全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐

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23.いつもは見ていられなかった風景

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 ロティンウィース様が、助けた人に振り向く。

「もう傷は痛まないか?」
「は、はい……ありがとうございます……」
「名前は?」
「あ……えっと……ラグウーフって言います……」
「キャドッデの店に向かう途中だと言っていたが、どこから来たんだ?」
「えっと…………」

 ラグウーフさんは、ひどく答えにくそう。

 多分、隣町から来たんだろうけど、そんなこと、おおっぴらに言いにくいんだ。領主の代わりをしているアフィトシオが隣町までの道を閉鎖しているんだから。

 言いにくそうにしている彼を見ていると心苦しくて、僕は横から慌てて言った。

「あ、あのっ…………ま、街の……商店が集まる方……ですよね?」

 ごまかすようなことを言いながら、ますます胸が痛い。隠すようなことじゃないのに。あの道が通れないこと、僕が一番よく知ってるのに……

 彼らが物資を運んでいてくれるから、この街はなんとかもっている。

 隠さなくていいって言って、感謝を伝えたい。だけど、僕にそんなことを言われたら、多分怖いよな……僕はここでは、街で我儘に振る舞い、民たちを傷つける悪徳令息。そして、隣町までの道を閉鎖した、アフィトシオたちの仲間なんだ。そんな奴に、閉鎖した道を歩いてきた、なんて知られたくないはずだし……

 苦しい思いでいると、殿下が、俯いたままのラグウーフさんに言った。

「……答えにくいことを聞いて悪かったな」
「……いいえ…………」
「だが、安心しろ! ちゃんと店まで送る! トルフィレは、この街のこともよく知っているようだからな!」
「だったらっ……あの道通れるようにしてくれたって……!!」

 怒鳴りかけて、ラグウーフさんは口をつぐんだ。

 彼の言うとおりだ。だけど何も答えられない。

 すると、俯くラグウーフさんに、殿下が優しく言った。

「……街の外から来たのか?」
「あ、そ、その……」
「そんな顔をするな。トルフィレはこの街の状況もよく知っていると言っただろう? だから、こうして一緒に歩いているんだ」
「え?」
「店に向かう道すがら、教えてほしい。隣町まで行く道の、どの辺りで魔物が出たのか教えてくれれば、魔法使いを向かわせる」
「魔法使いを……!? できるんですか!?」
「そのために俺たちは来たからな!! トルフィレだってそうだ。ここの状況を少しでも改善したくて、お前を助けたんだ」
「…………」

 ラグウーフさんは、恐る恐るといった様子で、僕に振り向く。

 そうか……街で魔物退治をしてくれている部隊の人に、あの道に行ってもらえばいいんだ。

 僕だって、ここがこのままだなんて嫌だ。だけどいつも、死にかけのまま、見つけた魔物を倒すことしかできなかった。

 今なら、手を貸してくれる人たちがいるんだ。

 僕は、ラグウーフさんに頭を下げた。

「お、お願いしますっ……!」
「えっ……あ、あのっ……!」
「僕も、あの道……と、通れるようにしたいんです! こ、ここに来た時のこと……教えてください!!」
「分かりました……」

 彼は頷いて、殿下に道を歩いてきた時のことを話してくれた。やっぱり魔物が多くてかなり危険らしい。だけど、キャドッデさんたちとはかなり長い付き合いで、彼らのためにここまで来ているようだ。

 話を聞いた殿下は、竜のアンソルラ様に振り向いた。

「では、アーソ……そっちを頼む」
「任せておけ!」

 そう言って、竜のアンソルラ様は空に飛び上がり、去っていく。

 殿下は、ラグウーフさんに振り向いた。

「後のことは、任せておけ!!」
「あ、ありがとうございます! 本当に……ありがとうございます!」

 何度もお礼を言うラグウーフさん。

 よかった……

 ホッとする僕にも、ラグウーフさんは振り向いた。

「あ、あの……」
「え?」
「……さっきは、ありがとうございました……助けていただいて……」

 そう言って、彼が頭を下げるから、僕は焦った。

「え!? え!? き、気にしないでください!! た、助けたなんてっ……!! も、もともとここの魔物をなんとかするのは僕らの役目なんだしっ…………あ、あの! む、むしろ僕なんかが助けちゃって……すみません!! あの……あ、安心してください!! なるべく目立たないようにしてますから!!」

 すると猫のフーウォトッグ様が、僕を見上げていった。

「だから今朝、装備を断ったのですか? 物資の少ないこの街で、見慣れない装備を持った男がいると、目立つから」
「あ、えっと……それは……」

 図星すぎて答えられないでいると、ラグウーフさんは、また丁寧に僕に頭を下げる。

「ほ、本当にありがとうございました……トルフィレ様……」
「え!? え? えっと……ほ、本当に……僕は……」
「それと」
「え?」
「目立たないようになんてしなくて、大丈夫ですっ!」

 彼はそれだけ言って、僕らの前を、フーウォトッグ様と歩き出す。

 さっきの……ど、どういう意味なんだろう……

 よく分からないけど、殿下が行くぞって言って、僕の手を引いてくれる。

 僕は、殿下の隣で、また歩き出した。さっきと同じくらい落ち着かないけど、少し安心して。

 こんな風に街を歩くの……初めてだ……

 いつもは魔物を倒してすぐに帰るから、街の様子なんて、ちゃんと見ていなかった。なにより、いつも傷だらけでボロボロで、顔をあげることすら、痛くてできなかった。血を止めるだけで必死だったから。

 だけど、こうしてみると、思っていたより、大通りは穏やかで、人ものんびり歩いている。道路沿いの店には、美味しそうなパンや野菜が並んで、客も店の人も笑顔だ。

 一緒に歩くラグウーフさんも、店の話をしてくれた。

 その顔を見ていたら、僕が彼を助けた時のことを思い出した。
 あの時の僕は、額から血が流れていて、痛みで目が霞んでいた。
 怯えてすくみ上がっている人たちにも、逃げてって、そう叫ぶだけで精一杯だった。

 だから彼のことも、怯えて何度も何度も転びそうになりながら逃げていく姿しか、覚えてない。それからどうなったなんて、確かめる術もなかったけど……また、行商としての仕事を続けているんだ。

 彼は、フーウォトッグ様と、自分が運んでいる魔法の道具や、隣町のことについて話していた。

 周りも、魔物がいるとは思えないくらい穏やか。
 いつも魔物を倒しては誰にも目につかないように走って城に帰っていたけど……この街って……こんな街だったんだ……
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