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62.困ったものだろう?

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「あの……ティウルに聞いてみるといいと思います」

 と、ルオンに振り向いて言ってみるが、ルオンの方も、俺の話を聞いているのかいないのか、ずっとウィエフの頬を撫でている。

 一体、どうしたというんだ。

 ルオンは、眠っているウィエフから、目を離そうとしない。

「…………寝ている彼は、静かだろう?」
「へ? えっと……は、はい……寝ていますから……」
「…………そうだな」

 ずいぶん当たり前のことを言って、ルオンはウィエフの頬から首の方まで、ゆっくりと触れていく。

 ……俺の話を多分全く聞いていない。

 ルオンの手が首の方に移っても、ウィエフは全く目を覚まさない。それどころか、顔が青白いように見えるのは、気のせいだろうか。

 ルオンは、眠ったままの彼を見下ろしながら、ボソッと言った。

「……彼は昔、無茶な魔法を使い、こうして倒れてしまうことがよくあったんだ」
「そ、そうなのですか?」
「…………その時に、よく似ている。ウィエフを眠らせてしまうなんて、その強化の効果は絶大だな」
「そ、そうですか……? あの、俺は魔法にはあまり詳しくなくて……」
「私も、眠りの魔法を研究したことは何度かある……城の地下には、魔法の書物や道具が並んでいるんだ」
「はい……」
「知っているのか?」
「えっ……!!?? い、いいえ!! 知りません知りません知りません! 全くにゃっ……な、何も知りません!」

 本当は知っている。

 地下の部屋には、ルオンが愛用している魔法の書物や道具がたくさん並んでいて、その部屋の鍵は、ルオン自身が片時も離さず持っている。ルオンが大切にしている鍵のうちの一つだ。

 しかし、俺がそれを知ったのは前世でのこと。鍵のことも地下の部屋の話も、ルオンは他人にはしていないはず。そんなことを俺が知っていたら、ルオンも不審に思うだろう。

「い、今のは、ただの相槌です!! 相槌!! はいって言っただけです!」
「そうか…………あの部屋には、いくつも書物がある。そこに死霊の魔法に関する本もある」
「へ!?」
「……いずれ、あなたにも見せる」
「え!? あ、えっと……わ、分かりました! あ、あの……ルオン様! それより今は、早く彼を起こしてあげた方がいいのではないでしょうか? ま、魔法をかけた俺が言うのもなんですが……」
「そうだな…………」

 そう言いながらも、ルオンは、ウィエフの体から手を離そうとしない。
 様子がおかしい。急に死霊の魔法の話を始めるし、彼が触れれば触れるほど、ますますウィエフの顔色が悪くなっていくような気がした。
 その様を眺めながら、ルオンは、ゆっくりと口角を上げていく。先ほどまで顔色が悪くフラフラしていたのが、嘘のようだ。

「る、ルオン……様……? あ、あの……」
「分かっている……すぐに彼を起こす……」
「だったら早くっ……! ルオン様っ……!」
「分かっている」

 ……分かっていると言っているが、俺の話を聞いているようにはまるで思えない。
 俺を適当にあしらいながら、ルオンはさっきから何をしているんだ? ずっとウィエフの体に触れているが……
 なんとなく、不気味だ。放っておくべきではない。

「あ、あの、ルオン様……ウィエフは、あなたを尊敬しています……は、早く起こして城に戻りましょう!」
「……もちろんだ……彼の気持ちは分かっている…………」
「え?」
「私も、同じ気持ちだ。だからこそ、彼に魔法をかけたくなる」
「ま、魔法って……」
「死霊の魔法だよ。彼がこうしていると、彼が私の魔法にかかったところを想像してしまう……彼にこうすると、死んでいるようだろう?」

 だろうって……さっきから触れているのは、まさか何かの魔法にかけているのか? ウィエフが青ざめていくのも、そのせいなのか!?

「私は、倒れている彼を見るのが……ひどく苦手なんだ。我慢できなくなりそうで……先ほど、森の中でも、それで逃げてしまった」
「えっと……」
「見ていたのだろう? フィーディ」
「あ…………」

 確かに、見ていた。ルオンが、ウィエフに雷撃の魔法を撃つところを。
 そのあとルオンは、倒れたウィエフを、じっと見下ろしていた。

「あ、あの……俺は、け、決して、盗み見ていたわけではなく……」
「慌てなくていい……ウィエフには、悪いことをしてしまった……倒れている彼を見ると、欲望を抑えることができなくなることは分かっているのに、どうしても、それを見たくなる時があるんだ。大切であるほど、死霊の魔法をかけたくなる……困ったものだろう? 今も、死霊の魔法にかけたくて仕方がない……」

 振り向くルオンは、全くいつもと変わらない。顔だけは紳士的で優しかった彼のままだ。

 しかし、俺は騙されない。優しいのは笑顔だけ。言っていることは残虐すぎる。誰が同意なんてするものか!

 ルオンがウィエフに触れる指からは、すでに魔力が溢れている。滲み出したそれは、黒い鎖のように、ゆっくりとウィエフの体に絡みついていく。

 まずいっ……! 絶対にこれはまずい。

 もう、ルオンには何を言っても聞いてくれないような気がした俺は、抱っこしているヴァグデッドに言った。

「ヴァグデッド! 頼む! ウィエフを起こしてくれ!!」
「え? なんで?」
「むしろなぜ不思議そうに聞くんだ!? このままでは、ウィエフは死霊の魔法にかけられてしまうかもしれないんだぞ!」
「別によくない? 命は吸われるけど、魔力は残るんだし」
「全く良くない!」

 死霊の魔法は非常に強力だが、習得することも使うことも難しく、限られた人しか使えない。死を操る魔法だと言われていて、一撃で相手の息の根を止めたり、相手の魔力を使い、その命と魔力を奪った上で使役するらしい。
 つまりこの魔法にかけられると死ぬ。

 それなのに、ヴァグデッドは平然としていて全く焦らないし、ティウルの方は、相変わらず王子に謎の薬を渡そうとしていて、王子はそれとなくそれを断っては、ティウルから見えないところに移動している。

「殿下! 回復が必要ないなら、これを見てください!! 魔法の道具を強化できる薬です!! 飲むと魔力がそれはそれはものすごーーく強化されちゃうんです!」
「ティウル……今、魔法の道具を強化と言っただろう? 私は道具ではない」
「あっ…………申し訳ございません。間違えました……」
「気にするな。お前こそ、魔物との交戦で、随分着ているものが傷んでいる。破れた服のままでいるな」
「……申し訳ございません。王族の前で、見苦しい姿を見せてしまいました」
「そんなことはいい……私の上着を貸すから……」
「でも大丈夫です! この薬を使えば、あっという間に服は元通り!」

 そう言って、王子の前で服に魔法をかけ、すぐに元通りにしてしまうティウル。そういうことではないと思うぞ!
 そして、こんな時にみんな何をしているんだ! 俺の話も聞いてくれ!
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