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73.僕にちょうだい!
しおりを挟む殿下はすっかり俺を疑ってしまい、部屋から出て行く気はまるでないようだ。
けれど、ウィエフの方も諦めない。すぐに部屋に帰りましょうと繰り返す。
「殿下……ティウルは無事だったのです。もうお部屋に戻られてはいかがでしょう?」
「私はまだティウルに話がある」
「……しかし……」
食い下がろうとするウィエフの言葉を、キラフェール殿下はもう聞いていないようだ。
苛立つウィエフが舌打ちをする音が聞こえる。彼が自分の背中に回した手に、微かに光るものが見えた。それは一瞬で、すぐに消えてしまったけれど、確かに見えた。あれは、魔法で作られた刃だ。普通の刃物と違い、すぐに消すことができるから、暗殺なんかによく使われる。
ウィエフ……まだ王家を滅ぼすことを諦めていないのか……?? ティウルが王子の部屋に行った時に、部屋の近くにいたのも、もしかして殿下の護衛のためではなく、命を狙っていただけ……だったりしないだろうな……
俺は、そばを飛んでいたヴァグデッドを手招きして、彼の耳元で囁いた。
「ヴァグデッドっ……あ、あのっ……! さ、さっき……ウィエフが魔法の刃を持っていたような気がして…………」
「ああ……持ってたねー」
「も、持ってたって、気づいていたのか!??」
「うん。殿下のこと、狙ってるんだろ?」
「そこまで気づいているなら、なぜっ……!! 黙っていたんだ!?」
「えー、放っておけばいいじゃん。どうせ王家は、俺が近いうちに滅ぼすんだし」
「まだそんなことを言っているのか!」
王子の命が狙われていると言うのに、ヴァグデッドまでこんなことを言い出した。
殿下にはティウルと幸せになってもらわなきゃ困るのにっ……!
頭を抱えていると、開けっぱなしだったドアから、今度はルオンが入ってくる。
「ウィエフ……ここにいたのか」
「ルオン様っ……!」
急に態度を変えて、ウィエフはルオンに振り向く。
「なぜ、こちらに……?」
「探していたんだ。まだ魔力が回復していないのに、歩き回らないほうがいい」
「ルオン様……」
うっとりしているウィエフを置いて、ルオンは俺に振り向いた。
「……フィーディ。これを……」
彼が渡してくれたのは、小さなキノコの形をした宝石のようなもの。初めて見るものだ。
「ルオン様……これは……?」
「昨日のキノコで作った。結界の強化に使っても、まだ魔法を強化する力が少し残っている。あのキノコは、あなたが見つけたものだ。これは、あなたが持っているといい」
「……ルオン様…………」
い、いいのか? 俺、何もしていないような気がするのだが……
だけど、ルオンが頷いてくれたから、俺は恐る恐る、それを受け取った。
「あ、ありがとうございます……ルオン様……」
「あなたの魔法の役に立てるといい……」
それはありがたいのだが……背後に何か、不気味な気配を感じて振り向くと、そこにはティウルが立っていた。
「てぃ、ティウル……?」
「ねえ!! それ、いらないなら僕にちょうだい!!」
「いらないとは言っていないっ……! な、何に使うつもりだ??」
「すっごくいいこと!!」
「…………」
絶対に恐ろしいことに使うつもりだ……
ニコニコと楽しそうな彼を見ていると、絶対に渡せなくなる。
「す、すまないが、これは渡せない……」
「いいものが完成したら、フィーディにもあげるよ!」
「……」
何が完成するのか知らないが、あまり受け取りたいとは思えない。
すると、小さな竜のヴァグデッドが、ティウルの方に飛んで行った。
「フィーディに変なものすすめないでくれる? 必要ないって言ってるだろ?」
「完成したら、ヴァグデッドにもあげるよ?」
「…………」
「結構いいものだと思うよー。ヴァグデッドにも気に入ってもらえると思うなー」
「…………何ができるの?」
なぜ少し興味を持ってるんだ!?
俺は慌てて、ヴァグデッドを抱っこした。
「ヴァグデッド……! へ、変なものに興味を持たないでくれっ……!!」
「だってー……俺、ずーっと我慢で辛いんだよ?」
そう言って、彼は俺を見上げている。そんな目をされると、なんだか抱っこしているのも、少し緊張しそうだ。だけど、離したくない。
彼は、じっと俺を見上げて言った。
「人の姿になっていい?」
「へっ……!!?? い、今か!?? そ、それはちょっと…………」
今、彼が人になったら、俺が彼を抱っこしてる感じになるのか?? いや、抱っこは無理か……俺にはそんな力はない。じゃあ、抱きついているような感じだろうか?
頭の中で、人になったヴァグデッドの腰に俺が両手を回していて、俺は真っ赤になってしまう。
……昨日まで平気で抱っこしていたのに……
俺を見上げるヴァグデッドは、俺の腕の中でキョトンとしていた。動揺しているなんて、気づかれたくない。
彼を離すこともしたくなくて、結局顔をそむけるだけで精一杯だ。ヴァグデッドは何でもないように首を傾げているのに。
「フィーディ……? どうしたの?」
「な、なんでも……ない…………とにかく、そ、そ、その、そんなものがなくても…………俺はお前にっ……ちゃんとっ……! 返事をっ……!!!!」
「あーーーーっっ!! ティウル!! お前、何してるんだよ!!!」
勇気を出して言ったのに、ヴァグデッドは叫んでティウルの方に飛んでいってしまう。どうやら、ティウルが俺のベッドの上に座って、「ちょっと寝てもいいー?」なんて言い出したことが気に入らないらしい。
俺の話は全然聞いていないようだ……微かな声で囁いただけだから、当然といえば当然かもしれないが。
聞いて……なかったんだよな? 俺のこと置いて、ティウルに食ってかかってるし……
聞こえていなかったことが残念なような気がするのに、聞こえていなくてホッとしている。
何を言おうとしていたんだっ……! 俺はっ……! 聞こえていなくて、よかったんだ!! 聞こえて……なかったんだよな?
ヴァグデッドの後ろ姿を見ていたら、なんだか不安になってきた。聞こえていたら、どうしようっ……! すごく恥ずかしいっ……!!
真っ赤になって俯いていたら、彼が心配そうな顔をして戻ってきた。
「フィーディ?? どうした?」
「…………あ、あの…………聞いた?」
「何を?」
「へっ…………!?? あの……だから、その…………へんじ……」
「へんじ?」
「なっ……なんでもないっ……わ、忘れてくれっ…………ごめん……っ」
「フィーディ?」
ヴァグデッドはずっと不思議そうにしてる……何で俺、あんな余計なこと言ったんだ……
もう顔を上げられないでいると、ヴァグデッドは俺の腕の中に戻ってくる。
「……なんかよく分からないけど…………何か怖いことがあるなら言ってね? 俺がそばにいるから」
「……………………その……頼むから……今は俺のこと見ないでくれ……」
「……フィーディ……? 本当に、どうした?」
そんな風にいつもみたいに俺を見上げるお前のことで、こんなふうになってるんだっ……! 少しは気づいてくれ! 何で今は鈍いんだ……っ!!
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