悪役令息に転生したが、全てが裏目に出るところは前世と変わらない!? 小心者な俺は、今日も悪役たちから逃げ回る

迷路を跳ぶ狐

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後日談

76.俺と?

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 ……ああ……怖かったぁ……

 そう思いながら、俺は城の廊下にへたり込んでしまった。

 そんな俺に、前を歩いていたティウルが振り向いて、手を貸してくれる。

「フィーディ? 大丈夫?」
「へ? あ、うん……もちろんだ……」

 彼の手を借りて、俺は立ち上がった。

「フィーディ……顔色が悪いよ? 本当に大丈夫?」

 そう心配そうに俺に聞くのは、このBLゲームの主人公、ティウル。
 そして俺は、主人公の邪魔をする悪役として転生してしまったフィーディ・ヴィーフ。いずれ断罪されるかもしれないバッドエンドを変えるため、恐ろしいことばかり起こる城で、相変わらず主人公の恋を応援する日々を過ごしている。

 俺の平穏のためにも、主人公のティウルには、意中の攻略対象であるキラフェール殿下とうまくいってもらわなくては困る。

 今日も朝から、二人がデートできるように邪魔にならないようにその背中を押してきた。

 しかし、俺は小心者で他人との交流も苦手。

 そんな俺が天真爛漫な主人公の恋の応援なんてしてるんだから、朝からくたくただ。

 ああ……疲れた……

 何しろ、いつ断罪されるかわからない。そんなことを考えながら主人公のそばにいると、恐ろしくて仕方がない。

「本当に、大丈夫だ……す、すまない。俺はそろそろ部屋に戻る……」
「そう? じゃあ、僕も行くね! 今日はありがとう! フィーディも何かあったら僕を頼ってね! 僕、今日はもう予定ないし……そうだ! これから一緒に、お菓子でも食べない!? 僕が作ったお菓子の味見をしてほしいな!」
「……ティウル……それはいい。その……ヴァグデッドが部屋で待ってるんだ……」
「そう……残念だけど……じゃあ、また今度ね! 絶対だよ!」

 そう言って、ティウルは俺に手を振って去っていく。

 俺は、フラフラと自分の部屋に戻り、ドアを開けた。

 すると、テーブルに小さな竜のヴァグデッドがいて、クッキーを頬張っている。

「フィーディ、おかえり。なにしてたの?」
「え……えっと……少し、ティウルの部屋に行っていた……」
「ふーん……」
「く、クッキーなら、これから用意する。少し待っててくれ」
「大丈夫。もうここにあるから。それより、フィーディ、デートしようよ」
「…………へ?」

 突然言われて見下ろすと、ヴァグデッドは、テーブルの上でクッキーを両手で掴んで、俺を見上げている。

 デート……?

 俺と…………?

 俺……フィーディは、悪役令息……のはず、なのだが…………?

 俺が転生したBLゲームでは、悪役令息、フィーディは、誰にも愛されずに断罪される。当然、デートなんてイベントもなかった。

 そして、俺をデートに誘った彼、ヴァグデッドは、ゲームでは悪役令息フィーディの手下のような扱いだった竜。竜族と吸血鬼族のハーフで、今は、猫くらいの大きさになってテーブルの上で俺を見上げているけど、本当は見上げるほど大きな竜なんだ。

 ゲームでは、俺と一緒に主人公に嫌がらせをしていたが、なぜかここでは、俺の方が手下にされ、さらに気に入られて、好きだと告白された。

 俺も彼に好意を持っているのだが、恋愛など初めてで、彼が俺を好いてくれているように俺も彼を好きなのか、本当に付き合っていいのか、そもそも、恋愛感情とはどういうものなのか、それが分からずに、触れようとしてくる彼に答えることも出来ず、まだ返事ができないままでいる。

 それでも、ヴァグデッドは俺を焦らせたことはないし、ずっと待っていてくれている。それはとてもありがたいし、俺も、返事をしないくせに、彼と共にいることは好きなんだ。

 そんな彼に、突然デートと言われて、俺は戸惑った。

「で……デート……? お、俺とか?」

 そう俺が聞くと、ヴァグデッドは、クッキーを口いっぱいに頬張りながら頷いた。

「うん。デート。行こうよ。俺と」

 そう言って、彼はテーブルの上に座って尻尾をふりながら、俺に微笑んだ。

「明日、何にも予定ないだろ? ルオンからも何も頼まれてないし。デートしようよ」
「俺と……行きたいのか?」
「うん。フィーディと行きたい」
「………………」

 ヴァグデッドは、じっと俺を見上げている。本気らしい。

 ……俺と……デートだとっ!!??

 それは、恋人同士が二人で出かけて仲を深め合うという、あれか!? それを俺としたいだと!?

 そんなことを聞いただけで、俺はひどく心臓が高鳴って、何も言えなくなってしまう。

 するとヴァグデッドは、俺を見上げてにっこり笑った。

「フィーディ、面白い顔ー。そんなに嬉しい?」
「……う、嬉しい……」
「……」

 だってまさか、俺とそんなことをしたいと思う奴が現れるなんて。

 これまで、いない方がいいものとして扱われ続けてきた俺なのに。
 小心者で要領も悪く、魔力もなければ体力もなく、使える魔法といえば、しょっちゅう失敗する眠りの魔法くらい。
 そんな俺は、自分が誰かと一緒にいて相手を楽しませることができる人間ではないことくらい、分かっている。むしろ、俺なんかと一緒にいたらイライラすることの方が多いだろう。

 ……本当にいいのかっ……!? 返事もしていない俺が、デートをさせてもらうなんて……それはいいのか!??

「……ほ、本当に……い、いいのか?」
「……うん。そんなに喜ぶなんて思わなかったけど……」
「な、なぜだ? 俺は嬉しい……だ、だが、俺はまだ、その、あの……あにょ……」
「どうしたのー? 真っ赤だよー?」
「へっっ!!?? そ、そんなことはないっ……だが、あのっ……! お、俺はっ……へ、返事をしていないぞ。い、今も……できるか分からない……それなのに……で、デート……と、い、いう、の、は、よ、よろしい、のか……?」

 慌てふためく俺を、ヴァグデッドは、じっと見上げていた。

 ど、どうしたんだ?

 もしかして、こんなことを俺が言うのは図々しかったか!??

 何しろ、ヴァグデッドは「好きだ」と言ってくれたのに、俺はずっと彼に甘えて、何も言えていない。だが、彼のそばにいるのは居心地がよくて、返事もしていないのに、彼のそばから離れられない。

 そんな状況で、付き合っていないのにデートなんて、ヴァグデッドを傷つけてしまうことになるのではないか!?

「あっ……あにょっ、あのっ……あのあのっ……そ、そのっ……ち、違うっ……! 俺はっ……そのっ……お前といるのは楽しい! そのっ……デートはしたいんだっ……! だがあにょっ……へ、返事ができてないのにっ……」

 ますます慌てる俺の前で、ヴァグデッドはいきなり噴き出したかと思うと、ゲラゲラと笑い出した。

「フィーディ、変な顔ー。そんなの、気にしなくていいのにー……」
「へ!!?? き、気にしなくていいということはないだろう!! た、大切なことだ!! ヴァグデッドはっ……そのっ……好きだと伝え、つ、つたえて、く、くれている、の、に…………」

 は、話していたら、恥ずかしくなってきた…………

 自分で言って、自分で顔を手で隠して俯く俺。

 ヴァグデッドは、俺を見上げてニヤニヤしながら言った。

「俺、フィーディがそうやっておろおろしてるの見てるの好きだし、フィーディといられれば、それでいいよーー」
「っ……!?」

 お、俺と!?? 俺といるだけでいい!??

 何だそれは!! 俺といても、大して楽しくないだろう!!

 だが、じっと俺を見上げているヴァグデッドを見下ろしていたら、つい、うなずいていた。

 俺も、ヴァグデッドと一緒にいられる時間は好きだ。たまに恐ろしい時もある彼だが、彼には何度も助けられている。
 こうして彼が俺の部屋に来てくれるのも、魔物ばかりの島に連れてこられた俺が怯えなくていいように、一緒にいてくれているんだ。おかげで、俺は夜、ぐっすり眠ることができる。もしも彼がいなかったら、ずっと魔物が来ないか怯えていたのかもしれない。

 俺が頷くと、ヴァグデッドは羽を広げて飛び上がり、くるんと空中で一回転。

「本当!? じゃあ約束だよ!」
「う、うん…………だ、だが……あ、あの…………ま、待ってくれ!」
「えー? どっち? やっぱりダメとか言わないよね?」

 彼は、羽をパタパタ動かして、俺の前まで飛んでくる。
 すぐそばまで顔を近づけられると、恐怖で、消えそうな悲鳴が喉から漏れて出た。

 ヴァグデッドは、普段はこうしてくるくる回っている悪戯好きな竜だけど、以前王国で暴れて魔法使いの部隊を相手に恐ろしい魔法を操り、部隊を戦闘不能に至らしめた凶悪な竜でもある。

「そ、そうじゃない…………あの、あ、あの……俺、で、デートというものをしたことがない……そ、その……め、迷惑をか、かけてしまうかもしれない…………そ、それでも……いいのか?」

 恐る恐るたずねる俺を、ヴァグデッドはしばらく見上げていたけれど、急に笑い出す。

「迷惑だってーー。そんなの、どうでもいいのにーー」

 ケラケラ笑っていたかと思うと、彼は、急に人の姿になって、俺の前に立った。

 驚いて、思いっきり下がる俺。

 なぜいきなり人の姿になるんだ!?

 しかも、なぜ近づいてくるんだ!?

 彼がこうなる時は、だいたい俺に「人の姿になっていい?」と聞いてくれる。それは俺がひどく驚くかららしい。

 今だって、心臓が潰れそうなくらいに驚いた。だっていきなり俺よりずっと背の高い男が俺の目の前に現れたのだから。

「俺は、フィーディのそばにいられれば、それで楽しいから」
「は!!??」

 俺を見下ろして微笑んでいるヴァグデッドに言われて、すぐに顔をそむけた。

「あ…………あにょっ……あのそにょっ……俺も……ヴァグデッドといると……」

 と、震えながら消えてしまいそうな声で言いかけて顔を上げるが、すでにそこにヴァグデッドはいない。

 俺がボソボソ言っていることに気づかなかったのか、小さな竜の姿に戻っていた彼は、ドアの方に飛んでいってしまう。

「ま、待ってくれっ……ヴァグデッド! どこか行くのか!?」
「デートの準備してくるー!」
「じ、準備っ……!?」
「夜には戻るよーーーーっ!!」

 そう言って、ヴァグデッドは部屋から飛び出して行ってしまった。
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