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34.考えたこともない
しおりを挟むルオンの部屋を出たヴァグデッドは、無理やり俺の背中を押して部屋を離れると、俺に振り向いた。
そして、あたりをきょろきょろ見渡して、誰もいないことを確かめてから、口を開く。
「どうしたの? 俺の魔力のことなんて、急に言い出して」
「だ、だって……俺はさっき、聞いたんだ! お前が、か、階段のあたりでウィエフに……脅されてるの!」
「俺が? ウィエフに? ……あ……あれか……聞いてたの?」
「た、立ち聞きしたわけじゃない! き、聞こえてしまったんだ」
「そうかー……でもそれ、気にしなくていいよ。大したことじゃない」
「お、お前が脅されていたのに、大したことないはずがないだろう!」
「……脅されてないよ」
「でも……俺を庇ったせいで魔力が減ったんだろう!??」
「なにそれ。全然違うよ」
「え……?」
ヴァグデッドは、俺の前で、一回転して見せる。何だがやけに楽しそうだ。一体どうなってるんだ?
「それで、俺のこと心配してたの?」
「う、うん……」
「俺、吸血の竜だよ? フィーディ庇ったくらいで弱ったりしないよ」
「でも……か、階段で、ウィエフにいいようにされてたから……」
「あー…………あれは……」
「し、心配だって、俺が勝手にしてるだけだから……俺のことは、気にしなくていい……俺は森に行っても大丈夫だ……」
「何言ってるの? 魔法も使えないくせにー」
「だ、だから、ティウルに会いに行くんだ!」
「……」
歩き出そうとすると、彼は俺の目の前に飛んできて、その場で一回転する。床に降りた時には彼は人の姿になっていた。
すぐそばで姿を変えたものだから、彼の髪が、少し俺の体にかかって、驚いた俺は数歩下がった。
辺りが暗くなったかと思えば、そいつの背中の羽が天井からの照明を遮っていたんだ。
「行くな」
「な、なぜだ!? なぜそんなに止めるんだ? お前、ウィエフの前で弱っているようだったじゃないか」
「俺は吸血の竜だ。フィーディに心配されることなんてない」
「あ……あの…………」
一歩ずつ、俺は後ろに下がった。
ニヤニヤしなが近づいてくるヴァグデッドは、さっきウィエフにやり込められていたあいつとは別人じゃないか。
そいつの視線が、俺の目から首に降りてきた気がして、咄嗟に襟元を隠した。なんだか、身の危険を感じた。すごく危険を感じた。
俺のそんな怯えた様子すら、ヴァグデッドは楽しそう。
「そんなに怯えるなよ……噛みついたりはしない。俺、吸血禁止されてるの、知ってる、だろ?」
「そ、そうだ……な。あの……で、できれば……もう少し離れていただけると……」
「……なんで? 俺に近づかれると嫌?」
「そ、そうじゃなくて…………ち、ちょっと……怖いかなって……」
「俺は怖いのに、ティウルやウィエフや、魔物がいる森に行くのは、怖くないんだ?」
「そ、それは……怖い…………けど……」
「……もう少し、自覚した方がいい。命を狙われていること」
「い、命!? な、何だ命って!!」
さすがにまだ、命を狙われた覚えはない。家からは死んできてくれとは思われているけれど、暗殺者のようなものを送られたことはないぞ。もしかして、もうバッドエンドが始まっているのか!?
焦る俺に、ヴァグデッドは冷酷に告げる。
「さっき、自分で言ってただろ? 公爵は、フィーディが魔物に襲われて死んでほしいって言ってるって」
「あ、ああ……だ、だが、俺だって、ま、魔物から逃げるために眠りの魔法をっ……!」
「素直」
そう呟いて、彼は背中の羽で俺を包む。そうやって、退路を断たれたような気がした。
それだけで恐ろしいのに、腰にはいつのまにか、彼の手が回っている。
お、おい。なんで……? な、な、何をされてるんだ? 俺は……
俺は、他人に近寄られることが苦手だ。できるだけ、そうなることを避けてきた。だから、初めてかもしれない。こんな風に抱き寄せられるなんて。
俺はこのBLゲームにハマっていたが、俺自身は、人を愛したことが全くない。誰かに恋愛感情を抱いたことがない。
学校ではいつも、俺をいびる機会を心待ちにしている連中から逃げることだけで必死だった。そのうちに家から出ることが嫌になったが、家にも居場所はなくて、部屋の隅でいないふりをするのに必死。就職してからは、ほとんど死んでいた。
恋愛なんて、考えられなかった。ゲームを始めたのも、仕事で疲れて帰ってるのに、明日も仕事だと思うと眠るのも怖くなって、そんな日が続いていく中で、眠気と深夜テンションが闘う中、なんとなく始めただけ。そしたらいつのまにかハマってて、その時初めて、人を好きになるって、どんなものなんだろーって思ってた。
そして、気づいたらここにいた。
どのルートへ行っても、誰とも恋愛関係にならずに、どのルートでも、幸せにはならない悪役。転生しても、俺には愛なんて無縁。分かっていた。
愛されてみたいとは思う。ティウルみたいに。天真爛漫で、人を疑うことを知らず、いつも明るく、笑顔を絶やさずに誰にでも優しいティウルみたいに。
俺じゃ一億回転生しても無理そうだ。そんなキャラ。
だから、自分が誰かに腰に手を回されたり、抱き寄せられたり、まして服と服が擦れ合うくらいにそばに近寄られるなんて、あり得ない。顔を上げれば、すぐそばに相手の顔があって、吐息が感じてしまうなんて、考えたことすらない。
それなのに、俺は一体今、なにをされているんだ!?
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