64 / 96
64.ここにいる彼らとも、そんなふうに
しおりを挟むキノコを詰めた袋が戻ってきてホッとしたけれど、まだそれを諦めていないティウルが、俺に迫ってくる。
「フィーディ!! だったらそれ、僕にちょうだい!」
「え……えっと……ちなみに……わ、渡したら何に使うんだ?」
「えー、秘密ー」
そう言ってティウルは、にっこり笑う。教えてくれそうにないが、王子の方をチラッと見て楽しそうにしている様子だけで、答えなんて一目瞭然だ。
まだ惚れ薬を諦めていないのか……そんなものがなくても、王子はティウルに振り向くと言っているのに!
「てぃ……ティウル……これは渡せない。そんなことより、王子殿下のそばにいてはどうだろう」
「もちろん、殿下のそばにはいるよ!! だけど、キノコも欲しい! それがあればっ……フィーディ!! お願い!!」
「お、落ち着いてくれ……頼むっ……」
ティウル……目が怖い。何がなんでもキノコが欲しいらしい。
キノコの袋をぎゅーっと抱きしめ、後ろに下がる俺。するとそこに、ヴァグデッドまで飛んできた。
「フィーディ、じゃあそれ、俺にちょうだい? 王国滅ぼすから」
「ま、まだそんなことを言っているのか!! その件は諦めろ! あっ……諦めてくださいっ!!」
「なんで止めるの? フィーディのためにもなるのに」
「お、俺はそんな怖いことは嫌だと言っているだろう!!」
って言って逃げても、ヴァグデッドは俺を追いかけて飛んでくる。
ティウルまで一緒に「待ってよー」なんて言いながら俺を追いかけてくるから、本当に怖い。
「や、やめろっ……お前たちっ……わっ!」
前を見て走っていなかった俺は、ウィエフにぶつかってしまった。
「あ……す、すみません……」
「……全く……一体、何をしているのですか……そもそも、なぜあなたがそのキノコを持っているのですか?」
「え、えっと……」
なぜ、と言われると困る。俺はただ、あの時ヴァグデッドが切り裂いたキノコを回収しただけだ。
「それは、たまたまあなたが手に入れただけです。もっと相応しい者が持つべきです」
「え、えっと……はい……」
そんな風に言われると、つい頷いてしまう。確かにキノコを倒したのは俺じゃない。
しかし、ヴァグデッドの目的は王国の滅亡。それを知っていて、渡すわけにも……
戸惑う俺に、ウィエフはさらに詰め寄ってきた。
「あなたがそれを持っていても、宝の持ち腐れでしょう。こちらに渡しなさい」
「えっ……あ、そ、それは、ちょっと……え、えっと……ち、ちなみに……渡したら、どうするんですか? キノコ……」
「当然、ルオン様の死霊の魔法の強化のために役立てていただきます」
「え…………? も、目的は、それですか?」
「はい。それがどうかしましたか?」
ウィエフはキョトンとしている。
お、王国を滅ぼすつもりじゃなかったのか? なんだ……てっきり、王家が気に入らないから滅亡を企んでいるのかと思っていたのに……
「す、すみませんでした……」
「……? 何がですか?」
「……えっと……いろいろ……」
勝手に、王国の滅亡が目的なんだと決めつけていた。
申し訳なくて頭を下げる俺を、ウィエフはキョトンとして見下ろしている。
ルオンの死霊の魔法の強化が目的なら、渡してもいいのか?
「そんなことを考えていたのか?」
そう聞いて、ルオンがウィエフに振り向く。
ウィエフはどこか、気まずそうにしていた。
「ルオン様……出過ぎた真似かと思ったのですが……最近、悩んでおられるようだったので……」
「……悩んでいた? 私が……? ああ……」
今度はルオンが気まずそうに顔をそむけ、小さな声でまたウィエフに謝っていた。多分、死霊の魔法にかけようとしたことを詫びたのだろうが、ウィエフは違うように受け取ったらしく、力強く言った。
「ルオン様……そんなに心を痛めておられたなんて……ご安心ください。あなたを悩ませる王国は、私が必ず滅ぼします」
そう言って、ウィエフはニヤリと笑う。やはりちゃんとそっちも企んでいる……少し安心して損をした……
それに、ルオンの死霊の魔法の強化に使われたら、一番の被害者になるのはウィエフではないのか? それでもウィエフは喜びそうだけど……
そもそも、ウィエフは死霊の魔法で王国の滅亡を企むのだから、彼にも渡せない。
いつもはウィエフを止めてくれるルオンも、今は全くウィエフを止めようとしない。彼は、ずっと何か考え込んでいるようだった。
「あ、あの……る、ルオン様! ウィエフを止めてください!
恐る恐る声をかけると、ルオンは俺に振り向いた。というより、多分、キノコの袋の方に振り向いている。じーーっとキノコの袋を見つめていた。
「強化か…………」
……絶対に、死霊の魔法とウィエフのことで、頭がいっぱいになっている……さっき、俺が眠らせたウィエフに夢中になっていたし……キノコは結界の魔法を強化させるために使うって言っていたのに!
「け、結界!! 結界の強化に使いましょう!! このキノコは!!」
「……」
「……」
ルオンもウィエフも、返事がない。
今度は、王子がウィエフを怒鳴りつけた。
「ウィエフ! 貴様っ……! 王家に仕えているのではなかったのか!? そのキノコは、王家のものだ!」
「まだそんなことを言っているのですか?」
「き、貴様っ……!!」
王子は、今度は俺に振り向いて怒鳴る。
「フィーディ!! この男にはキノコを渡すな!! 反逆罪に問われることになるぞ!! 強化のキノコは私に寄越せ!」
俺に迫ってくる王子に、ヴァグデッドが牙を向け、ティウルと喧嘩になりそう。
ルオンは死霊の魔法とウィエフのことばかり考えているようだし、ウィエフは「王族にキノコは渡しません」と言って、今にも王子に斬りかかりそう。
なぜこうなってしまうんだ。せっかく危機が去ったのに。
俺は、キノコの袋を抱きしめて言った。
「あ、あのっ……! お、俺…………やはり、結界の強化に使うべきだと思いますっ……! 魔物を遠ざけて、みんなで安全に暮らすのが先決では……ないでしょうか……」
もう、今にも泣き出してしまいそうだったが、正直な気持ちだった。
これから俺は、しばらくあの城に住まなくてはならない。住処は安全な方がいい。
そして今、ここにいる彼らとも、そんなふうに過ごしたいと思う。
しかし、これは俺の勝手な望みであって。彼らが同じ気持ちかは分からない。
けれど、恐る恐る顔を上げれば、ヴァグデッドが、クルンと回って言った。
「仕方ないなー……あそこが魔物に襲われたら面倒臭いし……俺はそれでもいいけど?」
「えー……僕はまだ諦めきれない」
そう言いながら、ティウルはまだ残念そうだったけれど、もう俺を追いかけようとはしなかった。
ルオンも、少し恥ずかしそうに言った。
「そうだな……すまない……つい……」
「……ルオン様がそうおっしゃるなら……」
ウィエフの方は、まだかなり不満そうだが、とりあえず、キノコの袋を見つめることはやめてくれた。
キラフェール王子はまだ諦めきれない様子で、「だったら私に寄越せ」と言っていたけれど、ティウルに「そんなキノコより、僕の強化の薬を飲んでください!」と言われて逃げ回っている。
ヴァグデッドが、俺に振り向いて言った。
「帰ろっか。キノコも一応、見つかったことだし!」
「う、うんっ……!」
返事をすると、彼は俺の方に飛んできて、俺は心底ホッとした。
34
お気に入りに追加
782
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼毎週、月・水・金に投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる