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後日談
86.俺、なんかしましたか!?
しおりを挟む公爵がきたのなら、多分、客間だろう。
だけど、何で父上が今ここに来るんだ?
フィーディの父がルオンの城に来ることは、ゲームではなかった。
だから、俺は、そのことに関しては安心してしまっていた。もうあの家に帰ることもなければ、あの一族に会うこともない。そう思っていたのに……
客間の扉の前に立つと、頭がクラクラして、足がすくんでしまいそうだった。
ただ扉をノックするだけなのに、ひどく気持ち悪い。立っていられなくなりそうだ。そういえば、公爵家の屋敷にいる時の俺は、ずっとこんな風だった。
落ち着かなきゃ…………
俺は、震えながら、前に出た。
こんこんとドアをノックすると、中からすぐに返事がして、入っていいと言われる。そう言われても、俺はすぐに中に入れないくらい怖いのだが……
「……失礼します…………」
消え入りそうな声で言いながら、ドアを開ける。
部屋には客を迎えるためのソファとテーブルがあって、ルオンと一人の客人が、向かい合って座っていた。
こちらに向かって座っていたルオンは、俺が入ってきたのを見て、少し驚いたようだ。
そして、俺が開いた扉に背を向けてソファに座っていた客人が、振り向いた。
冷徹な目をして、気難しそうな顔をした、長身で威圧感のある男で、上等な黒のローブを着ていた。俺の父の公爵閣下だ。
「あ……」
……声が出ない……恐ろしくて、何も言えないんだ。
し、しっかりしろ、俺……ここで立ち尽くしていたら、なんのために来たのか分からないじゃないか。怯えている場合じゃない。
「あっ……あにょっ……! お、お久しぶりです。ち、父上……あ、あの!! こ、こうっ……紅茶っ……! お茶持ってきました!!」
どうしても恐ろしくて、ひどく震えている俺に、父上は一言いう。
「……お久しぶりですね」
「え?」
そんな一言を、自分にかけられたのかと思った。この人が、俺にこんな柔らかい口調で、そんな優しい言葉をかけるはずがないのに。
公爵は、ニタリと笑って続ける。
「お久しぶりです。殿下」
殿下? 俺は殿下じゃないぞ?
それに、公爵は俺じゃなくて、俺の肩の向こうを見ているようだ。
俺が振り向くと、ドアを開けた俺の後ろには、キラフェール王子殿下が立っていた。
「殿下……な、なんでここに……」
多分、走ってお茶を持ってきた俺についてきちゃったんだろうけど……
どうやら、さっきの「お久しぶりです」というのは、俺ではなく、殿下に言ったらしい。
相変わらず、俺の存在はないものとして処理されている……別にいいけど……ずっとそうだったし……
キラフェール殿下は、公爵の挨拶には答えずに、公爵を睨みつけて言った。
「あなたがこんなところに顔を出すなんて珍しい。何の用ですか?」
「……随分不遜なご挨拶ですねぇ……殿下。国王になるにふさわしい器だとは思えません。早くそう言う所を直していただかないと」
「……」
「そんな顔をなさらないでください。せっかく新しい護衛を連れてきて差し上げたというのに」
「何ですって……?」
殿下の顔が、一気に強張る。
公爵はニヤニヤ笑いながら言った。
「護衛ですよ。以前あなたに同行させた護衛たちは、ここにいる乱暴な竜と訳の分からない平民に負傷させられてしまったそうではないですか…………それを聞いて、さぞかしあなたが心細い思いをしているだろうと思い、代わりを連れてきたのです」
「代わり…………ですか……」
「ええ。あなたの役に立ってくれることでしょう。あなたの目的も、必ず達成してくれるはずです」
「…………」
目的って……殿下の、「国のために強力な魔法を身につける」っていう目的では決してない……よ、な?
多分、殿下が公爵に言い付けられた、公爵の目的のことだ。俺を殺して、公爵家にとっての邪魔者を消すって言う……
ま、また護衛に見せかけて暗殺者を連れてきたのか!?
この人は、どれだけ俺に死んでほしいんだよ……
俺、なんかしましたか!?
確かに役には立たなかったけど、それでも、俺がいなくなって公爵家にとっては実害ないんだから、それでいい……じゃ、ダメなのか!?
だいたい、王子殿下にはちゃんとした護衛をつけてもらわなくては困る。
ティウルの攻略対象が途中で死んでしまったら、ハッピーエンドになりようがなくなってしまうではないか。公爵だって、王子殿下がいなくなったら困るはずだ。自分が次期国王にと考えている人なんだから。
「……あ、あの…………公爵閣下……」
恐る恐る、消えそうな声で話しかけても、公爵は振り向きもしない。聞こえなかったのかと思い、もう一度同じように声をかけるけど、反応は同じ。分かっていたけど。
ど、どうしよう……
二度も無視されてまだ声をかけるような精神力は、俺にはない。だけど、このまま殿下の護衛と称して俺を殺すための暗殺者を連れてこられ続けるのは、殿下の安全のことを考えても、絶対にやめてもらわないと……
「あ、あのっ…………」
「黙れ」
「え…………っ……」
振り向いた、公爵の目を見て、俺は何も言えなくなってしまった。口は開いたままだけど、もう動きそうにない。声の代わりに、乾いたような息だけ漏れて、苦しかった。嫌な汗が流れて、動悸が早くなる。体がひどく冷えて、流れていく汗で気持ち悪くなりそうだった。
今は、この人を説得しなきゃならないのに、公爵家にいた時の記憶ばかりが蘇って、息をするのも苦しい。
公爵は、ひどく鬱陶しそうに言った。
「貴様に意見を許した覚えはない。役立たずは黙って従え」
「え…………あ、で、で……」
落ち着け、俺……これだって、ずっと俺が言い続けられてきたことじゃないか。こんなこと、公爵にしてみれば挨拶だ。挨拶!! 気にしちゃダメだ……何も言えなくなる。
殿下がこのままじゃ困る。命の危機に怯えていては、ティウルと仲を深めていくこともできない。
ティウルがこの城に集う攻略対象たちと良好な関係を築いていけなければ、ハッピーエンドは来なくて、攻略対象たちが国や城を崩壊させてしまう恐ろしいバッドエンドが待っている。この城が凄惨な殺人の現場になるのも、王国に死霊が溢れて滅びるのも嫌だ!
何より、王子殿下にだってティウルにだって、俺は幸せになってもらいたいんだ!!
「……こ、こう、公爵閣下!!!!」
「……黙れ」
「おっ…………俺の言うっ……言うこと聞いてくれたら黙ります! あのっっ!! お、おお、おっしゃることはもっともです! ただっ……あ、あ、あのっ…………キラフェール殿下の安全のことも、もう少しお考えになった方が…………お、お考えに、なってください!!」
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