18 / 89
18.僕がここにいてもいいんですか?
しおりを挟むそれから、猫と竜の喧嘩はしばらく続いたけど、給仕の人が食事を持ってきてくれて、争いはやっと収まった。
フーウォトッグ様は、いつもの小さな猫に戻り、アンソルラ様は、虎くらいの大きさの竜の姿のまま、そばのソファに座ってパンを飲み込んでいる。
散らかった部屋は、フーウォトッグ様がすぐに魔法で片付けてくれて、テーブルには、僕が遠くから指を咥えて見ていることしかできなかった食事が並べられている。
そして今、僕はテーブルについて、ガタガタ震えていた。
食事が並んでいる……それは嬉しい。だけど、どうしよう…………僕の普段の食事なんて、部屋の端でさっさと済ませるために手づかみで口に突っ込むだけだった。マナーとか、全然わからない。
だけど、下手なことをして、殿下たちに不快な思いをさせるわけにはいかない。
落ち着くんだ、僕……僕だって、テーブルマナーは教わった。最低限のことなら覚えているはずだ。ナイフで切って、フォークで刺して、スプーンですくうんだ。それくらいなら、僕にもできる!! 手始めにスープを飲むんだ!
手元を見下ろすと、そこには、さまざまな大きさのナイフとフォークとスプーンがいくつも並んでる。多い……ナイフもフォークもスプーンも、いくつもある……どうするんだ、これ……
どうしよう……また失敗したら……
何か失敗するたびに、酷い目にあってきた。もしまた失敗したらどうしよう。
そもそも僕、食事は苦手なんだ。食べ方が汚いと言っては殴られ、毒を盛られて苦しめられたこともあるから。昨日飲んだ水だってそうだった。
だけど、せっかく殿下が用意してくださったのに、殿下に不快な思いはさせたくない……
じーっと見下ろして考えていると、テーブルの上の、猫の姿のフーウォトッグ様に声をかけられた。
「たくさん食べてください。体の傷と魔力は昨日回復しましたが、体力も回復しなくてはなりませんから」
「は、はい……」
「……大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
「そ、そんなこと……あ、ありませっ……!!!!」
慌てて答える僕を、背後からロティンウィース様が抱きしめてくれる。
「で、殿下っ……!? あのっ……」
驚く僕に、殿下はにっこり笑って、二人の側近たちに向き直った。
「俺、トルフィレに求婚したんだ!」
「…………!!??」
そんな軽く言っちゃっていいのか!?
驚く僕。
フーウォトッグ様とアンソルラ様も、僕らに注目して動きを止めている。
僕と殿下の婚約なんて、ひどく反対されるかと思った。それなのに、フーウォトッグ様は微笑んで言った。
「そうですか……よかった……」
そう言って、フーウォトッグ様は僕に向かって頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。私はてっきり、殿下が性欲に負けて、泣き叫ぶトルフィレ殿を押し倒し、強引に欲望を満たそうとする外道に成り下がったのかと……」
「ち、違います! 殿下は、僕のことをとても気遣ってくれて……」
「……それは良かった……殿下は少し……いえ、だいぶ困ったところもある方ですが、あなたのことを、心から愛していらっしゃいます」
「あっ……愛して!? …………あ、あのっ……でもっ……」
言いかけた僕だけど、今度はソファで何度も頷いている竜の姿のアンソルラ様が言う。
「無理もねーよ。トルフィレは、つい押し倒したくなるくらいの可愛さだ。だが、ロウィスはそんなことしねーよ」
「あ、あのっ……!!」
僕が呼びかけると、二人とも振り向いてくれる。
「どうしました?」
「どーしたー?」
フーウォトッグ様とアンソルラ様に聞かれて、僕は一瞬、言葉に詰まった。
僕の話……聞いてくれるんだ……二人とも、僕なんかとても敵わないくらいの力を持った人たちなのに。
誰かが自分の話を聞いてくれることなんて、ずっとなかった。だから緊張するけど、僕は、恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……ぼ、僕と殿下が婚約だなんて……本当にいいのでしょうか……」
たずねると、二人ともすぐに答える。
「もちろんです」
「もちろんだ! よろしくな!!」
即答されて、僕は絶句した。釣り合わないし、逃げた悪徳領主の息子が王子の婚約者になんて、なれるはずがない。身を引いてくれと言われると思っていたのに。
とても信じられなくて、呆然としていると、猫のフーウォトッグ様が、僕に言った。
「もしかして、突然のことで迷っていらっしゃるのですか?」
「えっ……えっと…………あの……」
「無理もありません。突然王子に求婚なんてされたら、驚くでしょうし、戸惑うでしょう」
「はい……」
俯いていると、ロティンウィース様は僕の肩を抱いた。
「そんな顔をするな! この二人は、俺がトルフィレに求婚するつもりだったと、最初から知っている!」
「えっっ……え、ええええっっ!!??」
「逆に言えば、俺の求婚は、この二人しか知らない! これ以上、口外するつもりもない! トルフィレが、俺の妻になると言うまでは!」
「え? え……」
ますます戸惑う僕に、殿下は顔を近づけてきて、力強く笑う。
「俺はもう、絶対にトルフィレを妻にすると決めているがな」
「…………ぁ……」
絶対にって……なに!??
そもそも殿下は王族。惚れたとか、そういうことの前に、その婚約となれば、王家とか他の貴族とかにも影響があることだと思うのだが……
それなのに、ロティンウィース様は「俺に惚れたら教えてくれ!」なんて言い出す。
もう……何が何だか分からない……それなのに、僕は胸の辺りが熱くて、殿下のことを見上げて、動けなくなってしまった。
707
お気に入りに追加
1,332
あなたにおすすめの小説


【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました


【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる