の中に放る。
甘い……なんだかいい香りがする……こんなもの、初めて食べた……甘さが口の中に広がって、うっとりしてきた。
何より、誰かが僕のこと、こんなふうに客として迎えてくれるなんて……
そんな風に思ったら、嬉しくて、胸がじわじわ熱くなる。
「トルフィレ様……? あの……どうかなさいましたか……?」
焦ったようなパーロルットさんの声を聞いて、僕は、顔を隠しながら、なんとか笑顔を作ろうとした。そうでないと、また泣いてしまいそう。僕、こんなに泣く奴だったかな……
「な、なんでも……ないです……」
「……もしかして、お口にあいませんでしたか?」
「あっ……いえっ……! ち、違っ……! 違うんです!!!! 僕、こ、こんなのっ……食べたことなくてっ…………お菓子って、こんな味するんだなって………………ずっと、遠くから見てるばかりで……食べてみたかったから…………」
どうしよう……話しながら、涙が落ちそう。嬉しくて、お礼を言いたいはずなのに。
すると、パーロルットさんは、にっこり笑って、お菓子と紅茶を運んできてくれた人に、あるだけお菓子持ってきてと言いだした。
「そうだ。いい武器もあるんです。用意いたしますので、どうか、お収めください。今回のお礼です」
「い、いえっ……いいいいいいえ!! そ、そそ、そんなっ…………!!」
「紅茶も、いいものがあるんです。海を越えたあたりにある森から取り寄せたもので、とてもいい香りがするのです。ぜひ一度、お試しください」
「あのっ……僕、もう本当に…………」
ど、どうしよう……
慌てるばかりの僕だけど、パーロルットさんは僕に微笑んで、「トルフィレ様に食べてほしいんです」と言ってくれて、ロティンウィース様も僕を見上げている。
その顔を見ていたら、また恐る恐るお菓子に手を伸ばしてしまった。
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