全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐

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13.こんなもの、受け取れるわけないだろ!

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 僕は、ベッドから降りて、布団を丁寧に整えた。
 昔よく、兄弟のベッドを整えるように言われて、ベッドをきれいにしていたから、これは得意なんだ。
 魔法でベッドをきれいにして、僕は、ゆっくり後退りをして、ベッドから離れた。勝手に使って、すみませんでした……

 着ているパジャマも脱いで、丁寧に畳む。こんなものを着ていたら、今度は服を盗んだのかと言われて、きっと、鞭打ちだけじゃ済まない。

 だけど、僕の着ていた服がない……

 代わりに、僕の持っていた数少ない荷物は、鳥籠と一緒に置いてあった。その中から、小さな布をつまみ上げる。魔法をかけると、それはボロボロのローブになった。破れすぎて、ローブというよりただの布みたいになっているんだけど……魔物と戦う時に使うものだ。武器は取り上げられたけど、これだけは持つことを許してもらえている。これがないと、魔物に対してひどく無防備になってしまうから、大切なものだ。

 とにかく、まずはロティンウィース様を探そう。

 小さな鳥籠と袋だけ握って、古いローブを着て、部屋を出て行こうとしたら、テーブルに竜の形をしたカードが置いてあることに気づいた。それには、「ゆっくりしていけ。昼には戻る。食事は下のカフェで予約してある」と書いてあった。なんだろう……ここを使っていた人に宛てた手紙かな……

 これを読むべき人がここにはいるんだ……ということは、その人がいつか戻ってくるのかもしれない。見つかって、城に引き渡されたら、きっと火炙りの罰を受ける。

 体が震えてきた。早くいこう。

 カードは見なかったことにしよう……僕が見てしまって、すみませんでした。そうお詫びしながら、カードを戻して、それからゆっくり遠ざかり、こっそりドアを開けた。

 ドアの向こうは、広い廊下で、豪華な絨毯が敷かれて、廊下には、壊したら金貨数枚請求されそうな調度品。並んだ窓には豪華な刺繍のカーテンがかけられていた。

 廊下には誰もいないけど、隠れるところもない。魔法で結界を張って、人の目を誤魔化しながら逃げるにしても、魔法使いがいたらすぐに見つかるかもしれない。

 むしろ、庭に出て逃げるか? そっちの方が早そうだけど、こういう高級な屋敷の庭には、侵入者を拘束するための魔法がかかっていることが多い。許可なく侵入した僕が庭に出たりしたら、雷撃の魔法で灰にされるかもしれない。

 それに、僕は何より先に、ロティンウィース様を探さなきゃならないんだ。

 廊下に出ようとしたら、背後から、名前を呼ばれた。

「……トルフィレ様……」

 全身が、ビクッと震える。

 見つかった……!?

 だけどこれは、知っている声だ。

 振り向くと、そこに立っていたのは、精悍な男性。黒くて短い髪の、背の高い人で、魔物と戦うための動きやすい防具を身につけている。街で武器や防具を売る店の店員をしているキャドッデさんだ。いつも、僕の武器をこっそり預かってくれているのはこの人。

 彼は、僕にこんなところで会って、驚いているようだった。

「……穴だらけの布着てる変な奴がいると思ったら………………なんで……こんなところに、トルフィレ様が…………」
「え、えーっと……」

 僕は普段、ボロボロの布を着てる変な奴に見えていたのか……
 少しショックだけど、確かに僕ってそんな感じだ。今だって、ふかふかのベッドにつられて気づいたら不法侵入していたみたいです、なんて、口が裂けても言えない。

「あ、あの……し、しーー、し、ごと? しごとー……です……」
「仕事? ふーん…………」

 あまり興味なさそうに言うキャドッデさん。彼はいつもこんな感じ。僕と長話なんかしているところをみつかったら、彼だって悪く言われるんだ。

 だけど彼は、街の魔物を退治してくれる奴がいなくなるのは困ると言って、僕に手を貸してくれる。悪徳領主のクソ息子でも、魔物と戦ってくれるだけディラロンテたちよりもマシだと言われた時は、ひどく嬉しかった。
 彼がいなかったら、魔物との戦いでも、もっと苦戦していただろう。

 キャドッデさんは、何か思い出したように言った。

「そうだ……あなたなら知ってるんじゃないんですか? 一応…………貴族……だし……」
「な、何をですか?」
「ここに、貴族が来ているはずなんです。その……かなり偉い人……知りませんか?」
「え、えっと……わ、わかりません……」
「……そうですよね。あなたが知っているはずがありません……」

 彼はすぐに僕から顔をそむけた。誰か探しているみたいだけど……街から悪徳令息として睨まれている僕に聞いてもな……

「じゃ……俺、もう行きます…………」
「あ、はい……」

 あっ……!! そうだ。僕は彼に、大事な用があったんだ!!

 去っていこうとするキャドッデさんを追いかけて、その服をぎゅっと掴む。

 すると彼は、驚いて振り向いた。

「うわっ……! え!?? なっ……なに!?? なんですか!!??」
「あ、あの……」

 僕は、昨日魔物を倒した時に、泥を回収した袋を差し出した。いつも僕の武器を管理してくれているお礼に渡そうと思っていたものだ。

 すると、キャドッデさんは、すぐに袋の中身の正体に気づいたみたいだ。驚きながらも受け取ってもらえた。

「これ……魔物が崩れた時の泥……ですか?」
「は、はい……」

 答えると、キャドッデさんは袋を開けて、中身を確かめている。気に入ってもらえたらしい。

「すげ……こんな強い魔力を持ったやつ、王都に行ってもなかなかない…………」
「あ……そ、そうなんですか…………」
「どこで手に入れたんですか?」
「昨日たまたま見つけた魔物から……」
「は!? 街でですか!? そんなのから、こんなもん手に入りませんよ!」
「えっ……? でも……落ちてました……」
「落ちてたって……この辺りの魔物は、倒したらすぐに魔力が消えるものばかりです。こんな魔力の残ったもの手に入れようと思ったら、一撃で……それも魔物の魔力を破壊しないように倒さないといけないはずなのに……」
「う、運が良くて……」
「……運だけでこんなもん手に入るんですか……?」
「え、えっと……それは、その…………」
「ま、まあ……とにかく、よかったですね……珍しいもの見せてくれて、ありがとうございました……うちの店も武器作ったりしてますけど、こんなの見たの……初めてです……」

 そう言って、キャドッデさんは、僕に袋を返してしまう。

 伝わってなかった……!! お礼として渡したつもりだったのに!!

 彼は、僕に背を向けていってしまう。

 違うんです。これ、武器のお礼なんです!

 強い思いをこめて、再びキャドッデさんの手を握る。

「うわ!! え!? ど、どうしたっ……んですか?」
「あ、あの……違うんです……これ……差し上げます!」
「……は!??」
「だ、だからっ……これ、いつも武器を管理してくれているお礼なんです! どうか……う、受け取ってもらえませんか?」

 恐る恐る言うと、キャドッデさんは、激しく首を横に振った。

「いや……いやいやいやいやいやいやいや!! どーぞって、受け取れませんよ!! そんなもの!!」
「…………い、いやでしたか……」
「違う違う違う! 違います! そんなもの、受け取れるわけないじゃありませんか!! それの価値、分かってて言ってるんすか!??」
「え、えっと…………ちょっとくらい貴重なもの……」
「ちょっとくらい貴重ってなんですか!!!! それ、王都では貴族の屋敷が二、三個買えるくらいの値がつくんですよ!??」
「……そうなんですか?」
「そうですよっっ!! なにポカンとしてるんですか!!」
「だ、だって……魔物と戦っていたら、よく手に入りますよ……?」
「は!!?? え……だ、だったら、なんでそんな格好してるんですか……? これ売ったら、新しい装備だって武器だって……たくさん買えますよ?」
「…………魔物退治の途中で手に入れたものは、全てディラロンテ様たちにお渡しすることになっているので……」

 魔物と戦って何か手に入れても、僕のものになるわけじゃない。あの城に帰ったら、全部取り上げられる。それで、ディラロンテたちが喜んで、夕飯にはご馳走が出て、新しい武器が揃う。僕はそれを、投げつけられた野菜の切れ端をかじりながら、遠くで見ているだけ。それを見ていたら、むしろ、素材なんか回収しなきゃよかったと思うこともある。だけど、渡すものが少ないと、怒鳴られて殴られて、隠しているんだろうと疑われて拷問される。

 今ここにこれがあるのは、僕が昨日はあの城に帰っていないからだ。

 そういえば……こんな風にしばらく城を離れて魔物を退治するの、初めてだ……

 僕は、それをもう一度差し出した。

「こっ、このために回収したんです! 持って帰っても、取り上げられるだけだし……受け取ってください!! 僕は、あなたがいなかったら死んでました!!」
「トルフィレ様……」

 すると、キャドッデさんは、迷いながらも、それを受け取ってくれた。

「じ、じゃあ……え、遠慮なく、う、受け取らせていただきます……」
「は、はい!!」
「……なんでそんなに嬉しそうなんですか…………いいんですか? これがあれば、服だって……穴空いてないやつ買えますよ?」
「い、いいんです……」
「…………」

 キャドッデさんは、しばらく袋を見つめていたけど、だんだんそれを手に入れたことを実感したらしい。顔を上げて言った。

「あ、ありがとうございます……こ、こんなもの手に入るなんて……じ、実は、昨日、急に新しい武器を用意しなくちゃならなくなって……大量の魔力がいるものなんですけど、そんなものすぐ用意できるわけないし……店の奴らと途方に暮れていたんです…………それがまさか、こんなところで手に入るなんて……ほ、本当に、ありがとうございます!! トルフィレ様!!」

 そう言って、彼は僕に笑顔を見せてくれる。

 そんなに喜んでもらえるなんて……

 回収しておいてよかった。渡せてよかった。

 いつも、街に出れば「悪徳息子だ」と言われて指を指された。僕なんか、いるだけで不愉快な存在なんだと思っていたのに。それなのに、僕がしたことで、こんなに感謝してもらえるなんて。

「……ありがとうございます…………」
「は? え? なんでトルフィレ様がお礼言うんですか? そうだ! ぶ、武器のことなら、俺に任せてください! あなたが、街のために魔物と戦ってくれてることは、みんな知ってますから」
「……ありがとう……ございます…………」
「だからなんでトルフィレ様がお礼言うんですか……?」
「…………」

 だって、僕だって、こんなに嬉しいの、久しぶりだ……あ、でも、昨日ロティンウィース様と話した時にも嬉しかったんだ。

 とにかく嬉しくて、僕は、もう一度お礼を言った。
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