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後日談

91.こんなにわがままだったのか?

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 王子殿下が急に俺に公爵家を継げ、なんて言い出して、俺はもう真っ青だった。そんなことができるわけがないのに、そう言っても殿下は全然聞いてくれない。
 完全に怒らせた公爵は、終始無言で、従者たちを連れて帰って行った。

 今日あったことを思い出すだけで、体が震え出しそうだ。

 夕飯をとり風呂に入った俺は、すぐに自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。

「……疲れた…………」

 もう体が動きそうにない。

 小さな竜に戻ったヴァグデッドが、ベッドの上に飛んできて、大丈夫? って聞いてくれる。

「……ああ……うん……ヴァグデッド……大丈夫だよ……」
「そうは見えないけど……フィーディ。もしかして、また怯えてる?」

 そう言って、ヴァグデッドが俺の顔を覗き込んでくる。
 確かに怖いとは思っていたけれど、もう怯えたりはしていない。

 父上に言ったことは、全部本心だった。俺はこの島が好きだし、みんなといるのも好きだ。魔法だって、学べるなら学びたいし、突然帰れと言われたって、俺はそんなの嫌だ。

 けれど、俺はやっぱりいつもみたいに怯えているように見えるらしく、彼は、俺の顔を覗き込んでくる。

「フィーディ?」
「お、俺は大丈夫だ。あの……みんなのこと、考えていただけだ」
「みんなって?」
「……え…………えっと……し、城のみんな…………俺のこと、き、気にかけてくれてたみたいで……あ、えっと……す、少し……う、嬉しくて……」

 な、何だか言ってて恥ずかしくなってきた……

 俺なんて、ずっと邪魔者扱いされてきていたのに、ティウルは俺が帰らないと知って、あんなに喜んでくれたし、ルオンにも「ここの一員だ」なんて言ってもらえた。殿下やウィエフには、さっさと出て行け、みたいに言われるかと思っていたのに、二人ともそんなことは言わなかった。

 顔が勝手にニヤニヤしてしまう……怒った公爵の顔を思い出すと、怖くて震えてしまうのに……

 そんな風にしていたら、ヴァグデッドが首を傾げて言った。

「フィーディ……笑ってるのか怯えてるのかわからない顔してる……」
「え……?」
「ニヤニヤしたかと思えば、顔隠したり……なんか変だよ」
「ご、ごめんっ……その……みんなに色々助けてもらったから……」
「ふーん……」
「ヴァグデッドも……ありがとう……た、助かった……その……ま、また、ここにいられることになって、嬉しいんだ!」
「ふーーーーん……」
「…………?」

 ……どうしたんだ? ヴァグデッドの様子がおかしい。何か怒ってるのか? 俺……何か変なこと言ったか?

「あ、あの……ヴァグデッド…………うわっ!」

 突然、押し倒された。しかも、ベッドの上で。

 いつのまにかヴァグデッドは一人の男の姿になっていて、驚く俺を見下ろしている。

「ヴァグデッド…………ど、どうしたんだ!?? 俺、なんか変なこと言ったか!? あ、あのっ……」
「……俺も、なんだ?」
「え?」
「ヴァグデッドもありがとうって言った……ティウルや他の奴らにも、同じようにありがとう、なんだ?」
「へ!?? あ、ああ……そ、そうだが……な、何か、問題があるのか?」
「…………」
「ヴァグデッド……? ど、どうしたんだ? …………ぅっ……!」

 彼に掴まれた手首が痛い……どうしたんだ? 俺は、みんなにここにいていいって言ってもらえたようで、嬉しいのに……な、何か変なことを言ってしまったのか!?

「……ヴァグデッドっ……!? ど、どうしたんだ!? 気分を害したのならすまないっ……俺は、ただっ……その……そ、そんなつもりは……っ!!」

 喚きかけた俺の頬に、彼の唇が触れる。

 な、なんでっ……!? キスされた!?

 驚く俺を、彼はじっと見つめていた。

「……俺も、なんだ? 俺は、フィーディのこと、誰より好きなのに……フィーディは、俺のこと他の奴らと同じように思ってるんだ?」
「へっ……!? あ、え、えと……そ、そんなつもりはっ…………!」

 ま、また頬にキスされたっ……

 組み敷かれて、密着しそうなくらい体を近づけられて。彼に捕まって、抵抗もできないくらい怖いのに、体だけ熱くなっていくようだ。

 な、なんでヴァグデッドは怒ってるんだ!? 俺は、ティウルや他のみんなにも感謝している。ヴァグデッドにだってそうで、ここにいられてよかったって思ってて……それじゃダメなのか!!??

「ヴァグデッド……俺っ……あ、あのっ……!」
「フィーディのことは……俺が守りたかったのに…………なんだか悔しい……」
「な、何言って……んっ……」

 いやらしい手つきで頬に触れられて、冷たい彼の手が、だんだん首のほうにまで降りてくる。こんな至近距離で「フィーディは、俺のだろ?」って繰り返すから、その吐息がかかるだけでくすぐったくて、震えてしまう。

「や、やめてっ……ヴァグデッド…………お、俺はっ…………あ、あの……ひゃっ…………」

 まだ話の途中なのに、俺のシャツの下に、冷たいものが滑り込んできた。それは彼の手で、まるで彼を傷つけた罰と言わんばかりに俺の腹の辺りを這い回る。そんなところに柔らかく触れられて、体がびくびく震えた。

「……フィーディ、かわいい悲鳴ー……」
「だ……だって……お、おいっ……! ど、どこ触ってるんだっ……つ、冷たいっ…………! は、離れてくれっ……」
「嫌。俺のこと、特別にしてくれないお仕置きーー……」
「んっ……ひっ…………!」

 これが、お仕置き? そんなのおかしいだろ……なんで体、撫でられてるんだ!??

「お、おいっ……服を捲るな! お、お腹を冷やしてしまうではないか!」
「……フィーディ…………色気がないなぁ…………お腹の心配より貞操の心配すれば?」
「てっ……!?? ていそう!!??
な、なんでっ……お、怒ってるのか!!??」
「怒る? 俺が? なんで?」
「だ……だって…………」
「…………そんな怯えた顔しないでよ。俺、嫉妬してるだけだよ?」
「は!!?? し、しし、嫉妬っ……!?」

 嫉妬って……お、俺相手にか!?? 必要ないだろう!

 戸惑っていると、彼は優しく言う。

「俺が嫉妬したら……悪い? だって俺……フィーディのこと、好きなんだよ?」
「あ…………」

 彼の目が、ひどく切ないように見えて、俺は何も言えなくなってしまう。
 熱くなってきた俺の頬に、彼の手が触れて、ますます心臓が高鳴った。

「あっ…………あのっ……ヴァグデッド……」
「……なに?」
「え、えっと…………あの…………お、俺だって…………触れられて嬉しいのは、お前だけ……だぞ?」

 俺だって、こうしていられることは嬉しい。こんな風に触れられて、こんな風に感じるのは、きっと、彼にだけだ。

 だからそう告げたのに、ヴァグデッドは少し驚いて、怖い顔で笑う。

「……ふーん…………俺に触れられるの、そんなに嬉しいんだー?」
「え!? あ、あのっ……ま、待って……ひゃ!」
「フィーディの悲鳴、やっぱり可愛いーー……ねだってるようにしか聞こえなーい……」
「ね、ねだるって……そ、そんなっ…………あ、あっ…………!」

 手が……どんどん上のほうに上がってきてるっ……!! こ、こいつっ……!

 ま、まずいっ……このままだと、絶対にまずいっ……!!

「お、落ちていてくれっ……ヴァグデッドっ…………あ、あのっ……も、もう寝よう!」
「え!?? 誘ってる!?」
「違う!! 睡眠をとろうと言う意味だ!! あ、明日はデートに行こうと約束したではないか!! あのっ……そ、それなら、早く寝たほうが……いいんじゃないかなって…………おもって……」
「…………」

 ヴァグデッドは、黙って俺を見下ろしていた。

 そして彼に軽く頬を舐められてしまう。

「ひゃっ……!! あっ……!!」
「仕方ないなー……泣かせたいんじゃないから……許してあげるかーー……」

 そう言って、彼は俺から離れてくれた。

「明日はフィーディと初デートできるし、今日のところは、これで我慢してあげる」
「あ……ありがとう…………」

 あれだけ拒否したくせに、彼が離れていくと、少し寂しいような気がする……俺、こんなにわがままだったのか……?
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