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60.嫌じゃないけど
しおりを挟むキラフェール王子は、外を眺めながら言った。
「ここにもすでに、魔物や……魔獣の類が集まり始めている……」
「はっ……!?? ま、魔物だけではないのですか!?」
「……いちいち震えるな。貴様はそれでも公爵家か」
「そう言われても……そちらこそ、王族なのですから、助けを呼ぶことはできないのですか?」
「できないことはないが、私の護衛は全員倒れている」
「そうですか…………ルオン様たちは、無事でしょうか……」
「使い魔を送ってみるか……」
「そんなことができるのですか!?」
「……私は王族だぞ。最低限の魔力で飛ぶ煙の使い魔を飛ばして、向こうと連絡を取る。狼煙のようなものだが、それとは違い、相手のところまで飛んでいくから、早くて敵にも見つからない。王家が戦地で使うものだ」
「なるほど……それを覚えておけば、王族がどこにいらっしゃるのか分かると言うことですね……」
「貴様……王家を滅亡させようと企んでいたりはしないだろうな……」
「だ、だから、なぜそうなるのですか!! お、俺がそんな、大それたことをできるような男に見えるのですか!?」
「…………その怯えた態度が演技だと言う可能性もある」
「ば、馬鹿なことをっ……俺の恐怖が嘘だって言うんですか!! あなたは!!!」
俺はついカッとなって、声を荒らげてしまう。あんまりだ。俺は恐ろしくて恐ろしくて仕方がないのに。
けれど、王子が驚いた顔を見て、すぐに我に返った。
「も、申し訳ございません……」
「いいや……私も、すまなかった。今は、助けを呼ぶことが先決だ」
そう言って、王子は俺の前で、小さな魔獣を模した形の鍵のようなものを取り出した。魔石を使って作られたものだ。ティウルに眠りの魔法を強化してもらった時のものに似てる。
王子がそれを握ると、拳くらいの大きさの白い煙が出てきた。
「魔法の道具に魔力を込めることはできるか?」
「は、はい……込めるだけなら……」
「この煙に魔力を込めながら手で少し形を変えるように触れてみろ。思い通りの形になってくれる。ルオンのところまで飛ばすのは、私がやろう」
「……それなら殿下が作って飛ばした方がいいのではないでしょうか?」
「私が作った使い魔ではヴァグデッドかウィエフに妨害される可能性がある」
「…………ヴァグデッドは、そんなことをしません……」
小さな声で言い返す俺に、王子が腕を組んで言う。
「……あの竜のことはいい。最低限の魔力だけで飛ばすから、あまり多くのことは伝えられない。形だけでお前からだと分かるものにしろ」
「……そんなことを急に言われても……殿下なら、何になさいますか?」
「私か? 王族の紋章を持つ竜だ」
「……なるほど……それならすぐに、王子殿下の使い魔とわかりますね……」
「貴様……ほんっとうに私の命を狙っているわけではないのだろうな……」
「狙っていません!!」
俺は叫んで、恐る恐る煙に触れた。
何か考えなくてはならない。けれど、ルオンに俺だと分かってもらえるものなど、思い浮かばない。
……ヴァグデッドになら、気づいてもらえるかもしれない。
そんなことを考えていたら、いつのまにか、煙は形を変えていた。
それを見下ろして、王子はキョトンとして首を傾げる。
「何だ? それは…………」
「た、卵です……」
「卵なのか……? 不恰好に凸凹した丸に見えるぞ……」
「…………違います……」
「そもそも、なぜ卵なんだ?」
「俺は朝、ヴァグデッドに卵をあげたので……」
「なぜあの竜を……ルオンのところへ飛ばす使い魔だぞ!」
「あ……でも、あげたのは茹で卵だった……!! 生卵でないと、分からないかもしれません! どうしよう……生卵とゆで卵の外観の差が表現できない……」
「どっちでもいいわ! そんなもの! 貴様、あの竜を呼ぶつもりか! 話が違うぞ!! あの竜は呼ばせない!」
そう言って、王子は使い魔を消そうとしたようだったけど、俺が作ったものは、王子の手を逃れてドアの方に飛んでいく。
「待って……!」
慌てて追おうとしたら、急に背後から抱き寄せられた。
体の自由を奪われたのに、恐怖を感じるより先に、耳のすぐそばで吐息を感じる。
背後から両腕に抱きしめられて、まるで捕まったような体勢なのに、怖いとは思わない。だって、これが誰なのか、すぐに分かったからだ。
見上げれば、俺を見下ろす金色の目がすぐそばにあって、ホッとした。人の姿になったヴァグデッドだ。
「ヴァグデッド…………」
「……遅れてごめん」
「へっ…………あ……べ、べ別に、そんなことい、いいんだ!!!」
来て、くれたのか……
怖くはない。だって、来てくれて嬉しい……んだけど……やはり突然抱きしめられるのには慣れない!
ヴァグデッドが、俺の顔を覗き込んでいて、その前髪が、俺の頭にかかりそう。せっかくさっき心臓を落ち着けたのに、意味がないではないか!!
「き、来てくれてありがとう……そ、そろそろ、竜に戻っていいぞ」
「嫌」
「な、なぜだ!! さっきはっ……」
戻ってくれたじゃないか。そんな言葉すら言えないくらい、彼が迫ってくる。
俺はさっと俯いて目を閉じた。
いつもならすぐに戻ってくれたのにっ……!
「だって、竜に戻るには、この部屋、狭すぎる」
「ち、小さな竜でいればいいだろうっ……!」
「それに、いつもと違って、フィーディの命を狙ってる奴がそばにいる」
「へっ!?? あ……」
王子のことか……
だけど、今の俺は、王子どころじゃない。
背中が温かい。肩も腕も、背後の男の腕の中に収まってしまった。さっきまで、俺がこいつを抱っこしていたのにっ……今は俺の方が抱かれているようだ。いや、いやらしい意味ではなくっ……!
慌てて自分に言い訳をするが、もう遅い。俺は俯いて目を瞑っているのに、すでに、頭の中は、彼に抱きしめられている自分のスチルでいっぱい。
何を考えているんだ俺はっ……!!
頭の中の妄想に支配されて体が熱くなってきた。耳まで熱くて、自分が今どんな顔をしているのかと考えたら、ますます恥ずかしい。
それなのに、彼は俺を抱く腕に力を入れる。
「ひぅっ…………!」
相手の腕の力が強くて、胸の辺りが痛いくらいだ。
嫌だって言ったら、彼は離れてくれるのか? 多分そうだろう。城でも森でも引き下がってくれた。だから今も、拒否すれば解放してくれるけど、でもちょっと勿体ない気もする…………
俺はいやらしい優柔不断ばかりを続けているのに、彼は俺に真剣な声で言った。
「フィーディ……? やっぱなんかされた? 殺されそうになった?」
「ちがっ…………み、耳元で話すな! ひゃっ……!」
無理。
やはり無理だ。さっきの恐怖以上に無理だ!!
それなのに、俯く俺の態度を、違うふうに取ったらしい。
「……ごめん。遅れて……そこの男は殺すから……」
「何もされてないっ!!! 本当だっ……!」
「……本当?」
「本当だ!! だ! だからっ……!」
「フィーディ?」
「ヴァグデッドっ……ご、ごめんっ……! 嫌じゃない! 嫌じゃないんだっ……!!」」
「……え…………」
「……嫌じゃないけど……ごめん、無理で…………」
かすかに、彼の腕の力が弱くなって、体が少し自由に動くようになった俺は、恐る恐る振り向いた。
俺を見下ろす、さっきは鋭かった彼の目は、今は驚いたようにまん丸だ。
そんな目を見ていたかったのに、涙が滲んでくる。怖くはないのに、俺はやはり情けない。
「ごめん…………は、はなしてくれっ……し、心臓が……胸がっ……痛いくらいでっ……! もうっ……壊れそうなんだっ…………!」
「…………」
パッと、体が自由になる。
思いの外、簡単に離してくれた。ちょっと寂しい気もする……離せと泣きながら頼んでおきながら、勝手な俺だ。
ヴァグデッドは、俺に背を向けてしまった。
お、怒ったのか……??
離せと泣いたくせに、いざ自分が背を向けられてしまうと寂しい。
「ヴァグデッド……あ、あの……」
「…………」
「ち、ちがっ……は、離して欲しかったわけじゃない!! 本当は離して欲しくないっ! だ、だけどあのっ……緊張しすぎて無理っていうかっ……む、無理だというわけではなくて、し、心臓が高鳴りすぎて苦しいだけだ!! お、俺はそんなことされたことないからっ……! な、慣れたらっ……慣れたらいっぱいしていいっ…………!!」
精一杯の弁明をひたすら繰り返す。けれど、ヴァグデッドは俺に背を向けたまま。
「……わざとしてる? それ……」
「は!? えっ…………」
「……分かったから……黙ってて…………」
なんで!? 俺は嫌ではないと伝えたいのに。やはり……もう嫌われたのか!?
「ち、ちがっ……ヴァグデッドっ……俺っ…………」
言い訳を繰り返そうとした俺の前で、ヴァグデッドは、いつもの小さな竜に戻る。
「ヴァグデッド……」
彼がその姿になると安心するはずなのに、いつもと同じ安心感と一緒に、落ち着かないものまでついてくる。きっとさっき、変なことを考えたからだ。
落ち着かないのに、俺はいつのまにか手を差し出していて、彼も、さっき森の中でしたように抱っこさせてくれた。
「慣れなくていいから……」
「な、なんでだ??」
「……俺が我慢するの辛いから」
「え…………?」
我慢って、何を? そう聞こうとしたけど、もう言葉が出てこないし、俺を見上げている彼を見下ろしていたら、何も言えなくなってしまった。
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