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8.ずっと、心残りだったこと
しおりを挟む普段の僕の食事は、城のみんなの食事で余ったものか、ほぼ生ごみみたいなものを投げつけられるか、目の前で踏みつけられるくらい。だから、食べられるものは、僕にとってはご馳走。
だけど、食べられるもの、なんて答えられても、ロティンウィース様だって困るよな……は、早く訂正しなきゃっ……!!
そうだ。たまにもらえるあまり物のパンだ。僕はあれがもらえた時が、一番嬉しい。
張り切って殿下を見上げて、「パンです!」と言った僕の声と「だったら食事は俺が決める!」というロティンウィース様の声が重なる。なんてタイミングの悪い……
「あっ……えっと…………もっ……申し訳ございません! ぼ、僕は本当にっ……毒が入ってなくて踏まれていない物ならっ……なんでも好きで…………」
「パンか!! だったらパンを食べに行こう!」
「へ!? あ、えっ……えっと…………」
パン、食べられるの……? 今日はずっと、何も食べていない。パンをもらえるのか!?
……いや、待て待て待て! パンの話なんかしている場合じゃない。
なんで王子がこんなところにいるんだ、とか、僕のことは厳罰に処してほしいくらいに怒ってたんじゃないのか、とか、なんでこんなふうに僕の手を引くんだ、とか、聞きたいことが多すぎる。というか、何で僕が、日も暮れた街中で、傭兵のふりした王子に手を引かれて歩いているんだ。
もう訳が分からなくて、混乱しそうだ。何より、なんで僕に、ロティンウィース様がこんなふうに優しく声をかけて、しかも回復なんて言ってくれるんだ。僕はこの人を、ひどく傷つけたのに……
どうしていいか分からないでいると、ロティンウィース様は僕に振り向いた。
「トルフィレ!」
「はっ……はい!」
「酒は好きか!?」
「へ!? 酒っ……!? え、えっと…………」
「パンは何が一番好きだ!?」
「え!? えっと…………」
「デザートは何がいい!? 飲み物は!?」
「え……え??」
質問が早くて返事が全く追いつかない……なんで僕にこんなに色々聞くんだ?? 尋問!!?? 僕の好みなんて聞いて、一体何の意味があるんだろう……
「え、えっと……さ、酒は、の、飲んだことなくて……パンは、何でも好きで……デザートやの、飲み物は…………ぼ、僕にはよく分からなくて…………も、申し訳ございません……」
「……? 謝ることはない! だったら俺が選ぶ!!」
「…………」
謝ることならあるだろ。
ロティンウィース様は、僕が仲間を助けたことに礼が言いたいと言ってくれたけど、例えそうであったとしても、僕がしたことは変わらない。僕は、ロティンウィース様に向かって、誤解で魔法を撃ったんだ。
……やっぱり、はっきりさせておかないとダメだ。
「あっ……あのっ…………ロティンウィース様!」
「どうした?」
「あっ……あのっ……ぼ、僕っ……!」
言いかけて、気づいた。ここは道の真ん中。この辺りは、夜でも結構賑やかで、人通りもそれなりにある。
こんなところで、街で一番評判が悪い悪徳令息が話なんかしてたら目立つ。殿下にも、迷惑がかかる。
「あ、あ、あ、あのっ…………えっ……と……ぼ、僕っ……あの…………ついてきていただきたいところがっ……あ、あって……あの……い、いいです、か……?」
「……ああ。勿論だ」
「…………」
返事をする声が優しい。僕とこんな風に会話をしてくれる人がいるんだ……だからこそ、ますます胸が痛い。このままうやむやにして、殿下に手を引かれて行きたい気がしてくる。
でも、これはずっと僕が心残りだったことを叶える、最後のチャンスだ。
「…………え、えっと……こ、こっち……です……」
まだ怯えながら、弱々しく路地裏の方を指して歩き出すと、ロティンウィース様は、僕についてきてくれた。
大通りの横道に入って、路地裏に来ると、暗くて静かで狭くて落ち着く……じゃなくて!!
こういうところなら、ロティンウィース様と話していても、邪魔は入らないだろう。
そう思ったんだけど、暗い路地裏には、魔物も溜まりやすい。狭くて雑草が生え始めた暗い道の端のゴミ箱の影で、黒い塊みたいなものが蠢いている。泥の塊のような姿をした魔物だ。
僕が即座に魔法を放つと、魔物はあっさり崩れて、地面に落ちて行く。あとには泥が溜まっていた。あれは、魔法の道具や武器を作ることに使える、魔力を持った素材だ。いつも武器を管理してくれている武器屋の人に渡したら喜ぶかも……多分、ちょっとくらいは貴重だったはずだから。
僕はその泥を、持っていた袋に全部詰めた。
そんなことをしていたから、僕に路地裏に連れ込まれた上に放置されたロティンウィース様が首を傾げている。
「……トルフィレ? 何をしているんだ?」
「え!? あっ…………も、申し訳ございませんっっ!!!!」
「……? 何がだ?」
冷静に考えてみたら、こんなところに王子を連れ込んで、ますます無礼だったのではないだろうか…………
僕はいつも魔物退治に向かう時にこういう道を通るけど、相手は王子殿下だ。こんな薄暗くて狭くて歩きにくいところを進むことなんて、まずないだろう。
しかも、魔物が出る暗い道に連れ込んだ挙句、いきなりしゃがみ込んで泥だらけになって、素材に夢中だなんて。またこんな無礼なことをして、僕はもう終わりだ。
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