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63.あまり釈然とはしない

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 とにかく、ウィエフを早く起こした方がいい。
 俺は、抱っこされたまま「落ち着きなよー」なんて、軽い口調で言っているヴァグデッドを見下ろした。

「ヴァグデッド! 頼むっ……!」
「放っておけばいいのにー」

 気の進まない様子だったが、彼はウィエフのもとに飛んで行こうとする。

 すると途端に、部屋の明かりが消えた。

 微かに足に違和感があって、俺は自分の足を見下ろす。
 すると、足にいくつも真っ白なものが絡みついていた。
 何かと思ったが、外から入ってきた月明かりが、それを照らしてくれる。
 俺の足に絡みついていたのは、白骨化した手のようなものだった。それが、床から生えている。

 恐ろしくて腰を抜かしそうだったけど、少しだけ、心の準備ができていた。
 俺は、これを見たことがあるんだ。ルオンのバッドエンドと、ウィエフのバッドエンドで。
 これは、死霊の魔法だ。

 こんなものが出るような気がしていたが、予測できたからといって、怖くないわけではない。

 ガタガタ震えだす俺だけど、ヴァグデッドは平然とそれを蹴って、俺の足から外してくれる。

「そんなにびっくりしなくて大丈夫だよ。ルオンのこれ、結構脆いから」
「は!? お、お前っ……見たことがあるのか!?」
「うん。何度か」
「なんでそんなに落ち着いてるんだ!?」

 足音が、俺の方に近づいてくる。近づいてきたのは、言うまでもなくルオンだ。先ほどと全く様子は変わらない。城で俺のことを信じて紳士的に話してくれたルオンのまま。

「フィーディ……彼を渡してくれ」
「わ、渡したら……か、彼はどうなるのでしょうか……」
「…………フィーディ。頼む……」

 返事になっていない。

 顔だけルオンで中身だけバッドエンドのルオンになってしまったみたいだ。彼が、死霊の魔法に魅了されることに苦しんでいることは知っていたが、いきなりこんなことになるとは思わない。絶対に渡したらダメだっ……!!

「る、ルオン様……どうか、落ち着いてくださいっ……!」

 何とか宥めようとする俺に、ヴァグデッドがキョトンとして言う。

「渡してもいいんじゃない? 相手はルオンだし」
「死霊の魔法をかけられたらどうするんだ!!」
「ウィエフなら喜びそう」
「そんなはずがないだろう!」
「本人に聞いてみる?」

 彼は、ソファの上のウィエフのところに飛んでいき、寝たままのウィエフに魔法をかける。
 すると、ウィエフはすぐに目を覚ました。

「ウィエフっ……! よかった……」
「フィーディ? …………近寄らないでください……」

 ウィエフは、助け起こそうとする俺の手を避けて、冷たい目を向ける。

 起きてすぐに俺の顔を見て、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいだろう……寝ても覚めても、やっぱりウィエフだ。
 しかも彼は、起きてすぐにルオンの姿を見つけ、キラキラとした目を向ける。

「ルオン様っ……!」
「待て!!」

 慌てて彼の手を握って止める。
 けれどウィエフは、ひどく鬱陶しそうに振り返る。

「……何の用ですか? フィーディ・ヴィーフ。離してください。首を切り落とされるのは嫌でしょう?」
「……落ち着いてください……ルオン様は、あなたに死霊の魔法をかける気です」
「私に? ルオン様のおそばにいられるのなら、私はそれで構いません。むしろ光栄です」
「…………は?」

 えっと……今、なんて?

 びっくりして、もう何も言えない俺に、ウィエフは、さも当然のことのように続けた。

「死霊の魔法をかけてまで、そばに置きたいと思って下さるなんて……光栄です。死霊として、仕えていられるなんて、最高ではありませんか」
「……ほ、本当に、いいんですか?」
「ええ。もちろん。むしろ、何が問題だというのです?」

 何が? 十分問題な気がするのだが、ウィエフにそう平然と言われると、分からなくなってしまいそうだ。

 俺が戸惑う間に、王子がウィエフを怒鳴りつける。

「き、貴様っ……! ウィエフ!! 貴様の主は王族であることを忘れたか!!」
「忘れるも何も。私は、最初から王家に仕えているつもりなどありません」
「な、なんだとっ……!!」
「私の主は、最初からルオン様ただ一人。王家など、いずれ私が滅ぼしてみせます」
「き、貴様っ……」
「せいぜい、束の間の王位継承争いをなさっていてください」

 そう言って、ウィエフはルオンに振り向くけど、ルオンはウィエフの手を取って、首を横に振った。

「すまない……ウィエフ……私は、どうかしていた……」
「そ、そんな……ルオン様。どうか、お気にならならないでください……あの……」
「あの魔法を使おうとするなど…………とんでもないことだ……」

 ……ウィエフが目を覚ましたら態度が急変した……

 ルオンはひどく苦しそうにして、ウィエフから目を背けている。
 ウィエフが目を覚ましたことで、きっと正気を取り戻してくれたのだろう。そう思うことにした。
 さっきまでの興奮した様子はなくて、肩を落としているから、ちょっと残念そうに見えような気もしたけども、深くは考えないことにしよう。

 けれど、ルオンがウィエフから離れていくものだから、ウィエフはひどく寂しそう。

「ルオン様、私はそんなことを気にしません。むしろ、あなたにそうまでして必要としていただけるならっ……!」
「……ウィエフ、私を気遣わなくていい。本当にすまない……」
「い、いえ……ルオン様……そうではなく……」

 ウィエフは残念そうだが、ルオンが死霊の魔法を諦めてくれて良かった。あまり釈然とはしないが……

 窓際にいたティウルが、俺に振り向いて言った。

「そろそろ、ルオン様の結界も効いてきたみたいだよ!! これなら、城までいけるんじゃない?」
「そうかっ……! や、やった……か、帰れるんだな!!」

 やっとこの恐ろしい森からも、この恐ろしい状況からも逃れられる。
 喜ぶ俺に、ティウルは見たことのある袋を担いで微笑む。

「うん!! 早く帰ろうーー!!」

 そう言って部屋を出て行こうとしたティウルに、俺は違和感を感じた。その袋、俺がキノコを詰めた袋じゃないか! 王子を連れて逃げる時に、森の中に落としてきたものだ。彼が拾って持ってきたらしい。

「てぃ、ティウル……」
「どうしたの? ああ、この袋?」
「か、返して……くれないか?」
「だってフィーディ、これ置いていくんだもん。いらないのかなーって思って」
「……いらなくはない……返してくれ」
「えー。やだーー」

 ティウルはそう言って袋ごと俺から遠ざかっていくけれど、袋は勝手にふわりと浮いて、俺の手元まで飛んできた。

「あ、あれ……?」

 びっくりしたけど、ルオンがいつもの冷静なルオンの口調で言った。

「それには、必ずフィーディの手に戻るように魔法をかけておいた。何が起こるかわからないからな……」
「余計なことするなよ……」

 ぼそっと言うティウルは、鬱陶しそうにしていたけど、俺は心底ホッとした。ウィエフが起きて、死霊の魔法のことを口にしなくなったら、いつものルオンだ。

 袋を抱えていると、ヴァグデッドまで飛んできて「じゃあ俺にちょうだい」と言い出した。彼もキノコを諦めてはいないらしい。
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