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69.我慢してる
しおりを挟む彼はいつも、なんだかんだ言って、俺に優しい。だから、俺が嫌そうな顔をすれば、すぐにこうして力を緩めてくれる。けれど、そのせいなのか、彼はますます辛そうだ。そんな顔をして欲しくないし、させたくないのに。
彼の手が、俺の頬に触れる。さっきまでより、少し熱いような気がした。
こうして見上げていると、彼の目がよく見える。どこか切なそうで、俺まで苦しくなりそうだ。
「俺……フィーディのこと、好きなのに…………そんな顔されたら、離すしかなくなるだろ…………」
囁くように言われた。けれど、言われたことが頭の中に入ってくるまでに、かなり時間がかかった。
それからずっと、俺は固まっていた。
今……なんて…………え? 好き? 俺を??
こんなルートあったか!!?? だって俺は悪役令息なのに……なんで告白なんてされているんだ!??
「ヴァ、ヴァグデッドっ……!?? な、何言ってっ…………!」
「俺、本気だから…………」
本気って……そんなことは、顔を見れば分かる。そんな真剣な顔をしながら、冗談で「好きだ」などと言えるはずがない。嘘をつくはずがない。
そう言うことを聞いているのではなくてっ……! なぜ俺をと聞きたいんだ。申し訳ないが、こんなことは初めてすぎて、何が何だか分からないぞ!
それなのに、彼は突然、俺を強く抱きしめて、怒鳴るように言った。
「他の男と話してんじゃねーよっ……! 俺はっ、我慢してんのにっっ!!」
「……へっ!? あ、えっと……ご、ごめん……あ、あ、あの…………お、俺…………その……」
戸惑いの言葉しか出てこない。
なんて情けないんだ。
俺だって、ちゃんと返事をしなくては。俺にだって、伝えたいことがあるはずなのに……なぜ、なにも出てこないんだ。
俺だって、彼のことが好きだ。彼といる時は安心するし、こうして、多分恋人としかいないような距離でそばにいると、ひどく胸が高鳴る。
けれど、それなら俺は、ヴァグデッドと全く同じ気持ちなのかと聞かれれば、俺には分からない。
彼と一緒にいたいとは思うが、それなら俺は、彼のことが好きなのか? いや、確かに好きだが、彼と同じように好きなのかと聞かれれば……
わ、分からないぞっ……! 好きだが、キスやその先はまだ恐いままだし…………
彼の腕の中で、体温だけが上がっていく。何か言いたいはずなのに、全部頭の中を行ったり来たりするだけで、どれひとつ、上手な言葉になって出てきてはくれない。
「あの……あ、俺はっ……」
「分かってる……俺がこんな我慢するの、フィーディだけだから……」
「え……?」
「泣かせたくないのに…………フィーディ、泣きそう」
「あっ…………」
いつのまにか、目には涙が滲んでいたらしい。彼の指に俺の涙が触れて、落ちていく。
途端に、彼の顔が曇った。そして、彼は俺を離してしまう。
俺に背を向けて歩き出す彼に、ごめん、と言われた気がして、俺は焦った。
「待ってくれ!!」
慌てて彼を追いかけて、その手を取った。俺だって、そんなことを言わせたいわけじゃない。泣きそうだったのも、怖いわけでもなければ、嫌だったわけでもない。
「違うっ……!! た、ただっ……う、嬉しかっただけなんだっ……! 俺はっ……! そのっ……そ、そんな風に言ってもらえたの……は、初めてで……ただ、あの…………」
「……そんな顔するなって…………誘ってるようにしか見えないから」
「そ、そんなつもりはないっ……! 俺はっ……その…………へ、返事が……返事を……」
口を開けば開くほど、混乱していくような気がする。言葉がうまく固まらなくて、すぐに溶けていくようだ。
慌てるばかりの俺に、彼は優しく笑った。
「俺、フィーディがそうやってオロオロしてるの好きだけど、泣くのは嫌だ」
「ヴァグデッド……」
「……だから、そんなそそる顔しないで。襲われるの、いやだろ?」
「そ、それは困るが……あの……」
「じゃあ、抱かれたくなったら言って。その時一緒に、好きって返事も聞く」
「だっ…………!!?? 抱かれ!?? そ、それと同時でなくてはダメなのか!?? ま、待ってくれっ……!! そ、そんな返事はできないっ……!!」
「……だって、フィーディに好きなんて言われたら絶対に我慢できない……もしかして、今やりたい?」
「そ、それは無理だ!」
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