悪役令息に転生したが、全てが裏目に出るところは前世と変わらない!? 小心者な俺は、今日も悪役たちから逃げ回る

迷路を跳ぶ狐

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37.脅しだって思われたらどうしよう……

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 廊下を必死に走り、後ろは振り向かずに、ただ逃げる。逃してくれるかと思ったけど、当然そんなの甘かったらしい。彼は、今回は人の姿のまま、俺を追いかけてくる。

 なんだこれ。何で俺が追いかけられてるんだ。なぜ俺が貞操の危機に!?

 一目散に逃げていたら、ティウルの部屋が見えてきた。そうだ。もともと俺は、ティウルの部屋に行こうとしていたんだ。あいつの眠りの魔法なら、背後から追ってきてる奴を止められるかもしれない!!

 すでにもう他の選択肢は考えられない俺は、力の限り、ティウルの部屋のドアを殴りつけた。

「ティウル!! ティウル!! 開けてっ……ティウルーー!!」

 死ぬ気でノックを続けるが、中からは誰も出てこない。返事もない。もうノックというより、ドアを壊しにきたのかと言われそうな勢いで殴りつけているのに。

「あ、開けてっ……! ティウル!!」
「フィーディ」
「……っっ!!」

 俺を呼んだ声は、ティウルの部屋の中からではなく、背後から聞こえた。俺を追ってきた奴が追いついてきたんだ。

 背後から、その男の呼吸を感じる。

 俺はここまで必死に走って息も上がって汗だくなのに、背後の彼は、全く息が乱れていないようだ。どんな体力しているんだ。

 どうしよう……今度こそ犯される? 一体俺が何をしたって言うんだ。

 恐る恐る振り向く。するとやっぱりそこにはヴァグデッドが立っていたけれど、俺はもう、彼の顔すら見れなかった。

「ヴァグデッド……あの、あの……俺、まだそういうのは……早いかなって……俺、そのっ……お、怒ってるのは分かったからっ……俺、誰ともっ……そんなの、したことないっ……」
「ないんだ」
「ひっ……!」

 怯える俺に、彼が手を伸ばしてくる。もう駄目だ。脱がされて犯される。

 けれど、彼は俺の服ではなく、頭に触れた。そして、よしよしと子供みたいに撫でられる。いつまで経っても、襲ってくる様子もない。慰めるように優しくされて、ぐちゃぐちゃに混乱した頭が落ち着いていく。

 もう……怒って……いない、の、か?

 俺は、恐る恐る顔を上げた。

 彼は、眉を垂れてなんだか少し残念そう。叱られて拗ねているようにも見えて、その顔を見たら、恐怖が薄れていく。

「……あの……ヴァグデッド?」
「もっと色々したかったけど…………今日は諦める」
「ほ、本当か!?」
「うん」

 彼が、いつもの小さな竜に姿を変えて、また、くるんくるん回ってる。彼がいつもの姿でそうすると、少しだけ安心した。

「あーあ……ざんねーん……」
「ざ、残念って…………お前はっ…………!」

 言いかけた言葉は飲み込んだ。
 代わりに、ちょっと考えて、たずねる。

「ほ、本当に……もうしないか!?」
「うん」
「も、もうするなよ!」
「うん」
「絶対するなよ!」
「うん」
「よかった…………もうするなよ」
「しつこいなー。分かったよー」
「すまない……」

 謝ると、ヴァグデッドは「なんでフィーディが謝るの?」と聞いて、くるくる回ってる。

 だって、何度も同じことを聞いてしまったから。
 彼の「もうしない」を信じられないわけじゃない。でも、それは今も伝えられない。

 何度も聞いたのは、彼が信じられなかったんじゃない。口を開くたびに、聞きたいことが聞けなくて、代わりに「もうしない?」って、同じことだけ繰り返してしまったんだ。

 本当は、俺とそんなことしたいのかと聞いてみたかった。

 ヴァグデッドは……俺と、そ、そんなことをしてみたいと、そう思うのか? 相手は俺だぞ。

 そういえば、王子ルートに、そんなセリフがあった。強引な行為を始めようとする王子に、主人公が、なぜそんなことをされるのか戸惑って、「僕を好きなんですか?」って聞くんだ。王子はその時、ティウルが好きだったんだけど、王子としての責務と、第一王子を次の王に立てたい勢力からティウルを守るために、王子は何も答えてはくれない。

 ヴァグデッドは…………俺を、好き??

 まさか……相手は俺だぞ! そんなはずない!

 怖い目に遭わせるって言ってたし、そういう行為は「怖い目」として行うものでは断じてないはずだ! もっとこう……愛に溢れた感じだ。真っ赤な顔で好きですって伝えたら、優しく手をとってくれる、みたいな……

 ……いつのまにか、頭の中で、ゲームのティウルが俺になり、王子が意地悪な竜になっている。

 何を考えているんだ俺はーーーーっ!!!

 い、いつのまに俺はこんな妄想をするようになっていたんだ!? なんでティウルが俺で王子が竜に……!!

 え? え!? 俺を好きなの!?? そんなはずない。俺は主人公じゃないし、フィーディとヴァグデッドだって、そんな関係じゃなかったはず!! ヴァグデッドはずっと、フィーディに乗り物にされてたんだぞ!! …………一回こんなことを考えたからか、フィーディが竜のヴァグデッドに跨っているのも、いやらしく思えてきた。落ち着けっ……! いやらしくはない! あれは竜に乗って移動していただけだ!

 くそっ……こんな風に混乱するなら、地面の土にでも転生したかった。毎日風に吹かれて雑草さんや小石さんとお話ししてれば、きっと平穏だったんだ!

「フィーディ? どうしたの?」
「俺は雑草と平穏が好きなんだっ……」

 つい、変なことを口走ってしまい、ヴァグデッドが首を傾げている。

「……雑草?」
「あっ……えっと、な、なんでもない……」
「フィーディってたまに、考え込みすぎて謎の世界にいっちゃうよね」
「な、なんだそれは!! そんなことない!!」
「自覚はないんだ」
「ほ、本当にそんなことはない! お、お前はっ…………」
「なに?」
「………………お、俺を追うのをやめるなら、王国滅亡の件もっ……」
「それとこれとは話が別」
「なんで!!??」

 なんでそこは譲ってくれないんだ!? た、たとえば、俺と……やりたかったとしても、それと王国を滅ぼすことは関係ないのでは!??

 それなのに、ヴァグデッドは平然と答える。

「だって、フィーディが消されるなんて、俺が嫌だから」
「それ、俺が嫌って言ってもやめてくれないんですか!?」
「うん」
「ティウルーー!!」

 俺はクルッとドアに振り向いて、部屋のドアをノックする。

 もう説得は無駄だ。眠りの魔法を強化して、こいつのことは眠らせておく!! あと、これ以上何か言われたら、本当に考えすぎで頭が壊れる!

 しかし、やっぱりティウルは出てこない。

 いないのかな……

 ドアを叩いていた手をおろす。

 ヴァグデッドが追ってこなくなって、少し冷静になったらしい。さっきドアを叩いた手の痛みを感じるようになってきた。

 ズキズキする……

 そんなに俺は、すごい力で殴りつけていたのか。そういえば、ものすごい音が鳴っていたような気がする。例えていうなら、雷のような。ドアを棍棒で殴りつけないと、あんな音はならないような気がする。
 あんなに音を立てて殴りつけてしまって、いいのだろうか。

 追われていた俺は、恐怖に駆られてそうしたのだが、中にいたティウルにしてみれば、自分の部屋のドアを、鈍器で殴りつけるような勢いで殴られ続けては、恐ろしいのではないだろうか。

 力の限りドアを叩いたから、拳がずきんずきん痛む。

 これは……ティウルに脅しと取られてしまうのでは……? だ、大丈夫か? ドア……凹んでないよな?

 ドアをさすっていたら、小さな傷があることに気づいた。

 うそだろ……き、傷!?? 傷ついてる!??

 触るとよりよく分かる。ドアに、俺の小指くらいの長さの、小さな切り傷がある。

 これって今俺がつけた傷か?

 ドアを撫でながら焦っていたら、ヴァグデッドが首を傾げて言った。

「フィーディって、忙しいね。今度はどうしたの?」
「だ、だって! だって、ドアがっ……ドアがっ……お、俺のせいでドアに傷がっ……!!」
「傷って、それ? 切り傷だよ? 絶対違うだろ」

 と、ヴァグデッドが背後で言っているが、慌てている俺の耳には入らない。

「べ、弁償かな……?」
「……何が?」
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