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後日談
92.緊張するだろう!
しおりを挟むヴァグデッドは俺から離れると、すぐに小さな竜の姿に戻った。彼がその姿になると、緊張も解けていく。
「と、ところで……デートというのは、どこへいくつもりなんだ?」
「港町!!」
「え?」
「港町だよ。フィーディ、ここへ来てからずっと城で魔法の勉強と雑用に追われてるだろ? たまには街に出てみたいんじゃないかなーって思って」
「ヴァグデッド…………」
「嬉しい?」
「うっ……嬉しい!! 勿論だっ……! そ、そんなっ……そんなところを歩けるなんて……で、でも、それは、この城を……島を出ると言うことか? る、ルオンが許可しないだろう」
「向こうまでの道の安全を確保したら、フィーディを連れて行っていいって! だから、フィーディ狙う奴ら倒して森と海の魔物を減らして来た!!」
「…………」
「フィーディ? どうしたの?」
「え!? あ、な……なんでもないっ……あ、ありがとう……」
デートって、そんなところへ行けるとは思ってなかった。この城での生活は怖いけど気に入っていて、この島でのデートも、魔物が怖いけど楽しみだった。
だから、城を出て街を歩くなんて、考えもつかなかった。そんなところを誰かと歩くなんて、ここに来る前でも、一度もなかったのに……
港町は、ゲームでも見た。少し寒いけど、賑やかで美しい町だ。そんなところへ行けるのか……
俺がお礼を言うと、彼はすぐにもぞもぞとベッドの中に入っていく。
「ううーー……やりたーーい…………すっごくやりたーい……」
「お、おいっ…………ヴァグデッド…………」
こういうことを言われるのは困るが……彼も、ずっと我慢してくれてるんだよな……これ以上我慢させていたら悪いのかもしれない…………
だけどっ……なかなか決心がつかないんだっ……!
ドキドキしながら俺も布団に入る。ヴァグデッドは足元の方ですでに丸くなっているようだ。こうしていると、なんだか可愛い。
俺も布団を被る。そこから顔を出して、窓の外を見上げると、明日には彼とデートなんだってことばかり考えてしまって、眠れなくなりそうだった。
*
港町は、ルオンの城がある島から、船でしばらく海を渡った辺りにある。
俺がルオンの城に向かった時も、この港町からだった。だけどその時は、一族全員に兄弟を殺そうとしたことと使用人を襲ったという冤罪をかけられて咎められ続け、父上にはほとんど拷問みたいな魔法で痛めつけられ、港町に来た時には茫然としていた。バッドエンドも怖かったし、これから起こることが怖すぎて、港町の景色すら、ほとんど覚えていない。覚えているのは、やけに寒かったことと、暗い曇り空と海だけ。
街の空は、今日も曇っているようだった。少し肌寒くて、今にも雪が降りそうだ。今日は冷えるらしい。
「な、なんだか、寒いな……」
俺がそう言って震える腕をさすっていたら、隣を歩くティウルが「この辺りは、魔物の影響で、ずっと寒いんだよ」って教えてくれた。二人きりかと思ったら、みんなも一緒だったらしい。キラフェール殿下と、ウィエフとルオンもいる。ヴァグデッドと俺だけでは、港町へ向かわせることはできないらしい。護衛の問題もあるし、ヴァグデッドは、以前王国で暴れた件で、ルオンに預けられているんだから。
ルオンは、城を部下に預けてヴァグデッドの見張りとして来るつもりだったらしいんだけど、俺が今朝、つい、ティウルに港町の話をしちゃったんだ。そしたら、すぐに、全員で遊びにいくことになった。
ティウルは殿下と、ウィエフはルオンとのデートが目的で、後で少しだけ別行動の予定だ。
この港町は、ゲームでも何度か登場する。ティウルと殿下が、まだ思いを確かめ合う前に訪れるのもここ。その時フィーディはいないんだけと、今はこうして俺もいる。それが嬉しい。みんなで、こうして港町に来ることができて。
賑やかな街には人が多くて、歩くのは少し怖いが、こんなところを、誰かと一緒に散策なんて、前世でも転生してからでも、初めてかもしれない。
珍しものばかりで、キョロキョロしていると、可愛らしいコートを着たティウルが街のことを教えてくれる。
「この辺りは、氷を纏ったような魔物が多くて、年中寒いんだって。ずーっと雪が降ってるらしいから、今日はこれでも暖かいほうなんじゃないかな?」
「そ、そうなのか……?」
「フィーディは、ここから船に乗って島に来たんじゃないの?」
「あ…………そ、そうなんだけど…………その時は、馬車の中にいたから……あ、あんまり覚えていないんだ!! は、ははは……」
一族全員に取り囲まれて詰られて死にかけてたなんて言いたくない……
ごまかすように笑う俺のところに、今日は朝から小さな竜の姿のヴァグデッドが飛んできた。
「……ヴァグデッド!?」
彼は今朝からずっと恐ろしい顔をしていた。デートって言ったのに、みんな一緒だから、当然なのかもしれないけど……
だからまだ怒ってるかと思ったのに、彼は、俺の胸元まで飛んでくると、突然大きな男の姿になって、俺を引き寄せる。
「お、おいっ……! ヴァグデッド!?」
「今日は、デートだから」
「そ、それは分かっているが……」
だけど、こんなところで抱き寄せられたら、余計に緊張してしまうだろう!
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