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40.俺も嘘つきだな
しおりを挟むヴァグデッドが笑いながらクルクル回ってる。
悔しいが、笑うのも当然か……俺は一体、どこまで馬鹿なんだ。
「だから言っただろ? フィーディは諦めてここにいて」
「……い、嫌……だ……」
「……俺はフィーディのことを嵌めたんだ。ウィエフのことだって騙してる。もうフィーディが心配する理由なんてない。そうだろ?」
「それは……」
「行ってまた俺に嵌められたいのー?」
そう言って、彼はずっと尻尾を振っている。
……なんで俺がこんなに意地を張ってるかって?
そんなの、こいつが王国を滅ぼすなんて言うからじゃないか。王国滅亡を企んでいると分かっていて、彼を行かせるわけにはいかない。
そして、俺の前でくるくる回っている彼に、そんなことをして欲しくない。
すると、今度はティウルが口を開いた。
「ヴァグデッドがフィーディに行って欲しくないのは、危ないからに決まってるだろ? 王家だって、フィーディに死んで欲しいらしいよ?」
あっさり言われて、ますます落ち込むし、今にも震え上がりそう。他人にはっきり言われると、再認識させられて、ますます怖いじゃないか。
俯く俺の前で、ヴァグデッドがティウルに詰め寄っている。
「……余計なことを言うな」
「僕は本当のこと言っただけ。公爵家は、自分たちでフィーディをここに送っておきながら、監獄に送られた身内がいるなんてって言って腹を立ててるみたいだし、王子だって、第二王子でありながら王位につくのに強力な後ろ盾になってくれる公爵家に尻尾振りたいんだろ?」
「黙ってろ……」
ティウルに凄むヴァグデッドに、俺は俯きながら「気にしないでくれ」と言って、椅子で項垂れていた。
王子からも死んで欲しいと思われて、公爵家からは魔物に襲わせて殺せなんて言われていて、王城に仕えているウィエフにまで命を狙われているのか……みんな、どれだけ俺が邪魔なんだよ。
「…………俺が命を狙われてるから連れて行きたくないのか?」
「……」
「そ、そんなこと気にしなくていい。俺は……いろんな人から死んで欲しいって思われてるなら……それでも……」
「…………」
顔を上げられないでいたら、ヴァグデッドが、俯いていた俺のおでこを尻尾で叩く。
「いたっ……! な、何するん……だ?」
「誰から狙われようが、今はここにいて、俺のなんだから、それでいいだろ?」
「……え?」
「誰に狙われてるか知らないけど、今は俺のなんだ。死ぬなんて許さないし、お前を狙う奴は、俺が消すから」
「それはダメだっ!!」
「ダメじゃない」
「だ、ダメだっ!! 悪役になるじゃないか!」
「あくやく?」
そんなの、悪いことだ。俺一人のために王国を滅ぼすなんて。何を言っているんだ。まさに悪役のすることではないか。
それなのに、なんで俺は少し嬉しいんだっ……! こんなとんでもないことを喜んでいるから、俺は悪役なんじゃないか!!??
だけど……俺のために動いてくれる人が現れるなんて、考えたこともなかった。
すると、ティウルが俺の顔を覗き込んで言った。
「フィーディ?」
「な、なんだ? あ、あまり、見ないでくれ……」
「フィーディも泣いてくれる? 王国を滅ぼされたら、困るよね?」
「へっ……!? あ、ああ……だけど、泣いてはいない……か、顔を見ないでくれ!」
今の顔を見られるのは、さすがに恥ずかしい。自分の顔なんて、自分では分からないけれど、きっと嬉しいのと困るのと、なぜか恥ずかしいのとで、酷い顔をしてる。ちょっと涙が滲んでいるから、尚更だ。
ヴァグデッドはそんな俺には気づいていないのか、空中で腕を組んで怒っている。怒らせたのは困るが、こんな俺に気づかれないことにはほっとした。
…………だけどやっぱり怒らせたままは寂しい。
「ヴァグデッドも……す、すまない……心配をかけて……」
「王国は俺が滅ぼすから、ちゃんとここにいろ」
「滅ぼさないでくれ!」
「なんで? フィーディは俺のなのに」
「お、俺のって……な、何であっても、王国滅亡なんてダメだっ!! お、俺は死なない。殺されないように努力もする。だから、王国滅亡の件は……」
「なかったことにしない」
「なんで!!??」
「だって、フィーディを狙ってるから」
「……」
話が最初に戻っていないか? な、なんだかもう、何を言っても無駄な気がしてきた。だからといって、諦めることもできない。
すると今度は、ティウルがヴァグデッドの羽をつまんで言った。
「王国は僕が乗っ取るんだから、滅ぼさないでね」
「羽に触るな! お前の言うことなんて、なんで俺が聞かなきゃならないんだ?」
……また二人で睨み合いになってる。
どっちに転んでも、王国の危機であることに変わりはないのではないだろうか。そして、俺はどうすればいいのだろうか。
ヴァグデッドもティウルも、俺が言っても全然聞いてくれない。
「あ、あの……ティウル……」
「眠りの魔法、ヴァグデッドには効かなかったけど、ちゃんと強化されてるよ。フィーディ、その魔法得意みたいだね」
「そ、そうか!?? あ、ありがとうっ!!」
「……フィーディって、見てると笑えるね」
「……え?」
「だって、僕、フィーディのこと嵌めたのに、怒ってないの?」
「お、怒ってなくはない! 怒っている! に、二度とするなと言っただろう!!」
「しないしない」
「……だったら、いい……」
「よくはないだろ」
そう言って、また笑い出すティウル。なんだか楽しそう。
「そうだ。お茶いれるね」
「い、いい……森に行く時間になってしまうし…………」
「出発は夕方だって」
「夕方!? なぜ夕方にっ……!? 魔物が出ることを考えたら、日が高いうちに行くべきだろう!!」
「さあー? 暗殺に向いてるのは夜なんじゃない?」
「なぜ俺に振り向いて言うんだ!?」
くそっ……そんなに俺が邪魔かよ!
すると、ヴァグデッドが俺の前に飛んでくる。
「だから、言ってるだろ? フィーディはここにいて」
「……俺も行く」
本当は、ここにいたい。だけど、そんなことしたら、彼ら二人が何をするか分からない。
それに、そんなことを聞いた後で、一人でいたくない。いつ俺の命を狙う奴が現れるかわからないのに、一人でこの城にいるのも、怖いじゃないか。
それに……ヴァグデッドにそんなことをして欲しくない。
今度は、強情な俺とヴァグデッドで、また行く行かないの言い合いになる。
それを尻目に、ティウルが紅茶を淹れていた。
「夕方までまだ時間があるんだから、ゆっくりしていって」
「こ、こんな時にゆっくりしている場合じゃ……」
「時間があるんだからいいじゃん。フィーディも飲んで」
「……紅茶はいい。あ、あまり飲食したくない……」
「そんなに警戒しなくていいのにー」
「…………」
警戒はするだろう……あの怪しげな瓶を見たら。
しかも、俺は何度も嵌められている。さすがに、命の危険を感じる。
けれど、テーブルの上に並んでいくお茶からは湯気が上がり、ティウルは棚からバターの香りがするクッキーを出してくれる。ヴァグデッドが、せっかくだからみんなでお茶の時間にしようと言って、魔法で厨房に連絡を取ると、すぐに料理人らしき人が、お菓子やケーキを持ってきてくれた。
俺は何も食べないぞ……怖いからな。
俺だって公爵家だ。どうしても俺も顔を出さなければならないお茶会や晩餐会には連れて行かれたし、そこでお菓子を見たことも口に入れたこともある。今更、ケーキが欲しいなんて思わない! ………………はずなのに、なぜ今テーブルに並ぶお菓子から目を離せないんだ!
じーーっとケーキを見つめていたら、隣にいたヴァグデッドが、ティウルのいれた紅茶を一気飲みしてしまう。
「お、おいっ……! 馬鹿! 何を飲んでいるんだ!!」
慌ててティーカップを取り上げる俺。もう全部飲んでるじゃないか!! なんでそう、怖いもの知らずなんだ!!
「だ、大丈夫なのか!? か、体はっ……俺が分かるか!?」
「フィーディ、焦りすぎ。大丈夫。毒も薬も入ってないよ」
「ほ、本当に……?」
なんだ……だったら、疑ってしまって悪かったな……
ティウルは楽しそうに笑いながら言った。
「僕だって、誰にでも入れたりはしないよ」
「……ご、ごめん……無礼な真似をしてしまった」
「気にしないでー。僕、意中の人以外には入れないんだ」
「…………殿下の紅茶にも入れないでくれ」
「フィーディ! ケーキ食べよー」
「聞いているか!?」
もちろん聞いていないらしい。
ティウルもヴァグデッドも、すでにテーブルについている。二人とも、楽しそうだけど、夕方には魔物が跋扈する森に出かけるのに、こんなことをしていていいのか?
けれど、テーブルの二人に手招きされると、結局行ってしまう。
ヴァグデッドが竜の姿のまま、テーブルに降りて、俺に振り向いた。
「フィーディは、ケーキは何が好き?」
「…………えっと……す、すまない……分からない」
「分からない? 自分の好みなのに?」
「あ、あんまり……その…………食べないんだ。そういうものは……」
無理矢理連れて行かれたお茶会でも晩餐会でも、誰も俺なんか歓迎していない。それでも、公爵家として絶対にミスがないように挨拶をしないと、後で待っているのは苛烈な罰だ。食事なんて味わえない。
……なんてことは白状したくない。
ので、見栄を張ってみる。
「あ、甘いものが苦手なのかもな……」
俯きながら言えば言うほど虚しい。
こんなところで、意味のない見栄を張ってどうする……俺も、たいがい嘘つきじゃないか。
テーブルについた俺の口元に、ヴァグデッドが、見たこともない不思議な形のケーキをフォークに刺して突き出してくる。
「これ、おいしいよ? 食べてみて」
「え……? でも……」
「はい。あーん」
「むっ……!」
無理矢理口につっこむな!
口内に捩じ込まれたケーキは驚くほど甘い。砂糖の数倍甘いような気がするくらいだ。
「あっっまっ! な、なんだこれは!? さ、砂糖?」
「砂糖のケーキ! 九割砂糖なんだ」
「……それはもう砂糖では……?」
口の中が急に甘い俺に、今度はティウルがケーキを出してくる。
「甘いの苦手な人に、なんで砂糖食べさせるの? 塩だろ! はい、フィーディ。塩のケーキ」
「塩のケーキ!!??」
「おいしいよ。ほぼ塩だから」
「それは岩塩では……おいっ!!!」
なんだこいつら。二人とも、なんで俺に構うんだ。そして、なんで俺に食べてと迫るんだ!
ほとんど無理矢理食べさせられて、もう味もわからなくなりそう。こんな訳のわからない食卓は初めてだ。
そんな騒がしい食事をしているうちに、いつのまにか、時間は過ぎていった。
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