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51.喧嘩しないでくれよ
しおりを挟む結局、みんなでキノコを取りに行くことになったけど、ティウルはどうやら、それがひどく不満らしい。「一番最初に殿下を助けて、恩を売ることができなくなった」と、ぶつぶつ言いながら、八つ当たりとばかりに出てくる魔物を魔法で切り裂いている。
「なんでみんなで行かなきゃいけないの…………キラフェール殿下ーー!! どこですかーー?」
ティウルが大声を上げると、ルオンが静かにするように、と窘める。
「大声を出すと、魔物が近づいてくる。気を付けろ」
「ルオン様は心配じゃないんですか? キラフェール殿下、行方不明なんですよ?」
「確かに心配だが、焦ったところで、殿下もここにいるあなたたちも危険に晒す。ティウル、あなたのその魔力は並はずれているし、魔法の腕もかなりのものだ。しかし、強力な魔物が相手になれば、守り切れるか分からない。余計な戦闘は避けながら進む」
「僕はあなたに守ってもらういわれなんて、ありません。貴族たちにしてみれば、僕なんて争いのための道具なんだから」
「私はそうは思わない。ここに来たものを守るのは、私の役目だ」
「……」
ティウルは黙ってルオンから顔を背けている。どうやら嬉しいらしい。ちょっと顔が赤くなっていた。
先ほどのような巨大な魔物が出てくることは稀だが、小さな魔物は次々出てきて、俺たちに襲いかかってくる。こんなものを全て相手にしていたら、普通は魔力が切れて、戦えなくなってしまう。
けれどティウルも、彼と共に魔物を貫くウィエフも、平然としていた。
魔物よりも、ルオンと並んで話すティウルの方が気に入らないらしいウィエフは、ティウルを睨みつけて言った。
「……危険なら、あなたは先に帰ってもいいのですよ。ティウル」
「僕は帰りません。そっちこそ、先に帰ったらどうですか? 全然相手にされてないみたいだし」
「……何にですか? そちらこそ、王子殿下のことは、諦めた方がいいのではないですか? 王子殿下は、いずれ貴族の方と婚約なさることでしょう」
「は? 貴族が、僕より魔力を持っているの?」
「……」
「あなたも、僕の魔力は認めていますよね?」
「……魔力だけは認めます」
「だったら、なんで僕が諦めなきゃいけないんですか? もうすぐ、この前のものよりずっといい惚れ薬が完成しそうなのに」
「……惚れ薬……」
「よかったら、ウィエフ様も試してみますか? いい素材を手に入れることに協力してくれたら、完成したものを分けてあげてもいいんですよ?」
「………………何が必要なのですか?」
……あっさり陥落させられている……面倒臭い割に単純だな……ウィエフ……
俺は彼らの後ろを、ヴァグデッドを抱っこして歩いていた。
やっぱり、ウィエフのことをルオンが傷つけたなんて、信じられない。自分で見たことなのに。
だけど、ルオンは城に住む人を大切に思っているようだし、ウィエフも、ルオンが言えば大人しく従う。それなのに……
今、ルオンは森中に使い魔を飛ばして、キラフェール殿下を探している。王子はすぐに見つかるだろう。
ルオンは王子殿下を探すことに集中しているようだし、俺は、彼らから少し遅れて歩いて、抱っこしているヴァグデッドに耳打ちした。
「ヴァグデッド……」
「なに?」
「……さっき、ウィエフが雷撃の魔法で撃たれた話をした時、またかと言っていただろう? あ、あれは……どういう意味だ?」
「ウィエフが悪さをしようとすると、ルオンはよくそうやって止めているんだよ」
「と、止めるって、雷撃の魔法でか!? ち、ちょっとひどくないか!?」
「ウィエフなら、魔力で自分を守れるだろ?」
「そうだけど…………ほ、他に止め方はあるだろう!」
「ウィエフ、嬉しそうだよ?」
「雷撃を受けているのにか!?」
「うーーん……ルオンに構ってもらえるからじゃない?」
「……」
それは構っているとは言わないだろう……
ヴァグデッドはウィエフをじっと睨んでいて、俺はますます不安になりそうだ。
「……ヴァグデッド…………ウィエフと喧嘩をしないでくれよ」
「俺は、そんなつもりない。あいつが手を出さないのなら、俺も出さないよ」
「そうは見えないぞ……」
話しながら彼を抱っこして歩いといると、悪戯好きな子猫でも抱きながら散歩しているような気になってきた……って言ったら怒るんだろうな……
こうして猫サイズの彼を抱っこしていると安心するのに、さっきみたいに、いつ男の姿になって手を握られるかと思うと、ひどく心臓が高鳴る。もちろん、嫌ではないが……
そんなことを考えて俯いていると、ヴァグデッドは急に羽を広げて、俺の背後に飛んでいく。
「ヴァグデッド? ど、どうしたんだ!?」
まさか、変なこと考えてるのがバレたのか!?
焦る俺だったが、違ったようだ。
ヴァグデッドは、俺の背後にあった木々に向かって魔法の弾を放ち、そこに見えた黒い影を打ち倒した。
「い、今の……魔物か?」
「うん。大したことないみたいだけど。もう出てこない方が、身のためなんじゃない?」
「……魔物は、魔力とか生気に惹きつけられて襲ってくるらしいし……出てこないっていうのは、無理なんじゃないか?」
「そうかもね」
そう言って、彼はまた俺の腕に戻ってくる。
前を歩いていたルオンも、ヴァグデッドの魔法の音に気づいて、俺たちに振り向いた。
「フィーディ! 大丈夫か? はぐれると危険だ」
「あ、は、はい!」
俺は、ヴァグデッドを抱きかかえたまま、急いでルオンたちに駆け寄った。
ルオンの様子はいつもと変わらない。優しい、いつもの彼だ。
「フィーディ、怪我はないか?」
「は、はいっ……! ヴァグデッドが……守ってくれたので…………殿下は見つかりそうですか?」
「ああ。もうすぐ使い魔が戻ってくる…………」
彼がそう言うのとほぼ同時に、空から光る小さな竜の形の使い魔が降りてくる。
それは、ルオンの手に引き寄せられるように飛んで、彼の掌まで来ると、すぐに消えてしまった。
「……見つかった。ここからすぐだな……」
「ほ、本当ですか!?」
頷く彼のもとには、次々、似たような使い魔が降りてくる。なんだか、光が集まってくるようで、すごく綺麗だ。
けれど、その中に一匹だけ、明らかにルオンの使い魔とは違うものがいた。それだけが背中に鋭い杭のようなものが取り付けられていて、その上、炎を纏っている。明らかに、それだけは相手を殺傷するために作られたものだ。
それはルオンめがけて降りてくるが、誰よりも早くそれに気づいたらしいウィエフの魔法が、それを粉々に打ち砕いた。
「ルオン様! ご無事ですか!?」
駆け寄ってくるウィエフに、ルオンは振り向いて「ああ……」と短い返事をした。
「殿下が見つかった。そちらへ急ごう」
「…………はい……」
頷くウィエフに、ルオンはすぐに背を向けるけど、ちゃんと彼に回復の魔法をかけている。
ウィエフはその後ろ姿をじっと見つめていた。
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