全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐

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20.礼はいらない!

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 また数日後。アステルはヴェラの見舞いに病院へ足を運んだ。アステルが調合した薬がヴェラの体に合ったようで彼女の容態は少しずつではあるが確実に回復しているそうだ。どこか不安な気持ちを抱えながらアステルは静かに病室の前に立ち、護衛の騎士が見守る中、深呼吸を一つ。そしてドアをノックした。

「失礼します」

 柔らかな声で告げながらドアがゆっくりと開き、アステルはそのまま中へと入る。
 ヴェラはベッドに横たわり、しばらく目を閉じたままでいたがアステルが足音を立てずに近づくと、ゆっくりと目を開けた。
 その瞬間、アステルの中で小さな驚きが駆け巡る。ヴェラの目には、以前感じた冷徹なものとは違う、それは感情が宿っているような、少し弱さを含んだ輝きが見えたからだ。

「……あ……あなたは……」

 ヴェラがかすれた声で呟く。アステルは思わずその声に耳を傾けると、微笑みを浮かべて、優しく答える。

「アステルです。気分はどうですか?」

 アステルの言葉に、ヴェラは少し驚いた様子を見せ、しかしすぐにそれを振り払うように首を横に振った。

「……良くなりました」

 その言葉に、アステルはほっと胸を撫で下ろす。だが、すぐにヴェラは続けた。

「何故、私を助けたのですか?放っておけば、貴女の夫を奪おうとする女が一人消えたはずなのに」

 その問いはどこか冷ややかでありながらも、心の奥底で疼く痛みが滲んでいた。
 その言葉にアステルは一瞬黙ったが心の中で深く息を吐き、ヴェラの目をしっかりと見つめた。

「ヴェラさんがいなくなっても、また別の人が来るのでしょう?」
「はい」

 アステルのその言葉にヴェラはゆっくりと頷く。そして、アステルはその言葉に心から納得した。無理もない。ダークエルフの里において、彼女達に必要なのは──男のダークエルフ、つまり使命を果たす者であり、ヴェラが果たせなかった役割を担う者がまた現れるだけ、ヴェラの代わりはいくらでもいる。

 アステルは小さく息をつく。ヴェラ一人をどうにかしても、根本的な解決にはならない。シリウスが心配している通り、また別の者が現れ、同じことの繰り返しになる。

「家族を引き離すのは、我々が想像しているよりも辛いものなのですね」

 その言葉は、かすかに自嘲を含んでいた。ヴェラは目を伏せ、過去の記憶に囚われるように呟く。

「父とはあまり会話をしたことがありません。母は私を産んですぐに亡くなってしまったので」

 父は沢山の子供達の父親だったが妻の中にはお気に入りとそうでない者で差をつけていった。気に入った女の子供には愛情を注ぎ、そうでない女の子供には何もしない。
 ヴェラは気に入られなかった女の子供だった。だからヴェラには家族が大切だと言われても理解ができなかった。彼女の自分の状況と向き合う姿はどこか哀しげだった。

 その言葉にアステルは胸が痛むのを感じた。ヴェラに家族というものが、彼女にとってどれほど遠い存在であったのか、それが今、言葉となってアステルの耳に届く。

「……だから、家族が大切だと言われても、理解できませんでした」

 ヴェラの瞳には、未だに冷徹さが残るが、そこに小さな陰りが見え隠れしている。それが彼女の孤独の証であり、過去の傷でもあるのだろう。

「私はどうすればいいのでしょうか?」

 その時、ヴェラはふと顔を上げ、アステルに問いかけた。
 孤独に押しつぶされそうなヴェラの心が今、初めて素直にアステルに助けを求めてきた。ずっと一人で悩み、迷ってきたのだろう。アステルはその気持ちを感じ取ることができた。

「私も一緒に考えます」

 その言葉を聞いたヴェラは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。彼女の表情には、僅かながらも安堵の色が浮かんだ。

 それからの日々、アステルは定期的に病院を訪れ、ヴェラと話を続けた。最初はぎこちなかった会話も、回を重ねるごとにヴェラの表情が柔らかくなり、彼女の心の重荷が少しずつ軽くなっていくのがわかった。
 どんなに具体的な解決策が見つからなくても、二人で話すことがヴェラにとっては大きな支えとなった。
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