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44.コーヒーは後で俺が淹れるから!
しおりを挟む何匹目か分からない巨大な魔物が、森に倒れて消えていく。本当にこの森は魔物が多い。けれど、素材の宝庫でもあるようで、ティウルはずっと、上機嫌だった。ドロドロした液体や、黒焦げの植物を集めては、魔法で小さくして瓶につめている。あれは一体、何に使う物体なんだ。まさか殿下に飲ませたりする気ではないだろうな……見ていると、不安感ばかりが増してくる。
けれど彼はキラキラした目をして振り向いた。
「集めたねーーーー!! 僕、こんなにたくさんの宝を見つけられたのは初めてだよ!! ここは楽園……楽園なんだね!!」
「……」
本当に、大丈夫なのだろうか。目があまりに輝いていて、かなり怖い。その上、向こうに珍しい植物があるだの、あの魔物からはいい素材が取れるだのと言って寄り道をするから、なかなかキノコのあるあたりまで辿り着かない。ここで見つかったキノコ以外のものは好きにしていいと言われているから、多分どれだけ集めても構わないんだろうけど、先に進まないのは困った。そして、たまにその場で怪しげな薬を作っては、俺に渡してくるのは、もっと困った。瓶の蓋を閉めた後でも、不気味な色の煙が出ていて、ひどく怖い。一体これは何に使うものなんだ……
けれどビクビクしているのは俺だけで、ヴァグデッドは平然と、飛び出してくる魔物を次々食い破っている。
二人ともすごい……
なんだかぐったりした気持ちで歩いていたら、急にお腹がなった。そう言えば、朝食以降、何も食べていない。
だ、だけど……こんな時にお腹が空いた、なんて言っていいのだろうか……
こんな危険な森で、腹なんか空かせているなんて、なかなか言い出しづらい。
ヴァグデッドは魔物を次々に倒してくれていて、素材集めはティウルが手際よくやっていて、俺は落ちているものを拾っているだけ。
一番役に立っていない俺が、お腹空いた、なんて、口に出してもいいのだろうか……
しかし、空いたものは空いた。
周りにはキノコとか木の実がたくさんある。あれがあれば、腹を満たすことはできる。特に、あの木の下に生えているキノコは、焼くとそれはそれは、夢でも見ているかのようにうまい。
なんだか周りが美味しそうな料理が並ぶ高級店のように見えてきた。少しくらい、いいのではないだろうか。空腹では作業の効率も下がるはず。
そんなことを考えながらキノコを見つめていたら、魔物を倒したヴァグデッドが飛んできて、俺のそばにあったキノコを吹いた炎で丸焼きにした。
「キノコの丸焼き完成ー。食べる?」
「……え? い、いいのか?」
「うん。さっきから物欲しそうに見ていたから」
「……な、なんだ……気づいていたのか」
ちょっと恥ずかしいけど、焼けたそれは本当に美味しい。
ヴァグデッドにも差し出すけど、彼は首を横に振った。
「俺はいいよ」
「え、でも……」
せっかく美味しいのに。
言いかけて顔を上げたら、ヴァグデッドの背後に迫る、巨大な黒い影が見えた。また魔物だ!!
「ヴァグデッドっ……! 後ろ」
俺が言い終わるより早く、彼は、背中から迫っていた魔物に振り向いて、その胴に食いついてしまう。魔物はあっさり破裂して、俺の頭に魔物の破片が落ちてきた。破片はすぐに灰になり、ボロボロに崩れて消えていく。
恐ろしいほどの魔力だ。これで本当にヴァグデッドは力を制限されてるのか?
「フィーディはそこで待っててー!」
そう言って彼は、森の上空に集まり始めた魔物の方に飛んで行く。
彼が破壊した魔物の破片が、空からぼたぼた落ちてきて、それが消えてしまう前に、ティウルがせっせと集めていた。
俺もヴァグデッドに加勢しようかと思ったけど、俺は飛べないし、あんなところに飛び込んでいったら邪魔になるだけだ。
自分にできることをしよう……キノコを焼くとか。魔物退治が終わったら、ヴァグデッドにも食べてほしい。
焚き木を集めて、たまに頭上から落ちてくる火のついた木々を使って、火をつける。
森の中で食べられる食材を見つけることなら、俺にもできる。
みんなから離れると魔物に襲われそうな気がするから、ヴァグデッドの姿が見える範囲で、キノコや木の実を集め始めた。
ティウルから借りた、鉄製の器を鉄板がわりに、ちぎったキノコと野草を加えてみる。
なんだか、これも平穏に思えてきた。月の明るい夜に、外でディナーだ。キャンプみたいじゃないか。そう考えることにしておこう。
たまに魔物の破片が落ちてくるのを避けながら、鉄板の上のものを焼く。
調味料は、ポケットに忍ばせてある。それを鉄板に垂らしていたら、ティウルが焚き火の向かいに座って、鉄板が上げる煙に顔を近づけきた。
「いいにおーい。調味料なんて、いつも持ち歩いてるの?」
「……そう言うわけではないが……持っていると便利なんだ」
「ふーん……あ! あれ、器にちょうどいいんじゃない?」
そう言って、ティウルは戦いの爆風で飛ばされてきた、大きな葉っぱを捕まえた。確かにお皿の代わりになりそう。
ビクビクしながらそれを受け取って、今焼いたものを乗せていく。
このあたり、本当に魔物が多い。これのいくつかは、俺を狙っているのだろうか……いや、余計なことを考えないようにしよう。ただでさえ、暗くて怖いんだ。余計なこと考えたら、もうここにいられなくなる。
無心でキノコを焼いていたら、横からティウルが焼けたばかりのそれを摘んでいく。
「このキノコ、美味しいねー」
「そ、そうか……よかった……」
上手く焼けたみたいだ。
俺は、木々の上あたりで魔物を蹴散らしているヴァグデッドを見上げた。
「ヴァグデッドーー!! あ、あのっ……ご飯できたーー!! うわっ……!!」
空から大きな魔物の残骸が落ちてくる。なんだかべちゃっとしていて気持ち悪い。落ちたものを見下ろせば、それには光る細い鎖のようなものが絡みついていた。俺がそれが何なのか確認する前に、空から降りてきたヴァグデッドが鎖ごと残骸を踏み潰してしまう。
「今の……」
「見なくていい」
そう言って、彼はキノコを焼いている焚き火の方に飛んでいく。多分、俺に見せたくなかったんだろう。あの鎖は、魔物を操る時に使うものだ。それが俺を襲ってきていたなら、多分、俺を殺すために放たれたものなのだろう。俺の家か、それとも王子か、それに命じられたウィエフか。魔物退治をヴァグデッドが引き受けてくれていたから、俺は魔物が何で襲ってきているのか、考えなくて済んでいたんだ。
……だったら、考えなくていいか。
ヴァグデッドの後ろ姿を見ていたら、そんな気がした。
彼は、いつもの猫くらいのサイズになって、焚き火のそばに飛んで行く。
「いい匂いがするー」
「あ、う、うん……き、きのこ焼いてた……おいっ! 皿ごと食べるなよ!!」
言ってるそばから、彼は、焼いたキノコを皿ごと食い尽くしてしまう。得体の知れない葉っぱまで飲み込んでいるけど、お腹壊したりしないよな……
「そ、そんなの食べて大丈夫か……?」
「なんで? おいしいよ?」
「そ、そうか……よかった……」
「向こうに川もあるみたいだよ。魚、取ってこようよ」
「……お前は何しにきたんだ」
俺は早く帰りたいのに。魔物は怖いし、王子も怖いし、バッドエンドも怖いし、ウィエフにはひどく目の敵されているし。
「な、なあ……」
「なにー?」
ヴァグデッドは口いっぱいにキノコを入れて、俺に振り向く。それだけ詰めて、よく声が出るなあ……
「……ウィエフって、なんで俺のこと、目の敵にするんだと思う?」
「君がルオンに近づくからだろ」
「…………は?」
「何が知らないけど、そんなこと言ってたよ。君がルオンの周りをチョロチョロしてるって、怒ってた」
「い、一体、なんのことだ!? 知らないぞそんなこと! 全く覚えがない!!」
叫ぶ俺に、ティウルが冷たい目で「フィーディ、王子以外にも手を出してるの?」って聞いている。濡れ衣だ。またかよ。
肩を落とす俺に、ヴァグデッドが森の奥を指して言った。
「気にしなくていい。あいつ、いつもすぐ怒るんだ。あっちにいるみたいだけど」
そう言ってヴァグデッドが振り向いた先で、木々がいくつも倒れる音がした。
真っ暗な森の奥に、赤く光るものが見える。魔物が放つ、魔力の光だ。ここからはだいぶ離れているようだけど、また魔物が出たんだ。
赤い光が地面に降りたかと思えば、それを押し返すように、大地の方から白い光が飛んでいく。誰がが魔物に襲われて、それに応戦するために魔法を放ったんだろう。
魔法の眩い光が辺りに広がり、魔物とそれを迎え撃つ男の姿が照らし出される。魔物は、人の二倍はあろうかと言う大きな虫の形をしたもので、対峙しているのはウィエフだった。
光はすぐに収まり、彼と魔物の姿も夜の暗がりに隠されて見えなくなる。
だけどまだ、交戦の音は続いていた。まだ戦っているんだ。
相手の魔物はかなりの大きさだったし、森の魔物は強力なものばかり。王子の護衛をしているはずの彼が、何でこんなところに一人でいるのかは知らないが、暗い森で、一人で戦っていたら危険だ。
「た、大変だっ! た、助けるぞ!」
って言って振り向いても、焦っているのは俺だけで、ティウルもヴァグデッドも、普通に何事もなかったかのように食事を続けている。
「何してるんだ! 二人ともっ……! い、今のみただろ!?」
俺が聞くと、二人とも「見たよー」とは答えるが、動こうとはしない。
ヴァグデッドは「そんなことしてると、キノコが焦げる」と言いながら、串に刺したキノコを串ごと食べていて、ティウルは魔法で出した瓶を振りながら「インスタントコーヒーあるけど飲むー?」なんて聞いている。呑気すぎる。
「き、キノコは後でまた焼くし、コーヒーは後で俺が淹れるから! ふ、二人とも!! た、頼むから一緒に来てくれ! お、俺だけでは魔物に勝てない!」
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