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9.そんな風に傷つけたはずなのに

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 慌てる僕だけど、ロティンウィース様はなんだか嬉しそうにすら見えた。周りを飛んでいる小さな竜と、そろそろ僕も慣れてきた、こちらに丸聞こえの小さな声での話し合いを始める。

「ロウィス! これはチャンスだ!!」
「チャンス? どういうことだ!? アーソ?」
「こんなところに連れてこられたんだ……これは、やりたいって言われてるんだよっ!」
「は!?? こ、ここでか!!??」
「そうだよ! 歩いていたらやりたくなったに違いない……今すぐ尻に突っ込まれてーんだ!!」

 胸を張って言う小さな竜に、猫の方がすぐさま反論する。

「殿下!! その下品な男の言うことを真に受けないでください!!!! トルフィレ殿は、手を握るならここでと言いたいんですよ! 人前で、そんなにぎゅっと握られたら恥ずかしいんです!!」
「はあ!?? んな訳ねーだろ!! 恋愛したことねー猫は黙ってろ!!」
「そっちが黙れっっ!! 下郎っっ!!」

 猫と竜は、すでに小声どころか、怒鳴り合いになっている……さっきから一体、なんの話なんだ?

 けれど、そんな状態になっても、ロティンウィース様はまるで動じず、何かに納得したように頷いていた。

「なるほど……ここで手を握ってからやりたい……ということか…………」

 何を言っているんだろう…………やりたいって、何をだ? 確かに謝罪はしようと思っていたけれど……そのことかな? だって僕は、そのためにここまで来たんだ。

「あ、あのっ……殿下っ…………!」
「どうした? トルフィレ」
「あっ……あのっ……! 僕っ……ほ、本当に、申し訳ございませんでしたっ……! あのっ…………ど、どのように罰していただいても構いませんっ……!! ただ、あのっ……し、死ぬのはっ……もう少し待っていただきたくて…………」
「おいおい……トルフィレ。どうしたんだ? 謝罪なら、トルフィレが俺を襲ったあの時、たっぷり聞いた。それにトルフィレは、領地を守ろうとしただけだろう?」
「で、でもっ……でもっっ……!!」
「それに俺は、無礼だとも思っていない。少し驚いたが」
「お、驚いたって……だって…………ぼ、僕は、後ろから、あなたに魔法を…………」
「だから、ちょっとびっくりした! 俺を一撃で倒すには、到底至らないがな!」
「……あ、あの……」
「どうした?」
「…………僕の処罰を……お望みだったのではないのですか……?」
「処罰? 何を言っているんだ? トルフィレは、パーティとこの場所を守ろうと必死だっただけじゃないか! 俺は嬉しい! トルフィレのような男が、ここを守っていてくれて!」
「……殿下………………」

 聞いていたら、力が抜けてしまう。

 涙が流れた。

 僕が泣いてどうするんだよ。苦しい思いをしたのは、ロティンウィース様の方なのに。

 それなのに、一度泣いたら止まらなかった。

 立っていることもできなくなり、その場にへたり込んでしまう。泥の上に座り込んだせいで、足も尻も冷たいはずなのに、そんなことすら感じなかった。

「お、おいっ……! トルフィレ!? どうしたんだ? 汚れるぞっ……!」

 そう言って、ロティンウィース様が焦って僕に手を差し出してくれる。

 あの時、初めてロティンウィース様と対峙した時に、分かっていたんだ。

 ロティンウィース様は、とても優しい人だ。

 王子殿下に向かって、勘違いで魔法を撃って、ずっと震えて跪いて、泣き叫ぶように謝る僕の肩に触れてくれて、優しく声をかけてくれた。

 あの時も、殿下は同じことを言ってくれたんだ。「トルフィレは、ここと、ここにいる者を守ろうとしただけだろう?」って言って、僕のことを許してくれたんだ。

 それなのに、帰ってみたら、城に僕の居場所なんてなくなっていて、「あの王子殿下はひどくご立腹で、厳しい処罰を下せと命じられた」と言われた時、当たり前だと思ってしまったんだ。
 いきなり背後から襲いかかって、してもいない悪事を押しつけた。そんな僕は、罰を受けて当然だと思った。そんなことをされることが、どれだけ辛いことか知っていたからだ。
 ロティンウィース様は、とても優しい人なのに、そんなに優しい人がそんなふうに言うほど傷つけて、苦しめた僕なんか、処刑されればいいと思った。それくらい、罪悪感でいっぱいだったんだ。殿下が望むなら、どんなふうに処罰されてもいいと思っていたのに。

「ごめん……なさい…………でんか……」
「……どうした? トルフィレ……俺は、処罰も謝罪も望まない。本当だ…………」
「僕……僕…………こ、この魔物退治の間っ……絶対に殿下をお守りしますっ……必ずっ…………何があってもっ…………絶対……僕がっ…………もうっ…………僕がっ……に、二度とっ……殿下を傷つけたるものは、僕が……追い払いますっ……」
「トルフィレ……」

 泣きじゃくって、地面の泥に伏して謝る僕の手が、ぎゅっと強く握られた。ついさっきもそうされたのに、殿下の力はさっきより、ずっと強いような気がした。

 だけどダメだ。僕の手、さっき魔物と戦って汚れているんだ。泣いたせいで涙までついてドロドロだし、何日も体だって洗えていない。それなのに、殿下の手は強く僕を引き寄せて、抗えない。

「あ、だ、だめっ……!!」

 逃げなきゃ……とっさにそう思って身をひこうとしたのに、殿下の方が圧倒的に力が強くて、逃げることすらできない。
 捕まえるように、僕の腰に殿下の手が回ったかと思えば、ロティンウィース様は僕を抱きしめてしまった。

「あ、あのっ…………ろ、ロティンウィース様っ……!? 殿下っ……! だ、だめっ……!」

 慌てて振り払おうとするけど、殿下の腕はびくともしなかった。
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