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42.妄想してた?
しおりを挟むすぐに俺は、慌ててキラフェールに向かって頭を下げた。
「お、お久しぶりです……キラフェール殿下……今朝は、申し訳ございませんでした」
「気にしないでください。あなたのことはすでに色々と聞いていました。何をしでかすか分からない、困り果てた男だと」
「え……? は、はい…………」
はい、じゃない。ちゃんと謝らなくてはならないのに、何でこんな風に答えているんだ。
緊張でちゃんと話せていない。キラフェール殿下に無礼を働くわけにはいかないのに。
俺はこういう場面が苦手だ。自分でも情けないとは思うが、前に挨拶をした時もこうだった。ろくに話もできずに「初めまして、フィーディです」しか話していない。それだけしか言えなかった俺のことなんか、忘れてくれているだろうと思っていたのに。
「ほ、本当に殿下に向かって魔法を放ったわけではなくっ……」
「それは分かっています。魔法強化の武器が仕上がれば、不問に付すことにします」
「ありがとうございます……えっと……殿下は、なぜこちらに?」
「私も、キノコを探しに行きます」
「で、でもっ……森は危険です。魔物がっ……」
「魔法が全く使えないあなただけに任せておくわけには行きません」
「……」
「まさか、監獄と呼ばれるこの城でお会いできるとは思っていませんでした。ここでの生活には、もう慣れましたか?」
「は、はい…………」
「ここは監獄と呼ばれるような島だが、そんなことは気にしないでください。あなたが王国のために強力な魔法を学ぼうとしてくれている話を聞いた時、私は感動しました。公爵家でありながら、牢獄で危険な魔法を学ぶなど、誰にでも出来ることではありません」
「あ、えっと……が、頑張らせていただきます……」
「死霊の魔法には、恐ろしいまでの魔力が必要だと聞きました。それは……あなたにも可能なのですが?」
「…………そ、それは……お、私にも分からなくて…………えっとその……が、頑張るので、で、できれば、し、死罪は……」
「しざい?」
「あっ……な、なんでもないんですっ……! あのっ……」
変なことを言ってしまった。
だけどこの人……俺に死んで欲しいって思ってるんだよな……
そればっかりが頭をチラついて、もう会話どころじゃない。
公爵家とキラフェールの仲がいいことはゲームと同じ。その家から捨てられたも同然のフィーディには、王子もあまりいい印象を持っていない。しかしそれは、あまり良くない、くらいで、いきなり殺意をもたれたりはしていない。
王子の俺に対する印象って、多分ゲームよりずっと悪いんだろうな……
すると、王子は微笑んで言った。
「……ここでは王子と公爵家ではなく、共に王家のために魔法を学ぶ同志です。フィーディと呼んでも……いいか?」
「へ!? あ、はい……もちろんです」
「よかった。あなたの屍を所望する者も多いようだが、そんなことは気にするな」
「し、しかばっ……!? ね!?」
「あ……申し訳ない……口が滑ってしまった」
それはやっぱり俺には死んでもらうということでしょうか!?
や、やっぱり俺は……こ、ここで、死ぬ?? ゲームではフィーディは毎回酷い目に遭うけど、死にはしなかったのに!!
さっきヴァグデッドに「死んでもいい」なんて言っておきながら、いざとなると死ぬのは怖い。単純に死ぬのが怖いというのもあるが、ヴァグデッドにも、死ぬのは許さないって言われたし……
もう頭の中は、俺の隣を飛んでいる猫みたいに小さな竜のことでいっぱいになっていた。
チラッと隣の竜を盗み見ると、彼は王子の方を睨んでいる。それを見たら、自分の方に振り向いて欲しくなる。
また、死ぬのは許さないって、あの時みたいに言って欲しい…………って、だから妄想やめろ俺!! 俺の頭の中のあいつは、リアルよりちょって優しく囁いているから困る!!
目の前の俺が、そんな妄想に支配されているとは知りもしない、というか、知らないでいてくれた方がありがたいのだが、王子が、微笑んで言った。
「本人に言うことではなかったな」
「え? な、何が!!??」
何を言われているのか分からなくて、焦りながら聞いてしまう。
何が? って、どんな聞き方してるんだ。相手は王子だぞ。なんで「何が?」とか聞いてるんだ、無礼だろ! 俺の馬鹿!!
「あ、い、いやっ……ち、ちが! すみませんっ……妄想してて聞いてなくてっ……! 違う!! も、妄想じゃなくて、か、考え事を!!!! キノコのことをっ……!」
あ、だめだ。キノコってのもいやらしく聞こえて……って、俺のゲス野郎!!!! もうキノコに土下座で謝るよ!! 俺はゴミです。
しかも、一回考えるとそれに合わせて妄想が変化していく。頭の中のあいつが裸になってる。頼むから妄想止まれっ……!
焦るばかりの俺を前に、当然だが、王子も気持ち悪そう。
「妄想…………とは……? な、何を考えていたんだ?」
「ちがっ…………違うんです……本当に、申し訳ないです…………」
「……フィーディは少し……恐怖で頭がどうかしてしまったのか?」
「ああ……もう…………その通りです。俺はクズです……」
変な妄想に夢中で集中できないまま会話してしまっているキラフェールにも、頭の中で裸にしてしまったヴァグデッドにも、ひどく申し訳ない。変なこと考えてごめんなさい。
真っ赤になって顔を隠す俺の隣で、ボッと火が燃え上がる音がした。同時に、殿下の悲鳴が聞こえる。
「な、何をする!! 吸血の竜!!!!」
怒鳴るキラフェールは、俺の隣で飛ぶヴァグデッドを指差していた。その前髪が少し焦げている。
ヴァグデッドが、火を吹いたらしい。彼は、軽い口調で「あ、ごめーん。口が滑ったあ」と言って、くるくる回っていた。
すぐに殿下の周りには、護衛たちが集まってくる。さっきまで笑っていた王子は、完全に混乱状態だ。
「き、貴様っ……!! 監獄の囚人の分際で、私に牙を剥いたな!?」
「俺だって、口が滑ったんだ。さっきフィーディは許しただろ?」
「貴様はフィーディではないし、貴様のは意味が違うだろう!」
王子の前髪はすぐに魔法で元に戻ったけど、そういう問題じゃない。
護衛の人たちが一斉にヴァグデッドに剣を向けている。
俺は慌てて、くるくる飛んでいるヴァグデッドを捕まえて、腕の中に隠した。
「あ、あのっ……本当に申し訳ございません! その……あの! 彼も悪気はなくて……」
下手くそな言い訳を続ける俺を、ヴァグデッドが見上げている。
「何謝ってるの? フィーディ、馬鹿にされてたの、気づいてないの?」
「へ!? あ、うん……それは、気づいてたけど……」
もうそれどころではなくなっている。今、こいつが小さい竜でよかった。下手に人の姿でいられたら、余計に変なこと考えてしまいそうだ。もう考えていたんだけど……
そんなことを思い出していたら、多分、変な顔をしていたんだろう。ヴァグデッドはじっと俺を見上げて言った。
「……さっき妄想とか言ってたけど……」
「は!!?? あ、いや……」
「あからさまに焦るなよ…………王子相手に何考えてたの……?」
「ちがっ……!! 俺はお前のっ…………!」
って言いかけて、俺の視線がそいつの体の下の方に動いて、俺はもう何も伝えられなくなる。
言えるか!!! そんなところのこと考えてたなんて!!!
な、なんかごめんっ……! ヴァグデッド……こんなこと考えてる奴が抱き締めててっ……!!
なんだかもう、二人ともに対してひどく申し訳ない。本当にごめんなさい……
「す、すみません……」
「……やっぱり変なこと考えてたな…………王子相手に何を考えていた?」
「ずみまぜん…………本当に……」
口が裂けても本当のことは言えずに平謝りの俺を、ヴァグデッドはじっと睨んで、キラフェールも気持ち悪そうな目をしていた。すると彼に、ティウルが駆け寄っていく。
「殿下あああ! 大丈夫ですか!? これ、僕が作った回復の薬です! 飲んでください!!」
そう言って、ティウルはキラフェールの口の中に、薬の瓶を突っ込んだ。
なんの瓶だそれ!! そんな回復の薬の瓶、見たことないぞ!!
「ち、ちょっ……そ、そんなもの飲ませて……」
焦る俺だけど、キラフェールは瓶の口を突っ込まれているから、拒否のしようがない。見る間に瓶の中の液体はキラフェールの体の中に流れ込んでいき、彼はふらふらしながら、ティウルに振り向いた。
「あ、ああ……ありがとう……」
ぶ、無事? に見えるけど、やっぱりちょっと、目がおかしい気がする。
「き、君は……」
「ティウルです! 殿下!!」
「ああ……そうだったな…………えっと、フィーディ。キノコを頼んだぞ」
そう言って、キラフェールは俺から離れていく。
代わりに、ティウルが俺に駆け寄ってきた。王子の近くにいた俺に、怒りを燃やしているかと思いきや、彼は笑顔だった。
「フィーディって…………」
「えっ……!? な、なにっ……!?」
「……なんでもなーい。殿下には近づかないでね! いやらしい妄想は、好きな人でしなきゃダメだよ?」
「えっ……あ、いやっ……本当に、な、なんでもないんだって…………」
震えながら言い訳をするけど、ティウルは聞いてない。
ヴァグデッドは今も機嫌悪そうにしているし、俺は一体何をしているんだ……
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