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57.無事でいてくれ

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「ウィエフ! やめろっ……!!」

 叫んで、ルオンがウィエフを止めている。
 けれど、いつもはルオンが言ったら大人しくなるはずのウィエフは、今回は彼を振り払っていた。

「ルオン様っ……!! あの男は、フィーディを殺し、魔物にやられたように見せかけるよう、私に命じたのです!! あの男は私に、あなたを騙すように命じたのですよ!??」

 喚くウィエフは、宥めるルオンの言葉でさえ、聞こえていないようだった。
 ただでさえ嘘をついてはいけないウィエフの前で、俺を殺してルオンに嘘をついて誤魔化せと迫るなんて、あの王子は命がいらないのか。

 止めようとするルオンと、どうしても王子が許せないウィエフは、言い合いになってしまう。

「ウィエフ……落ち着け。私はっ……!」
「離してくださいっ……! ルオン様っ……!」

 しかし、今の俺たちは魔物に囲まれている。魔物たちが、こちらの言い合いが終わるまで待っていてくれるはずがない。

 空に集まる魔物が、俺たちに向かって降りてくる。
 それを狙ってヴァグデッドが火を吹いて、魔物たちが爆発すると、爆風があたりに吹き荒れた。
 激しい風に飛ばされたのか、王子は近くの木まで飛んで体をぶつけ、倒れてしまう。
 
「殿下!!」

 すぐにティウルが駆け寄って、王子を揺り動かす。
 しかし、王子はよほど強く体を打ったのか、動けないでいた。
 ティウルの腕の中で目を覚まさずにぐったりしている王子を、ルオンはじっと見つめている。

 王子を助け起こしたティウルが、空で魔物たちを焼き払うヴァグデッドに向かって怒鳴った。

「ヴァグデッド!! 気をつけろって言っただろ!」
「そっちはお前が守れって言っただろ!」

 言い返して、ヴァグデッドは次々飛んでくる魔物を焼き払っている。
 そんな間にも、ティウルの方には、ウィエフの魔法が飛んでくる。
 ルオンの「やめろ!!」と言う声が響くが、ウィエフは止まらない。

 ティウルの方は、ウィエフの攻撃を防ぐので精一杯。このまま魔法の弾を撃たれ続けたら、ティウルの魔力が先に尽きる。
 その上、ヴァグデッドの魔法を逃れた魔物たちがティウルに向かって飛んできた。

 すくみあがりそうなくらい恐ろしいが、なんとかしなくては。俺はティウルが怪我をするなんて嫌だ。

 ウィエフの狙いは王子だ。

 俺は、飛んでくる魔物たちを眠りの魔法で消滅させると、王子に駆け寄りその手をとって走り出した。

「殿下っ……! こっちです!」

 ウィエフの狙いが王子なら、王子を逃せば、ウィエフの魔法がティウルに向けられることはなくなる。

 ティウルは、俺が王子を連れて行くのを見て、一瞬悩んだようだった。けれど、すぐに空から向かってくる魔物たちの標的が自分であることに気づき、魔物を撃ち落として叫んだ。

「フィーディ!! 殿下に怪我をさせたら、ただじゃおかないから!」

 そんな無茶な。随分な大役を任されてしまった。けれど、俺にできることは逃げることくらいだ。

 王子と逃げる俺を狙ってウィエフの魔法が飛んでくる。光の弾は、木々を倒し、地面を抉っていく。

 王子も、ウィエフの猛攻を喰らい、空に集まる魔物の群れを目のあたりにして、それでもなおその場に止まる勇気はないらしく、俺に引きずられるようにして走っていた。

「な、なんなんだ!! あ、あの連中は!! わ、私を手にかけようと言うのか!?」

 死ぬ気で走る俺に、答える余裕はなかったけれど、もちろん、そうなんだろう。

 空からはヴァグデッドに破壊された魔物の破片が落ちてきて、地上では、ウィエフの魔法が俺たちを追ってくる。
 暗い森を照らすのは、ヴァグデッドの炎と、ウィエフの光の弾だけだ。

 俺だって、俺を狙う人を助けたくはない。しかし、ここで王子が死ねば、どう考えても新しいバッドエンドが出来上がってしまう。

 俺は、最初からバッドエンド回避のために頑張ってきたのだが、今はそれだけではなく、もう少し、あの城で日々を送りたくなってしまった。こんなところで死んで終わりなんて嫌だ。

 王子を逃さなくては。でも、どこへ行けばいいんだ? 森の中を走っても、魔物に襲われたら、逃げ切れるか分からない。

 かと言って、ここを離れなければ、すぐにウィエフの魔法に撃たれてしまう。

 上がる土煙に隠れて、ウィエフの姿は見えなかった。彼のそばにはルオンがいたはずで、ルオンがそばにいるなら、ウィエフが王子を殺そうとするのを止めてくれるはずなのに、ウィエフの魔法は止まない。

 ルオンに何かあったのか……!?

 ルオンを探さなくては。そうして、彼と合流すれば、ここから逃げることもできるはず。

 けれど、俺が手を引いていた王子は、その場に転んでしまう。

「殿下!」

 すぐに駆け寄り、助け起こす俺に向かって、だれかが走ってくる。ルオンだ。

「フィーディ!」
「る、ルオン様っ……!! よかった……ご無事だったのですね!!」
「ああ……」

 駆け寄ってきたルオンは、どこか顔色が悪いような気がする。
 けれどすぐに、光る小さな竜の形の使い魔を作り出して言った。

「フィーディ、先に王子を連れて逃げてくれ」
「し、しかし、ルオン様はっ……ヴァグデッドは!? それにっ……! ティウルだって……!」
「倒れた魔物の魔力が、さらに魔物を呼んでいる! 殿下を安全なところへ避難させなくてはならない。ここから少し行ったところに、砦がある。そこなら、森の魔物たちも入ってこない!! すまないが、今は城までの使い魔は飛ばせそうにないんだ。この使い魔が、魔物を退けながら、砦まで案内してくれる。殿下を頼む!」
「……わ、分かりましたっ……! ルオン様もっ……どうかご無事で!!」

 俺は空のヴァグデッドを見上げた。

「ヴァグデッド!! お前もっ……!! 絶対に無事に帰ってこい!!」

 聞こえたかは、分からなかった。俺は彼の無事を強く願いながら、ルオンの使い魔と共に、王子を連れて走り出した。
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