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66.それ以上にと言ったら

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 騒がしい夜が明けて、次の日になっても、俺はしばらく眠っていて、起きたら昼だった。

 昨日はいろいろありすぎて疲れていたらしい。まだ少し眠いくらいだ。
 布団からモゾモゾ抜け出すと、ヴァグデッドは布団の上でまだ寝ていた。本当に、昨日は一晩中、俺と一緒にいてくれたらしい。彼には世話になってばかりだ。

 それから部屋で彼と軽く食事を始めた。俺の昼飯は、キノコがたっぷり詰まったサンドイッチにキノコのサラダ、キノコのスープ。昨日のキノコではないだろうかと思ったが、意外にも食が進んだ。

 ヴァグデッドの食事は、俺が用意することになっている。
 厨房でもらった丸いクッキーのようなお菓子に、魔力をほんの少しこめるだけでいいらしい。初めて聞いた時は、これで満足できるのかと心配だったけれど、魔法の植物を使って作ったそれがあれば、力の補給はできるし、他人の魔力をほんの少しでも摂取できれば、吸血できなくても彼的には満たされるらしい。

 可愛らしい竜の絵が描かれた皿から、山盛りになったクッキーを一枚取って、テーブルの上にちょこんと座った小さな竜のヴァグデッドに差し出してやると、彼はそれを両手で掴んで嬉しそうにかじる。

「おいしーー!」
「そ、そうか……それなら、よかった……」

 彼が笑顔でいてくれると、ホッとする。喜んでもらえてよかった。俺程度の魔力では足りないのではないかと心配だったんだ。

「フィーディ! もう一つ!」
「え? あ、ああ……ほ、ほら」

 また皿からクッキーを渡してやる。ほんの少しだけ俺の魔力を込めて。

 こんなことを言ったら、彼は多分怒るんだろうが、こうやって俺の渡したものを喜んで咥える彼は、なんだか可愛い。
 最初の頃の警戒心なんて嘘みたいに、俺は皿のクッキーを差し出していた。

「それ……どんな味がするんだ?」
「フィーディの味!」
「俺のっ……!? どんな味だ……それは……」
「だって、フィーディの魔力がこもっているから」
「……だったら、俺の魔力の味だろう……略すな……」

 なんだか恥ずかしくなるだろうが……

 しかし、彼にしてみれば、これは吸血の代わりなのだから、俺は血を吸われているようなものになるのか?

 ……やめよう。今度は、自分が竜に襲われて血を吸われているところを妄想してしまいそうだ。クッキーと魔力なのに……

 もう一枚クッキーを差し出すと、彼はそれを俺の指ごと咥えてしまう。

「わっ…………! お、おいっ……」
「冗談だよーー」

 彼はそう言って、すぐに指を離してくれる。全く……悪ふざけがすぎる。

 気恥ずかしくなってきて、俺は彼から顔をそむけ、窓の外の方を見やった。

 外は快晴だ。今日は一日休み……何をしていてもいい。

 とはいえ、することなんて何もない。昨日は疲れたし、できれば何もしたくない。

「だけど、風呂は入りたい……」

 昨日は疲れてすぐに眠ってしまったから、まだ風呂に入れていない。昨日は魔物と戦ってばかりだったし、森の中を走ったりもした。汗臭くないか心配だ。体を洗いたい。
 確かこの城の裏手には、大きな露天風呂があるんだ。ゲームで、大きな竜の姿に戻ったヴァグデッドが、そのまま風呂につかっていたから、かなり広いことは間違いない。そして俺は、温泉は前世も含めて初体験だ!!

 行きたい……けれど、一人で城をうろつくのは怖い。もう暗殺者や魔物がいないとも限らない。ルオンのことは信用しているが、ゲームでも、何度か城に魔物が現れていた。

 ふとテーブルに振り向くと、ヴァグデッドはまだクッキーに夢中だ。

 一人で城をうろつくのは怖いが、風呂まで彼と一緒に行けば、怖くない。

 しかし……昨日は怖いからと言って一緒に寝てもらって、今度は風呂までついてきて欲しいって、俺はどれだけ臆病なんだ。さすがに彼も呆れるだろう。それに、そんなことを言うのもだいぶ恥ずかしい。

 やめるか……

 だけど、風呂は行きたい。風呂は行きたいが、怖いものは怖い。

 やはり、ヴァグデッドに話してみるか……?
 いやっ……! いやいやいや、待て!! いきなり二人で風呂に入りに行こうって、大丈夫なのか!? 嫌がられないか!??

 まだ何も言っていないのに、恥ずかしくなってきた。
 そして、また彼に抱きしめられた時のことを思い出してしまった……っ!!

 落ち着け! 今の彼は小さな竜じゃないか! 離せって言ったら離してくれるし、竜でいて欲しいといえば聞いてくれる。それなのに、俺はなんで風呂であいつに抱きしめられているところなんて妄想してるんだ!

 結局、頭の中が妄想でいっぱいになってしまう。
 そんな俺を、いつのまにかヴァグデッドが見上げていた。

「……フィーディ? どうした?」
「へ!?? あ、あの……」

 彼を見下ろしたら、余計に恥ずかしくなる。こんなことを言っていいのかと不安になる。

 だけど、行くなら彼と行きたい。恐ろしいという理由でもあるが……結局俺は、彼と一緒にいたいんだ。こうして彼といると、なんだか安心するから。
 しかし、だからこそ嫌われたくない。こんなことを言って、嫌われるのはいやだ。
 だけど風呂は入りたい……

「えっと…………あ、あのっ……ふ、風呂……行きたいなって思って…………あ、あのっ……ず、図々しいのは承知しているのだがっ……あの……」
「分かった!」
「え!!??」
「フィーディ、一人じゃ怖いんだろ?」
「うっ…………!」
「フィーディ……顔赤いー! もしかして、怪談の後トイレ一人で行けなくなったりする?」
「ふぇっ……!?? そ、そんなことはない! あ、あのっ……嫌だったら断っていい! お前もっ……起きたばかりだしっ……!! あ、えっと……そのっ……! ふ、風呂にっ……入り、たくて……でも、暗殺は怖くて……死ぬのもっ……!」
「ふーん……」
「あの……す、すまないっ……! 俺はっ……い、いい加減、鬱陶しかったな! お前だって……疲れているのにっ……!」
「………………いいよ」
「え!!??」

 意外にも簡単に「いい」と言ってもらえて、俺は顔を上げた。

 彼は驚く俺の背中を強引に押して、部屋から連れ出そうとする。

「行こうー! お風呂!!」
「ま、待ってくれっ…………! 今のはっ……! 冗談だっ……!」
「そんなに焦らなくていいよ。俺、意識されてないみたいだし」
「は!?」

 意識だと!? そんなの、してる。すごくしてる!!

 ひどく心臓が速く脈打っている。考えてみれば、俺がこうして他人を誘うのは、彼が初めてではないだろうか。

 普段は、俺なんかに誘われたら迷惑だろうとか、そんなことを考えてしまい、口に出さない。しかし彼なら、そんなことを言わないような気がしてしまっている。誘うのは怖いし恥ずかしいが、それ以上に、彼と一緒にいたいと言ったら、彼は呆れるだろうか。

 彼は慌てる俺の服を咥えて引っ張り始めて、俺は、それに抗いながらも振り払えない。体がなんだか熱くて、顔が赤くなっていくのも、自覚せざるを得なかった。
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