91 / 96
後日談
91.こんなにわがままだったのか?
しおりを挟む王子殿下が急に俺に公爵家を継げ、なんて言い出して、俺はもう真っ青だった。そんなことができるわけがないのに、そう言っても殿下は全然聞いてくれない。
完全に怒らせた公爵は、終始無言で、従者たちを連れて帰って行った。
今日あったことを思い出すだけで、体が震え出しそうだ。
夕飯をとり風呂に入った俺は、すぐに自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた…………」
もう体が動きそうにない。
小さな竜に戻ったヴァグデッドが、ベッドの上に飛んできて、大丈夫? って聞いてくれる。
「……ああ……うん……ヴァグデッド……大丈夫だよ……」
「そうは見えないけど……フィーディ。もしかして、また怯えてる?」
そう言って、ヴァグデッドが俺の顔を覗き込んでくる。
確かに怖いとは思っていたけれど、もう怯えたりはしていない。
父上に言ったことは、全部本心だった。俺はこの島が好きだし、みんなといるのも好きだ。魔法だって、学べるなら学びたいし、突然帰れと言われたって、俺はそんなの嫌だ。
けれど、俺はやっぱりいつもみたいに怯えているように見えるらしく、彼は、俺の顔を覗き込んでくる。
「フィーディ?」
「お、俺は大丈夫だ。あの……みんなのこと、考えていただけだ」
「みんなって?」
「……え…………えっと……し、城のみんな…………俺のこと、き、気にかけてくれてたみたいで……あ、えっと……す、少し……う、嬉しくて……」
な、何だか言ってて恥ずかしくなってきた……
俺なんて、ずっと邪魔者扱いされてきていたのに、ティウルは俺が帰らないと知って、あんなに喜んでくれたし、ルオンにも「ここの一員だ」なんて言ってもらえた。殿下やウィエフには、さっさと出て行け、みたいに言われるかと思っていたのに、二人ともそんなことは言わなかった。
顔が勝手にニヤニヤしてしまう……怒った公爵の顔を思い出すと、怖くて震えてしまうのに……
そんな風にしていたら、ヴァグデッドが首を傾げて言った。
「フィーディ……笑ってるのか怯えてるのかわからない顔してる……」
「え……?」
「ニヤニヤしたかと思えば、顔隠したり……なんか変だよ」
「ご、ごめんっ……その……みんなに色々助けてもらったから……」
「ふーん……」
「ヴァグデッドも……ありがとう……た、助かった……その……ま、また、ここにいられることになって、嬉しいんだ!」
「ふーーーーん……」
「…………?」
……どうしたんだ? ヴァグデッドの様子がおかしい。何か怒ってるのか? 俺……何か変なこと言ったか?
「あ、あの……ヴァグデッド…………うわっ!」
突然、押し倒された。しかも、ベッドの上で。
いつのまにかヴァグデッドは一人の男の姿になっていて、驚く俺を見下ろしている。
「ヴァグデッド…………ど、どうしたんだ!?? 俺、なんか変なこと言ったか!? あ、あのっ……」
「……俺も、なんだ?」
「え?」
「ヴァグデッドもありがとうって言った……ティウルや他の奴らにも、同じようにありがとう、なんだ?」
「へ!?? あ、ああ……そ、そうだが……な、何か、問題があるのか?」
「…………」
「ヴァグデッド……? ど、どうしたんだ? …………ぅっ……!」
彼に掴まれた手首が痛い……どうしたんだ? 俺は、みんなにここにいていいって言ってもらえたようで、嬉しいのに……な、何か変なことを言ってしまったのか!?
「……ヴァグデッドっ……!? ど、どうしたんだ!? 気分を害したのならすまないっ……俺は、ただっ……その……そ、そんなつもりは……っ!!」
喚きかけた俺の頬に、彼の唇が触れる。
な、なんでっ……!? キスされた!?
驚く俺を、彼はじっと見つめていた。
「……俺も、なんだ? 俺は、フィーディのこと、誰より好きなのに……フィーディは、俺のこと他の奴らと同じように思ってるんだ?」
「へっ……!? あ、え、えと……そ、そんなつもりはっ…………!」
ま、また頬にキスされたっ……
組み敷かれて、密着しそうなくらい体を近づけられて。彼に捕まって、抵抗もできないくらい怖いのに、体だけ熱くなっていくようだ。
な、なんでヴァグデッドは怒ってるんだ!? 俺は、ティウルや他のみんなにも感謝している。ヴァグデッドにだってそうで、ここにいられてよかったって思ってて……それじゃダメなのか!!??
「ヴァグデッド……俺っ……あ、あのっ……!」
「フィーディのことは……俺が守りたかったのに…………なんだか悔しい……」
「な、何言って……んっ……」
いやらしい手つきで頬に触れられて、冷たい彼の手が、だんだん首のほうにまで降りてくる。こんな至近距離で「フィーディは、俺のだろ?」って繰り返すから、その吐息がかかるだけでくすぐったくて、震えてしまう。
「や、やめてっ……ヴァグデッド…………お、俺はっ…………あ、あの……ひゃっ…………」
まだ話の途中なのに、俺のシャツの下に、冷たいものが滑り込んできた。それは彼の手で、まるで彼を傷つけた罰と言わんばかりに俺の腹の辺りを這い回る。そんなところに柔らかく触れられて、体がびくびく震えた。
「……フィーディ、かわいい悲鳴ー……」
「だ……だって……お、おいっ……! ど、どこ触ってるんだっ……つ、冷たいっ…………! は、離れてくれっ……」
「嫌。俺のこと、特別にしてくれないお仕置きーー……」
「んっ……ひっ…………!」
これが、お仕置き? そんなのおかしいだろ……なんで体、撫でられてるんだ!??
「お、おいっ……服を捲るな! お、お腹を冷やしてしまうではないか!」
「……フィーディ…………色気がないなぁ…………お腹の心配より貞操の心配すれば?」
「てっ……!?? ていそう!!??
な、なんでっ……お、怒ってるのか!!??」
「怒る? 俺が? なんで?」
「だ……だって…………」
「…………そんな怯えた顔しないでよ。俺、嫉妬してるだけだよ?」
「は!!?? し、しし、嫉妬っ……!?」
嫉妬って……お、俺相手にか!?? 必要ないだろう!
戸惑っていると、彼は優しく言う。
「俺が嫉妬したら……悪い? だって俺……フィーディのこと、好きなんだよ?」
「あ…………」
彼の目が、ひどく切ないように見えて、俺は何も言えなくなってしまう。
熱くなってきた俺の頬に、彼の手が触れて、ますます心臓が高鳴った。
「あっ…………あのっ……ヴァグデッド……」
「……なに?」
「え、えっと…………あの…………お、俺だって…………触れられて嬉しいのは、お前だけ……だぞ?」
俺だって、こうしていられることは嬉しい。こんな風に触れられて、こんな風に感じるのは、きっと、彼にだけだ。
だからそう告げたのに、ヴァグデッドは少し驚いて、怖い顔で笑う。
「……ふーん…………俺に触れられるの、そんなに嬉しいんだー?」
「え!? あ、あのっ……ま、待って……ひゃ!」
「フィーディの悲鳴、やっぱり可愛いーー……ねだってるようにしか聞こえなーい……」
「ね、ねだるって……そ、そんなっ…………あ、あっ…………!」
手が……どんどん上のほうに上がってきてるっ……!! こ、こいつっ……!
ま、まずいっ……このままだと、絶対にまずいっ……!!
「お、落ちていてくれっ……ヴァグデッドっ…………あ、あのっ……も、もう寝よう!」
「え!?? 誘ってる!?」
「違う!! 睡眠をとろうと言う意味だ!! あ、明日はデートに行こうと約束したではないか!! あのっ……そ、それなら、早く寝たほうが……いいんじゃないかなって…………おもって……」
「…………」
ヴァグデッドは、黙って俺を見下ろしていた。
そして彼に軽く頬を舐められてしまう。
「ひゃっ……!! あっ……!!」
「仕方ないなー……泣かせたいんじゃないから……許してあげるかーー……」
そう言って、彼は俺から離れてくれた。
「明日はフィーディと初デートできるし、今日のところは、これで我慢してあげる」
「あ……ありがとう…………」
あれだけ拒否したくせに、彼が離れていくと、少し寂しいような気がする……俺、こんなにわがままだったのか……?
53
お気に入りに追加
782
あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる