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49.やっぱり不満ーー!
しおりを挟む「あ、あのっ……あーーーーっっ!! あ、あんなところに、魔物がいる!」
俺は、真っ暗な森の奥を指差して、大声を上げた。もちろん、こんな真っ暗な中、俺に魔物なんか見えていないのだが、すぐにルオンは反応してくれて、俺の指した方に、魔法の明かりを飛ばす。
眩い光が森を明るく照らす。
森の木々が光の中で黒く見えて、草木が揺れた。もちろん、そこに魔物がいるなんて嘘だから、草木以外何も見えないが、これできっと、ヴァグデッドたちが気づいてくれるはずだ!!
そしてその隙に、俺はウィエフが倒れた方に走り出した。
「フィーディ!? どうした!? どこにいく!?」
「こっちの方にも魔物がいたんです! 俺、見てきます!!」
「フィーディ! 待てっ……! 一人では危ないっ……!」
叫ぶルオンを無視して、俺は走った。
俺より、倒れたウィエフが危ない。魔物がうろつく森に、無防備な状態の彼を、これ以上放って置くことはできない。見殺しにするのと同じだ。
「ウィエフっ!! ウィエフーーー!! 返事をっ……! 返事をしてくれ! ウィエフーー!!」
力の限り叫んで、森の中を走る。すでにルオンの光は消えていて、辺りは暗い。
その時、背後からまた、強い光が飛んできた。ルオンの魔法だろう。暗い中に飛び込んだ俺を探すためのものだ。
これはありがたい。今度の光は持続性のあるものだったらしく、煌々とした光が暗かった森を照らし続ける。すると、草むらの中に、倒れた人影が見えた。
「ウィエフっ……!」
倒れた彼に向かって走る。彼は無傷で、ちゃんと息があるらしく、胸が上下していた。
「ウィエフっ……! しっかりしてくれ!!」
叫んで彼を助け起こしていたら、背後の草むらから、がさがさと音がした。
ルオンかと思って振り向くが、違った。
出てきたのは、俺の身長より数倍大きな体をした虫の形の魔物だ。それが、俺に飛びかかってくる。
俺の声に呼び寄せられてきたのだろうか。すぐに眠りの魔法を使わなくてはならない。それなのに、一瞬の恐怖心が俺の体の動きを止めてしまう。もう間に合わない。
とっさに両腕で自分を守るが、飛びかかってきた魔物は、横から飛び出してきたものに、一撃で粉砕された。
光となって消える魔物の体を貫いて、小さな竜が俺に飛びついてくる。
「フィーディっっ!! やっと見つけた!! どこ行ってたんだよ!」
「ヴァグデッド…………」
飛びついてくる彼の姿を見たら、これまでの恐怖とか、不安とか、いろんなものが溢れ出てきた。
勝手に走り出してしまったのは俺なのに、膨らんだ感情に突き動かされて、彼の体を強く抱きしめてしまう。
「………………フィーディ? どうした?」
ヴァグデッドが、不思議そうに聞いている。だけど俺はもう、説明することができる状態じゃない。体だって唇だって震えていて、まともに動かせそうにない。
本当は怖かったんだ。恐怖で、体がすくみ上がりそうだったんだ。何かに縋りたい。
小さな彼の体をずっと強くぎゅっと抱きしめていたら、少し心が落ち着いていく。ヴァグデッドがキョトンとして俺を見上げている様にすら、ホッとした。
それなのに、俺が抱きしめた小さな竜の体は、俺の腕をするんと抜けて、形を変えていく。
瞬く間に、猫ほどの大きさだった竜は、俺よりずっと背の高い男に姿を変えて、俺の腰に手を回した。
長い彼の髪が、俺の肩に落ちる。精悍な男の顔が、俺を見下ろしていて、その目は少し戸惑っているようだった。
俺よりずっと広い肩幅の身体が、俺に覆いかぶさるように近づいてきて、俺は、木々を揺るがすような悲鳴をあげて、そいつの腕から飛び退いて後ずさった。
「ひっ……わあああああああーーーーーーっっ!!!」
なんでいきなり男の姿になってるんだ! さっきまで小さな竜だったのに!!
背後も見ずに後ろに猛スピードで下がったせいで、そこに立っていたティウルにぶつかってしまった。
「フィーディ……いたい……」
「ご、ごめん……でも、だって……」
ビクビクしながら、顔を上げると、ついさっき俺に突き飛ばされたヴァグデッドは、長い髪をかき上げて、俺を睨んでいる。当然だ。自分で抱きついておきながら、悲鳴をあげて突き飛ばしてしまったのだから。
だけど、人の姿だと、どうしても人に対する恐怖心が湧いてきてしまう。人だとダメで、出会ってすぐに泣きながら追い回された竜には気を許せるなんて、俺もどうかしている。
「……なに? そっちから抱きついてきたくせに」
「お、俺は、俺より小さな竜を抱きしめたのであって、お前のようなでかい男に抱きついたのでは決してないっっ!!」
「どっちも俺なんだけど?」
う……お、怒っている……
当然だ。俺だって、自分の言っていることの方が理不尽だと、分かっている。小さな竜も、今の、俺が見上げないといけないくらい背の高い長髪の男も、どちらもヴァグデッドだ。そして、そいつに飛びついて甘えていたのも俺の方。
ヴァグデッドは、人の姿のまま、俺に近づいてくる。とっさにティウルの背中に隠れてしまう情けない俺。
「ご、ごめん……でも、あの、その……」
言い訳をしようとするけど、何も思いつかない。せめてなぜ抱きついたのかくらい説明しようとしたが、それもなぜなのか分からない。
今、俺にゆっくり近づいてくる男なんて、俺は知らない。ヴァグデッドは、いつも俺の周りをパタパタ飛んではクルクル回ってる猫サイズの竜だったのにっ……!
それを見ていたティウルは、俺をヴァグデッドの前に突き出してしまう。
「ティウル!?」
「なんか面白そうだから。後学のために、ぜひ見ておきたい」
「はあっ!??」
何を学ぶ気だこの主人公は!
本気でティウルは楽しそうに俺の背中を押してくるし、近づいてくるヴァグデッドは俺を睨んでいる。もちろん、言い訳なんか思いつかない。先に抱きついたのは俺だ。
俺の頭に、微かに「初めて?」と聞かれた時のことが浮かんできた。
震えていたら、ヴァグデッドは突然、小さな竜に姿を変えて、俺の肩に乗ってくる。それ以上、何もしない。
「ヴァグデッド…………? お、怒ってるんじゃないのか……?」
「怒ってるから、していい?」
「何をっ!?」
「冗談だよー」
彼は、そう言って俺の腕に降りてくる。小さな竜を抱っこすると、彼はちょっと拗ねたような顔のまま、頬杖をついていた。
やっぱり、何もしない。
ゆ、許してくれるのかな……?
そうなると、今度はひどく申し訳ない。彼に甘えたのは俺なのに。
そう思うのに、同時に、安心のような、一体なんなのかもよく分からない感情が噴き出してくる。
「ヴァグデッド……あの…………ほ、本当に……ごめん……あ、ありがとう……」
「……やっぱり不満ーーーーっっ!」
「え!?」
「フィーディ! 俺のこと、ペットか何かだと思ってるだろ!」
「へっ……!? い、いや……そ、そんなことはないっ……!」
「本当ーーー? 俺、この立ち位置嫌なんだけど?」
「こ、このって……俺に抱っこされてるの、嫌か?」
「…………俺はしたい方なの……くそ……次は我慢しないから……」
そんな言葉に、また俺がビクッと震えると、彼は今度は「冗談」とは言わずに、俺をじっと見上げていた。
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