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26.僕に耐えるなんて、もうできなかった
しおりを挟むかなり驚いている様子のレグラエトさんに、キャドッデさんが言う。
「お、お前だって……知ってるだろ!? トルフィレ様が、魔物と戦ってくれてることっ……これもっ……その時に手に入れたらしいっ……」
「だ、だって……こ、こんなもん、なんでっ……お、お前に渡すんだよっ……!? これがどれだけのものか、分かってんのか!?」
「お、俺だって……驚いたけど…………」
二人が僕に振り向く。
せ、説明……した方がいいのかな……?
「た、たまたま見つかって……役に立ててもらいたくて渡しただけです……」
すると、レグラエトさんは、気まずそうに顔をそむけた。
「役にって……そ、それだけの理由でっ……!? なんで……こ、こんなもん手に入れられるならっ……な、なんで……新しいローブくらい買わないんだよ……」
「…………」
そういえば僕、今ボロボロのローブ着てたんだ……
だけど、なんでって言われても、僕はずっとこうだ。悪徳領主のクソ息子なんて言われてるけど、そうだった時から、人目につかないように魔物退治をする時だけ外に出て、あとは地下の部屋に閉じ込められたまま。アフィトシオたちがきてから、さらに状況が悪くなっていったけど……
キャドッデさんは、レグラエトさんに振り向いて言った。
「お前だって……本当は知ってるだろ。トルフィレ様が魔物退治してくれてること……だから俺が武器管理してんのだって、見逃してたんだろ?」
「……」
「と、とにかくっ……! それで魔力はなんとかなるはずだ!! あとは、頼めるか!?」
「わ、わかった……」
そう言って、レグラエトさんは、魔物の泥が入った袋を受け取り、作業場へ行こうとしたけど、その手を、フーウォトッグ様が掴んで止めた。
「用意する必要はありません」
「はあ!? なんだよお前!!」
「あの男に、そんなものを渡す必要はないと言っているのです」
「だけどっ……!」
反論しようとしたレグラエトさんだけど、すぐに言葉に詰まる。
……フーウォトッグ様の言うとおりだ……
渡したところで、ブラットルたちは、どうせ魔物退治になんか行かない。それは、ここにいるみんなが知っている。むしろ、なんであんなに武器欲しがってるのか不思議なくらいだ。
フーウォトッグ様は、殿下とまだ騒いでいるブラットルの方に振り向いた。
「この場は、ロウィスが収めます。みなさんは巻き添えを食わないように、下がっていてください」
彼はそう言って、僕らを倉庫から遠ざけようとする。
だけど、ブラットルはすぐに手が出る奴だ。今すぐに殿下に殴りかかってもおかしくない。
倉庫の中では、腹を立てたらしいブラットルが喚いて、殿下がそれをのらりくらりとかわしている。
「まあ、落ち着け」
「な、なんだ……お前はっ……傭兵!?」
「昨日、アフィトシオ様に魔物退治を頼まれたんだよ。とはいえ、まだまだ駆け出しだがなー。忘れたのか?」
「……そんなもの何人もいて、もう覚えていないっ……! ただ金で雇われただけだろう! 俺はディラロンテ様に召し抱えられた剣士だぞ!」
「あー……知ってる知ってる。だけど、そんなに強いブラットルさんが、こんなところで武器一つで喚いて、どうしたんだ? 武器や素材ならあるだろう?」
「ないからこうして来ているんだ!! 俺たちは毎日魔物と戦っているんだぞ!! 武器が必要なんだ!! 素材もだ!! だからこうして来てやっているんだ!! このままでは、この街を守りきれないぞ! これは、立派な反逆じゃないか!」
「そうかー。困ったなー。来て欲しいとは誰も言ってないんだがなー」
「ああ!? 喧嘩売ってるのか!?」
「そうじゃない。さっきからこっちの店主が、物資がないと説明してるじゃないか。だいたい、街道を通れないのに、武器持ってこいなんて、無茶な話だろ?」
「……お前っっ……!! さっきから、誰に向かって口をきいている!? 傭兵風情が!!」
ついに、ブラットルは、殿下に手を伸ばした。
耐えるなんて、もうできなかった。
フーウォトッグ様が止めるのも聞かず、彼の手を振り払い、僕は、倉庫の中に飛び込んでしまった。
「やめろっっ……!!!!」
叫んで、僕はブラットルとロティンウィース様の間に入った。
殿下に手を出すことも、こんな風に、街で横暴を働くことも許せない。
みんな、怯えているじゃないか。さっき助けたラグウーフさんだって、街を歩いている時は笑顔だったのに、今はもう涙目で震えている。
突然出てきた僕に、ブラットルは驚いて振り向いた。
「お前……トルフィレっ……!? こんなところで何をしている!? 魔物退治に行ったんじゃなかったのか!??」
「行きました……魔物退治ならしています……だっ……だから…………! ここで暴れないでください!! 素材が足りなくてみんなが困ってること、あなただって知っているはずです!」
「だからなんだ!! 俺が持ってこいって言ってるんだぞ!」
「だ、だ……だったら……せめて……ま、魔力を補給することにくらい、協力してくれたって…………!! ぼ、僕っ……渡しましたよね!? ま、魔物退治で手に入れたものっ……全部っ……全部っ……! 一つ残らずっ……あの泥だって、いくつもっ……全部、渡したのにっ……!! あ、あれ、どうしたんですか!? 街を守るために必要なものだって……そう言ったのにっっっっ!!!!」
喚きながら、無駄なことを言っていると分かっていた。彼らが、そんなことのために使うはずがない……
だけど、手に入れたはずのものは全部取り上げられて、自分を無理矢理納得させるために、無理矢理でもいいから、信じたふりをしたかった。
諦めた気でいたけど、それでも、ひどく悔しかった。そして、今だって。こんなの許せない。
初めて怒鳴り返した僕を見て、ブラットルはひどく驚いていたけど、すぐに、僕を指差して叫んだ。
「素材? なんの話だ? 悪徳令息が!! お前が全部勝手に好きに使ったんじゃないのか!? それを使って何を企んでいる!? 見てみろ! 悪徳令息が、また悪事を働いているぞ! お前のことは近いうちにディラロンテ様が断罪してくださるからな!! 今度は鞭で済むと思うなよ!!」
「か、勝手なことを言うなっっ!!」
怒鳴り返したのは、僕じゃなくて、いつの間にか僕の隣に立っていたキャドッデさん。
びっくりして、何が起こったのか分からなくなりそうだった。
ブラットルに言い返したら、後で何をされるのか分からない。彼が、ここで権勢を振るうディラロンテに召し抱えられている剣士だというのは、事実なんだから。
僕は、慌ててキャドッデさんを止めた。
「あ、あのっ……や、やめてくださいっ…………危ないですっ……!」
「そっちこそっっっっ!!!!」
「……え……………………?」
耳が痛くなるような声で怒鳴られて、僕はびっくりした。
彼が僕の前で感情をあらわにすることはなくて、武器を渡す時も、あまり僕のことは見ないようにして、いつだって言葉少なに対応するだけ。僕も、街での自分の評判は知っていたし、人と話すのも怖いから、できるだけ彼には関わらないようにしていた。
それなのに彼は、僕を無理矢理後ろに下げて喚いた。
「そ、そんなボロボロで何言ってんすか!!」
「……で、でも……僕はいつもこうだし…………」
「いつもこうとかっ…………そんなのっ……! …………俺らのためじゃないですか!!」
「え…………」
「とっ……とにかく! そっちこそ、またいつもみたいに殴られますよ!! 下がるのはそっちです! ブラットルだって、俺らと同じ、平民なんだ!」
そう言って、キャドッデさんは僕を振り払ってしまう。
ブラットルは、キャドッデさんを怒鳴りつけた。
「キャドッデ……お前っ……!! 俺に逆らって、どうなるか分かってるのか!!??」
「な、何言ってやがる! お前だって、別に貴族でもなんでもないくせにっっ!! それよりっ……! トルフィレ様がそんなことするわけねーだろ! なんでトルフィレ様が断罪なんだっ……お、お前に渡す武器っ……あれに必要な物だって、と、トルフィレ様が渡してくださったのに!!!!」
「なんだとっ……!?」
「け、今朝っ……た、たまたま会った時にっ……!! 礼だって言って……! あんな貴重な物っ……!! たまたま会った俺に渡してくださったんだ!!」
「まさか…………!」
ブラットルは僕に振り向いて喚いた。
「トルフィレっ……! お前っっ……! よくもっ……!!」
彼は僕を睨んでいる。素材を渡さなかったことに腹を立てているんだろうけど、もうそんなことに従えない。城の奴らに渡すより、彼らに渡した方が、よっぽど有意義だ。
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