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38.お世話になったし

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 真っ青になる俺を押し退けて、ヴァグデッドはドアに手をかける。

「こんなの、さっさと開けちゃえばいいんだよ」
「お、おいっ……! そんなっ……勝手にっ……!」

 止めようとした俺の目の前で、ヴァグデッドは体当たりで無理矢理ドアを開けた。バキッと音がして、鍵が壊れる。ドアも凹む。ドアノブがかすかに外れて、もうドアは使い物にならなくなったけど、代わりにドアは開いた。

「お、お前っ……! な、何してるんだよ!! なんで壊すんだ!!??」
「開いたからいいだろ?」
「壊さなくても開く!!」

 焦ってドアに駆け寄るけど、ドアはひしゃげて、すでに役に立ちそうにない。何をしてくれているんだ。この竜は。もう、傷がどうとかってレベルじゃない。ドア壊してるんだから。

 焦る俺に、部屋の中からティウルが近づいてくる。

「あ、フィーディ。どうしたのー? ムカつく竜に何かされた?」

 ティウルにからかうように言われて、俺はビクッと震えてしまう。さっきのこと、思い出した……

 けれど、俺にそんな真似をしたヴァグデッドは、お前には関係ないと言って、ティウルと睨み合っている。

 い、今のうちにドアを直せないだろうか。

 壊れた破片をドアに当てていたら、ヴァグデッドが、俺の方に飛んできた。

「俺が壊したんだから、フィーディが気にしなくていいのに」
「で、でもっ……でも……」

 慌てる俺だけど、ティウルは壊れたドアを気にする様子もない。

「フィーディー。そんなのいいから、こっちきなよ。せっかくきてくれたんだし」
「え? えっと……うん…………」

 まだビクビクしていた俺は、少し息を整えて、口を開いた。

「あ、あの……ティウル……」
「どうしたの? 何か用ー?」
「ドアを叩いてごめん……しかも壊して……」
「壊したのはそこの竜だろ……」

 ティウルに睨まれても、ヴァグデッドは「それがー?」なんて言いながらクルクル回ってる。もう、むしろ羨ましい。

「ど、ドアも殴ったわけじゃないんだ! そんなつもりはなかった!」
「僕寝てたし、それくらいしないと気づかないから、ちょうどよかったよ」
「……寝てた?」

 あのすごい音のノックの中で寝ていたのか? すごいなぁ……

 ティウルはひどく楽しそうでニコニコ笑っている。

「お陰でまたフィーディがビクビクメソメソしてるの、聞けたし。令息様の可愛い声、もっと聞きたかったなー」
「……あ、あの……き、傷もついてしまって……」
「へ?」
「き、傷があったから……」
「傷? 壊れたから傷どころじゃないけど……あ! もしかして、ドアの切り傷のこと?」
「う、うん……」
「気にしなくていいよ。それ、僕がやったんだ」
「え!? なんで?」
「ドアの前で暴漢に襲われそうになった可哀想な僕を演じて殿下に近づこうと思ったんだけど、僕一応、貴族たちから期待されてる身だし、護衛でもつけられたら、動きにくくなるなーって思ってやめた」
「……それで、ドアの傷の偽装を……?」
「うん!」
「それは俺を犯人にする気じゃないだろうな……」
「ちょうどいい犯人役だとは思ってたけど」
「おいっ!! や、やめろ! 二回も犯人にされてたまるか!」
「フィーディに僕を襲うなんてできっこないから。やめた」
「……その作戦は絶対にやめてくれ。他人を巻き込むのは……ど、どうかと思う!」
「それで? フィーディは何の用? もしかして文句でも言いに来た?」
「文句じゃない! 正当な抗議だ!! よ、よ、よく、よく、よ……」
「落ち着いて話していいよー」
「あ、ありがとうございます…………え、えっと……な、何で俺が王子を殺そうとした感じになってるんだ! おかげで俺は謹慎だ! お、お、俺っ……め、迷惑して、ます!」
「ルオン様にバレちゃったからしないよー。もうしないから、安心して」
「……」

 怪しいものだ。ヘラヘラしやがって。罪悪感はないのかっ! ……って、言えない俺。

「……それなら、よかった……」
「…………もっと怒ってもいいよ?」
「……俺のせいで傷がついたんじゃないなら……それでいい」
「……それで? フィーディは、それを言いに来たの?」
「そ、それと……あの……頼みがある」
「僕に?」

 ティウルは少し間を置いてから、驚いた様子で言った。

「…………意外」
「な、何がだ?」
「二度と口ききたくないって言うかと思った」
「……ほ、本当はそう言いたい! だけど今は、それより大事なことがあるんだ……」
「……なに?」

 ちらっと、ヴァグデッドの方に振り向く。彼は、すぐに俺の視線に気づいて、何が楽しいのか、クルンクルン回ってた。

「何をしても絶対に森には行かせない」
「……」

 あいつ、頑なだな。どれだけ俺を森に行かせたくないんだ。
 眠りの魔法を強化したら、キノコ採りがおわるまで、この城にいてもらおう……

 俺は、ヴァグデッドに聞こえないよう、ティウルに耳打ちした。

「……ね、眠りの魔法……使ってただろ? ヴァグデッドに」
「うん。その仕返ししに来たの?」

 俺に合わせて、ティウルも声を小さくしてくれる。だけどすごく楽しそう。王国の危機なのに。

「ち、違うっ! なぜいちいち仕返しという発想になるんだ!」
「普通するでしょ? フィーディが珍しいんだよ」
「そんなことはない。そ、そうじゃなくて、竜族のヴァグデッドにあれだけ効くなんて……き、強化してたのかなって……眠りの魔法」
「よく分かったね」
「お、俺もやってみたいと思ったことがあって、それで……知ってるんだ。その時は叶わなかったけど、眠りの魔法を強化できるなら、俺もやってみたい。その……頼めないか?」
「いいよー」
「え?」
「どうしたの? そんなに切羽詰まって。何かあった?」
「え?」
「え? なに?」
「ず、ずいぶん簡単にいいよって言うんだな……」
「僕、別にフィーディのこと、嫌いなわけじゃないよ? 友達になれて嬉しいのも本当。だけど、友達と仲良くすることと、王子を手に入れることを比べたら、王子の方が圧倒的に大事なだけ」
「…………」

 あっさり友達より王子を取るって言ったな。もう格好いいよ。
 王子に変な薬を飲ませようとするのは止めなければならないが、怯えてばかりの俺から見たら、自信に溢れているところは羨ましい。

「フィーディは利用できそうにないって分かったから、これからはただの友達に戻ろうね」
「戻りたくありません」

 あっさりと凄いことを言ってくれる。俺の感情は完全無視だ。格好いいとは思うが、これ以上彼に利用されるのはごめんだ。

 けれどティウルは、ニコニコしながら振り返る。

「フィーディにはお世話になったしね。眠りの魔法の強化くらい、なんでもないよ。入って入ってー。美味しいお菓子があるんだよ!」
「いらない……何入ってるか分かんないし……」
「やだなー。フィーディには何も入れないよ!」
「殿下のにも入れないでください」
「殿下には今、新しいものを作ってるんだ!!」
「今すぐそれは捨ててくれ!!」
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