上 下
80 / 96
後日談

80.信じてくれるんですか?

しおりを挟む

 ティウル……まだ惚れ薬を諦めていなかったのか……

 ゲームでは、ティウルが惚れ薬を使うようなことはない。天真爛漫でいつも優しいティウルは、攻略対象たちと愛を育んで、いずれ国の英雄になるんだ。
 今のところ、ティウルは攻略対象の一人である王子と仲良くやっている。決して惚れ薬なんてものは必要ない。

 それはいつも彼に言っていることなのに、まだ瓶を持って俺を追いかけてくるティウル。しかも、いくつか並んだ中で、一番毒々しい色の瓶を持って。主人公くんとは良好な関係を築きたいが、そんなものから一つを選ぶなんて、できるものか。怖いだろう!!

「お、落ち着いてくれっ……ティウル!! そ、そんなものがなくてもっ…………殿下は本当にティウルを愛してる!」
「そんなこと、何でフィーディに分かるの!? 今朝だって、殿下は僕の言うこと聞いてくれなかったし…………もう今すぐにでも惚れ薬を使わないとっ……!」
「ティウル……ほ、本当に、落ち着こう! 殿下は決して、ティウルを嫌ったりしていない! 本当だ! 俺から見たら、順調そのものだ!! 今からでも、普通に殿下を口説きにいこう!!」
「……今から?」

 ティウルは、やっと俺を追いかけ回すのをやめて立ち止まる。

 やった……も、もしかして、分かってくれた!??

「そ、そうだ! 今からだ!! な、なんなら、一緒に殿下に会いに行こう!!」
「うーーん…………」

 ティウルは、少し考えて、顔を上げた。

「じゃあ、今から作戦会議しよう!」
「は!??」
「作戦会議だよ! そうだ!! フィーディに食べて欲しいお菓子があったんだ!! お茶もいるよね…………厨房に行って、もらってくるね!!」
「は!?? お、おいっ……!」
「少し待っててー!!」

 そう言って、俺が止めるのも聞かず、ティウルは俺に手を振って廊下を走って行ってしまう。そして、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。

 …………ティウル……今日も元気でよかったよ……

 少なくとも、敵意は持たれていない。

 い、今のうちに、この奇妙な薬を隠してしまおう。

 俺が遠目で見ているだけでも、キラフェール殿下とティウルは、本当に仲がいいと思う。ティウルがこうして薬を並べるのはいつものことだが、こんなものがなくても、キラフェール殿下は、ティウルの後をずっと追っている気がする。バッドエンドなら嫉妬に狂ってティウルを塔に監禁するような王子だからな……たまにティウルが心配になるくらいだ。

 こっそり、テーブルの上の小瓶を手に取る。

 こ、これ……どうしよう…………今のうちに捨てるか? しかし、ティウルが一生懸命作ったものを勝手に捨てるのもな……だからと言って、これをここに置いておくわけにもっ……!

 一人で並んだ瓶を前に悩んでいると、背後から、ドアをノックする音がした。

「ティウル……いるか? 私だ。キラフェールだ。ティウル?」

 …………き、キラフェール殿下が来ちゃった…………

 な、何で、こんなところに来るんだ!!??

 あ、ここ、ティウルの部屋だ。ティウルに会いにきたのか……本当に、すごくうまくやってるじゃないか。よかったよかった。

 …………いや……落ち着いてる場合じゃない!!

 俺はどうするんだ! こんなところにいるのがバレたら、絶対にまたティウルをいじめに来たと誤解される!!

 真っ青になっている間にも、ノックの音は続いている。

「ティウル……いないのか? ティウル……け、今朝のことだが……正式に詫びたい。私は……その…………お前を傷つけるつもりは決してなかった!! ティウル! 頼む! 開けてくれ!!」

 ど、どうしよう……殿下の声は、ひどく切羽詰まっているようだ。け、喧嘩したのか!? ティウルはそんな風には見えなかったけど……だけど、今朝言うことを聞いてくれなかった、とか言ってたな……今朝のデートで何かあったのか!??

 どうしよう……

 放っておいていいとは思えない。

 だけど、今ドアを開けたら、絶対に何でここにいるんだって言われる!! ティウルの部屋にティウルの留守中に勝手に侵入したなんて誤解されたら、今度こそ断罪かもしれない。
 それでなくても、俺は、キラフェール殿下には、めちゃくちゃ嫌われている。俺のことを、反逆を企む逆賊だと思ってるみたいだし……

 頭を抱えている間も、殿下はずっと、ドアを叩いている。もう、どうしていいのか分からない。

 ドアを開ける? それとも、開けない?
 くそっ……! 主人公の選択肢なら、全部覚えているのにっ……! 悪役の選択肢なんて知らないっ!! どうすればいいんだ!

「ティウル……? いないのか?」

 できればこのままやり過ごしたい……主人公くんとその攻略対象なんて、俺が絶対に近づいてはならない人物たちだ。

 だけど……殿下の声はひどく悲しそうだ……ティウルと喧嘩したことを気に病んでいるのか? ティウルはそんな風じゃなかったのに。彼は本当に、王子殿下のことが好きなのに。

「……ティウル……やはり、怒っているのか……」

 違います! ティウルじゃなくて俺がいるだけなんです!

 それなのに、今ドアを開けなかったら、殿下とティウルがすれ違ってしまうかもしれない。
 ティウルと殿下がうまくいかなくなるなんて、俺だって嫌だ。

 意を決して、俺は、こっそりドアを開けた。

 すると、殿下は部屋の主が開けたと思ったらしく、俺の両腕を掴んで、飛びついてくる。

「ティウルっ……! よ、よかった……私だ!!」
「あ、あの…………殿下……すみません。俺です」

 恐る恐る言うと、殿下はパッと手を離して飛び退く。

「フィーディ・ヴィーフっ……!! 貴様っ……! ここで何をしている!? ここはティウルの部屋だぞ!!」
「し、知ってます……えっと……」
「貴様……さては、ティウルの部屋から盗みを働こうとしていたな!?」
「ち、違うっ……! 違う違う違う!! まっったく違います!! お、俺は、ただ、てぃ、ティウルに呼ばれてここにいるだけです!! ぬ、ぬ、盗みなんて、そ、そんなこと、するわけないじゃないですか!!」

 慌てて首を横に振って否定する俺を、殿下はじっと睨んでいる。

 すごく疑われている……俺は何もしていないのに!!

 それなのに、キラフェール殿下は、俺がたくさん抱えている小さな瓶を指差して言った。

「それはなんだ?」
「へ!? あ……」

 まずい……さっき隠そうとした惚れ薬の瓶、持ったままだった。
 こ、これ、どう見ても盗みの現場に見えちゃうんじゃないか!? 王子の意中の人から惚れ薬を大量に盗み出そうとした罪で断罪……そんな最後は嫌だーー!!

「ほ、本当に違うんですっっ!! 信じてくださいっっ! こ、これは、た、確かにティウルが用意したものですが……俺はそのっ……ティウルがこんな薬を使わなくても、殿下はティウルを愛してるって伝えたかっただけなんです!!」

 涙目で言うと、王子はしばらく俺の方を睨んでいたけど、やがて目を離す。

「……だったら早くその薬を処分するぞ……」
「え…………?」
「どうした? ティウルがそんなものを持っていては、私も困る……早く隠すぞ」
「は、はいっ……あのっ……!」
「どうした?」
「え……えっと…………し、信じて……くれるんですか?」
「……貴様のことを信じるわけではない。ただ、ティウルはいつもそんなものを持っていて、貴様は必死に止めているだろう。ティウルがそんなものを持っていては、私が一番困るというだけだ」
「…………だ、断罪は……し、しない……んですか……?」
「……貴様はしょっちゅうそんなことを言っているが、そんなに断罪されるようなことをしているのか?」
「してません!!」

 何度も何度も首を横に振る。頭がくらくらして、眩暈がしそうだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

処理中です...