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21.それなら、俺たちが送って行こう!

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 しばらくずっと強く抱きしめられて、やっと離してもらえてから、僕は、魔物に襲われていた人に駆け寄った。

「大丈夫ですか!??」

 僕が叫んで駆け寄ると、その人はすぐに、僕の正体に気づいたようだ。

「とっ……トルフィレさま……」

 震えている彼は、その場にへたり込んだまま、立てないでいる。傷はアンソルラ様の回復の魔法で全て塞がっているけど、怖かったんだろう。足が震えている。

 その人のそばに、魔物を遠ざけるための、小さな宝石のような形の魔法の道具が落ちていた。けれどそれは、魔力を失っているようだ。さっきの魔物に襲われた時に、魔力を使い果たしてしまったんだろう。これじゃもう、使い物にならない。

 すぐにそれを拾い上げ、魔力をこめる。するとそれは、微かに光り始めた。

「これで……しばらくはもつはずです…………」
「…………」

 襲われていた人は、震える手を伸ばして、僕からそれを無言で受けとる。
 まだひどく怯えているみたいだ……あんな魔物に襲われた後なんだから、当然だろう。

 家まで送りたいけど、僕といることが知れたら、街の人にこの人まで悪く言われてしまうかもしれない。
 大通りまで行けば、力はかなり弱っているけど魔物を遠ざけるための魔法の道具が設置されているはずだから、魔物に襲われる確率はだいぶ減るはずだ。

「あ、あのっ……あ、あなたさえよければ、大通りの方まで送ります……」

 そっと言うけれど、突然評判の悪い悪徳令息にそんなことを言われ、その人は戸惑っているようだった。
 返事をしないでいる彼に、今度は殿下が声をかける。

「どこかへ向かう途中だったのか?」
「…………」
「怯えなくていい。俺たちは、魔物がいないか、調査して回るように言われているんだ!」
「…………魔物が……そうですか……」
「だからまた魔物が出ても俺たちが倒してやる!」
「……ありがとうございます…………僕は店まで……この先にある武器を売る店に向かう途中だったんです…………」
「この辺りにそんな店があるのか?」
「い、いえ、この辺ではなく、大通りをまっすぐ行ったあたりです。結構大きな店なんですけど……知りませんか? キャドッデさんっていう剣も使える店員さんがいるところです」

 それを聞いて、僕はつい、あっと声を上げてしまった。
 この男の人、どこかで見たような気がすると思ったら、キャドッデさんのところに出入りしている行商の人だ。隣町から来て、彼のお店に魔法の素材や道具を運んでいたはず。

 殿下が僕に振り向いて言った。

「トルフィレ、知っている店か?」
「え…………えっと…………」

 どうしよう……殿下はともかく、この男の人に、僕がキャドッデさんに武器を預かってもらっていることを知られるわけにはいかない。

「あの、ぼ、僕! 一応領主の一族だったし……だ、だから……知ってるだけ、です……」
「……」

 恐る恐る言う僕を見て、殿下は僕に近づいて耳打ちしてくる。

「もしかして、そこがトルフィレが行きたいと言っていた店か?」
「そ、そうですけど、そ、そのことは黙っていてください……僕と付き合いがあることを知られたら、店に迷惑が……」

 ビクビクしながら言うと、殿下はパンっと大きな音を立てて手を叩いた。

 びっくりする僕らの前で、殿下は胸を張って大きな声で言う。

「よーし!! それなら俺たちが店まで送ってやろう!!」
「ええっっ!???」

 驚いたのは、僕の方。街の人を苦しめるわがまま悪徳令息の僕に送られるなんて、この行商の人だって嫌だろう。

 けれど、フーウォトッグ様とアンソルラ様も、殿下に賛成してしまう。

「いいですね。また魔物が出るかも知れませんし」
「せっかく助けたんだし、また襲われたんじゃ、意味ねーからな!!」

 二人とも、止めてください!! 僕はあんまり表通りを歩くわけにはいかないのに!!

 けれど殿下は、驚く男の人に笑顔で言う。

「構わないだろう?」
「で、でも……め、迷惑では……」
「そんなことないぞー。俺たちも、そこへ向かう途中だったんだ!!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ!! だから、一緒に行こう!」

 へたり込んだままのその人の手を、殿下は握って立たせて、僕に振り向いた。

「行くぞ!! トルフィレ!!」
「え、えっと……」

 い、いいのか? 僕が送っても。ど、どうしよう……

 僕は、恐る恐るその人に振り向いた。

「ほ、本当に、いいんですか?」
「……なんで送ってくれる側のトルフィレ様が、そんなことを言うんですか……」
「え!? えっと…………だって、僕に送られたら、め、め、迷惑……ですよね…………?」
「…………僕、以前にも、トルフィレ様に助けてもらったことがあるんです」
「え!?」
「覚えていないんですか?」
「あ、すみませんっ……!!」
「……トルフィレ様が謝ることじゃありません……結構強力な魔物と戦ってたのに、覚えてないのかなって思っただけだから……」

 街でも、僕はよく一人で魔物退治をしている。その時に人が襲われていることもあって、助けたことも何度かある。とはいえ、その数は多くて、ついでにできるだけ人目につかないようにしているから、顔までちゃんと覚えていないことが多いんだ。

「……えっと、だ、大丈夫でしたか? その時は……家に帰れましたか?」
「はい………………トルフィレ様は…………」
「え?」
「…………トルフィレ様は、家に帰れたんですか? あの時、魔物に踏まれてましたよね?」
「……踏まれて……?」

 あーーー!! 思い出した!! 少し前に魔物退治に出た時に、襲われていた人を逃したことがあったんだ。あの時は、今よりずっと大きな魔物が出て、僕は、倒れた人たちの周りに結界を張って逃げるように叫んだんだ。
 だけど、結界を張りながら魔物を貫く魔法を放つ魔力なんて、僕には残ってなくて、僕が放った魔法はあっさり吹き散らされて、気づいたら、踏まれてた。

 よく生きてたなーー……僕…………

 嫌なことを思い出して、急に落ち込み始めた僕を見て、襲われていた人が首を傾げる。

「トルフィレ様?」
「なんでもないです……思い出しました。僕は、大丈夫です。あなたが……無事でよかった」

 ……それに、自分が思っていたより頑丈でよかったぁ……

 この人も無事でよかった。

 だけど、その人の服は汚れているし、持っていたんだろう箱はひっくり返っている。怖かっただろうし、こんなことをされて、悔しかっただろう。

 僕は、空っぽの箱を拾い上げ、それに、周りに散らかっていたものを全部拾い集めて、振り向いた。

「……い、行きましょう……ぼ、僕でよければ……家まで送らせてください」

 すると、アンソルラ様が僕の周りを飛びながら言った。

「口説いてるみてーだな!! 可愛いー!!」
「は!? や、やめてください!! 違います!」

 僕は真っ赤になって否定すると、今度は殿下に後ろから抱きしめられる。

「トルフィレは、俺に口説かれていればいい」
「ロウィス……」

 抱きしめる腕に力が入ってる……そんな風にされるのも、ちょっと嬉しい……
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