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55.ちょっとくらい
しおりを挟む俺はただ、魔物が溢れる森の中で、敵を増やすような真似はやめてほしいと言いたかっただけだ。
けれど、キラフェール王子は、まるで聞いてくれない。ウィエフの方に振り向いて怒鳴りはじめた。
「ウィエフ!! 貴様、命令はどうした!? 途中でいなくなるわ、そうしてフィーディと共にいるわっ……!! どういうつもりだ!!」
「申し訳ございません。その竜に邪魔されてしまいました」
「……」
恐ろしいくらいに冷たい声と、人を凍らせることができそうな視線でウィエフに謝罪されて、さすがの王子も絶句する。
棒読みを通り越して、殺意すら感じる様子のウィエフには、全く謝罪の気持ちはないらしい。キラフェール王子の命令など、最初から全く頭になくて、ルオンに夢中なんだろう。
危険な城に護衛として送り込むなら、もう少しやる気のある男を送ってこいと言いたい。
護衛どころか、ウィエフの方が今にも王子に斬りかかりそうだ。
彼の体からは魔力が溢れ、彼の足元の草木が魔力に負けてボロボロと崩れていく。
そんな魔力を見せつけられて、王子はもう何も言えないようだ。
気持ちは分かるが、要は、ここで俺を狙うのをやめて、自分の身の安全を一番に考えればいいだけだ。
「……あの……殿下……本当に、俺の命を狙うくらい、後でもできます……あ! これは別に、後で狙ってほしいと言っているわけではありません! あの…………そんな方法で公爵家のご機嫌なんか取らなくても、あなたは必ず、愛した人と共に、国を守る王になるはずです」
「……」
……そうなってくれなきゃ、俺だって困ることに、さっき気づいたばかりだ。
王子には、ティウルとハッピーエンドになってもらって、みんなにもそうなってもらわないと、平穏は訪れない。
王子は俺から顔を背けていたけど、立ち上がって服の汚れをはらっていた。そのそばに、ティウルが寄り添う。
「殿下……あなたのことは、僕がお守りします。フィーディの言うとおりです。今はキノコを見つけて、城に戻ることが先決です。僕があなたのそばにいるので、すぐに出発しましょう」
ティウルの言うとおりだけれど、王子が護衛と偽り、俺を殺すために連れてきた魔法使いたちも、行方不明のままにしておくわけにはいかない。
「て、ティウル……待ってくれ。先に、いなくなった護衛を……」
言いかけて、きづいた。
ヴァグデッドが森の中で倒していた、人影のようなもの。暗かったし、木々の影になっていて、その姿をいちいち確認したりはしなかったが、それが王子が連れてきた暗殺者の魔法使いだったとしたら、まずいのではないだろうか。だって、全てヴァグデッドが魔法で倒してしまっている。
「ヴァグデッド!! ち、ちょっと小さくなってくれっ!」
巨大な竜の姿のヴァグデッドを見上げて言うと、彼はすぐに、いつもの猫サイズに縮んで、俺の腕に戻ってくる。
俺はすぐに彼を抱きしめて、王子には聞こえないように声を小さくしてたずねた。
「こ、殺していないだろうな!??」
「なにを?」
「魔物を操っていた奴らだ! 森の中でお前が倒していた奴らに混じっていただろう! こ、殺していないだろうな!?」
「そんなの、どうでも良くない?」
「よくない! よくはない! お、王家が連れてくる魔法使いだ! 殺せば、お前の立場が危うくなるんだぞ!」
「俺は別にそれでも平気だけど?」
「そんなっ……お、俺はお前がっ……! 王家に命を付け狙われるなんて嫌だ!!」
「……俺は気にしないよ?」
「俺が嫌なんだっ……! お前がそんな風に狙われるのもっ……! ま、また悪く言われるのもっ……!!」
話す間にも、彼を抱きしめる腕の力が強くなっていく。彼が悪く言われるのも、追われてしまうのも嫌だ。
喚く俺を、彼はじっと見上げていたけど、やがて顔をそむけて、ぼそっと言った。
「………………殺してない」
「え!?」
「メソメソ泣いてるフィーディを慰めるので忙しかったから。殺してないよ」
「ほ、本当か!? 本当に殺してないのか!?」
「うん……」
「よかったぁ……」
ホッとしたら、ますます彼を抱きしめる腕に力が入ってしまう。
彼が王家に狙われたりしたら、こんな風にすることもできなくなってしまうかもしれない。それだけは嫌だ。
「よかった…………」
「……フィーディ…………」
「な、なんだ?」
「……俺も、フィーディを抱きしめたい。人の姿になっていい?」
「へ!!??」
言われて、思い出す。今は小さな竜だけど、この竜は少し前に俺を抱きしめていた奴で……わ、忘れるなよ。俺……
「それは、あ、あとにしてくれ……」
ちょっとくらい、してほしい気もしたが……ここは魔物が溢れる森なんだから、そんなことをしている場合ではない。
それに、みんな見ている。さすがにちょっと恥ずかしい。
「そ、それなら、森の中で倒した人たちはどうしたんだ?」
「その場で倒れてるんじゃない?」
「……だったら、急いで探したほうがいいな……」
「人の姿になりたい。やりたい」
「や、やり……!?? な、何を言っているんだ!?」
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