29 / 96
29.悪いことだって
しおりを挟む王位継承を最有力視されているキラフェール殿下のそばで、光のキノコを暴走させたという容疑をかけられてしまった俺は、自分の部屋に戻り、両足を抱えて小さな椅子に座り込んでいた。
なんでこうなるんだ……
俺はただ、悪役になりたくなかっただけだ。誰とも関わらずに、誰とも争わずに、静かに生きていたかった。
それなのに、王子が来て早々、俺は王子を危険な目に遭わせたと疑われて謹慎だ。馬鹿じゃないのか。王子に手を出すなんて。
俺じゃないフィーディは、王子に直接手を出したりはしない。やるなら、後ろ盾や身分のない平民の主人公くんにばっかり手を出す。
だけど、俺は何もしていない。それなのに、主人公くん、ひどい……俺は何もしていないのに、踏み台にされた。
主人公に対する怒りがふつふつと沸いてくる。
……ティウルーーーー……!! 今度会ったら……お、俺でもできる小さな仕返しをしてやる! ……って言いたいところだけど、俺は主人公には手を出せないんだ。そんなことしたら、結局バッドエンドじゃないか!!
俺はこれからどうすればいいんだろう……
やったことが、光るキノコを魔力で強く光らせただけだから、多分すぐに謹慎は解けるって、ルオンは話していたけど……
いつになったら、ここから出ていいんだろう。もう昼過ぎだ。
食事は部屋に運んでもらえたけど、ほとんど喉を通らなかった。
テーブルの上の皿には、サンドイッチが並んでいる。そのそばに卵が置いてあった。そっとそれを割ろうとしたら、それは茹で卵だった。
ヴァグデッドは、朝食の卵、食べられたかな……
またあいつに庇われてしまった。
ティウルと対峙していた時も来てくれた。あいつが来てくれた時、俺は怯えながらも安心するようになっていた。
あいつ……大丈夫かな……
あいつに会いたいな……
しばらく卵をつつきながら待っていると、コンコンと、ドアをノックする音がした。誰か来たんだ。俺の処分……決まったのか?
ビクビクしながら、ドアを開ける。
すると、そこにいたのは、難しい顔をしたルオンと、なんだか勝ち誇ったような顔をしたウィエフ、それに、まだ人の姿のままのヴァグデッドだった。
急に背の高い三人に前に立たれて、俺は数歩下がってしまう。
ヴァグデッドは、俺に気づいて、ちょっと気まずそうに顔を背けて、今度は笑った。普段俺を見る時とは違う、ひどく怖い顔だった。
そして、ルオンが少し困ったように口を開く。
「フィーディ・ヴィーフ」
「は、はいっ!」
「……」
「……? あ、あの……いつ俺はここから出れるんですか? 調査って……お、終わったんですか? ここから……すぐに出られるんですよ……ね?」
「……」
「る、ルオン……様? お、俺は本当に何もしてないんですっ……本当に……!」
「……昨日、ティウルを追い出すと息巻いていたのは本当か?」
「へ!?」
彼が厳しい目をして俺を睨む。そんな風ににらまれたら、俺はまるで、心臓を握られたような気になる。
だけど俺はそんなことをした覚えはない。俺が主人公に手を出すはずがないじゃないか。
「し、知りません! そんなの! ご、誤解です!」
「けれど、ヴァグデッドがそれを聞いたと話している」
「……え?」
俺は、ヴァグデッドに振り向いた。人の姿になって俺を見下ろすヴァグデッドは、すぐに俺から顔をそむけてしまう。
確かに、ヴァグデッドの前ではそんなことを言った。
その時ヴァグデッドは「平民だからって追い出すの?」なんて、いつもの軽い口調で話してた。あれは誤解って、分かってくれたんじゃないのか?
「ヴァグデッド……あ、あれは、誤解だ……し、知ってるだろ?」
「……」
ヴァグデッドは、何も答えなかった。目も合わせようとしない。一体どうしたんだ?
慌て始めた俺に、ルオンは尚もたずねる。
「本当なのか?」
「ま、待ってください! 確かにそんなこと言いましたけど……それは誤解です! 俺はそんなつもりじゃ……ここは、あ、危ないことも多いし……帰った方が身のためっ……じゃなくて、平民なのに、こんなとこいたら大変っ……じゃなくて、あのっ……」
「……落ち着いてくれ。キラフェール殿下も、あれは光のキノコの暴走だとおっしゃっていた。それについては、糾弾するつもりはないらしい。しかし、ティウルは貴族たちからも期待されている身だ。それに手を出そうとしたことは見過ごせないらしい」
「そんな…………」
「だが、フィーディ。私はあなたがそんなことをするとは思えない」
「ルオン様……」
そ、そうだよな……俺は何もしてない。確かに追い出すみたいなことは口走ったが、ティウルを追い出そうなんて、微塵も考えていない。
ルオンのその言葉がよほど気に入らないのか、ウィエフが俺を睨んでいて怖いけど、ルオンは、さらに続けた。
「あなたに頼みがある。キラフェール殿下のために働いてくれないか?」
「……え?」
「ティウルに聞いたんだが、あの時投げたキノコはあなたが見つけたんだろう? キノコ採りの名人だと、ティウルが熱弁していた」
「……」
熱弁されてもなぁ……
ティウルめ。さてはルオンに適当なこと言ったな……どうせさっさと終わらせて王子と二人きりになりたかったに決まってる!!
「あの……俺はキノコを採るのが得意なわけじゃありません」
「森の方にあるキノコの位置はわからないのか?」
「そ、そんなに期待されても困りますっ……! ほ、本当に名人じゃないです……」
「そうか……」
「……あ、あのっ……でも、えっと……もしかして、魔法強化のために使うもののことですか?」
「分かるのか……」
この城の周辺には、魔法の道具を作るための素材がいくつもある。森にある光のキノコは、ここにあるものとは違ってかなり大きく成長しているのに、なかなか見つけることができず、貴重なんだ。そして、それがあれば、魔法の威力を飛躍的に高めてくれる様々な魔法の道具を作ることができるはず。
ルオンは、真剣な顔をして言った。
「分かるなら、それがある場所を教えてほしい」
「でも……」
「王子殿下の今回の視察は、素材を集めることを兼ねている。この城でも、最近魔物が増えていて、殿下がいらっしゃる間だけでも、結界の魔法を強化させたい。頼む……」
「……分かりました」
ルオンも、多分それだけで済むように一生懸命に交渉してくれたんだ。
元々それは、今日主人公がフィーディと森の中に出かけた時に見つけるもので、俺が見つけるものでもあるんだし、話してもいいだろう。
俺がキノコの場所を話すと、ウィエフが口を挟んだ。
「場所が分かれば、私が取りに行きます」
「え!? でも……」
「殿下には、あなたが協力したとお伝えしておきます」
「でも……それ……殿下は俺に行くようにっておっしゃったんじゃないんですか?」
「確かにそうですが、森は魔物が多くて危険です。あなたのように下手くそな魔法しか使えない人に行かせても、途中で野垂れ死ぬのが関の山です」
「そうですね……」
しまった。何を俺はあっさりと同意しているんだ。
ルオンも微笑んで「もう謹慎していなくていい」と言って、ウィエフとヴァグデッドを連れて去っていく。その間、ヴァグデッドは一度も振り向かなかった。
こうして、部屋に残ったのは俺一人。
何とか部屋から出られることになったのに、気は晴れない。
ヴァグデッドは、本当に俺のことをそんなふうに話したのかな……??
そんなの、信じたくないけど、ルオンは俺がティウルを追い出すと口走ったことを知っていた。あれは、ヴァグデッドの前でしか話していない。だったら、やっぱり、ヴァグデッドが話したんだろう。多分、俺に不利になるように多少脚色して。
なんでそんなことするんだ? そもそも手下だなんだって言って、俺に付き纏ったのはそっちだろ!! 最低な竜だ!! あんな竜のことなんかっ……もう知るか!!
腹が立って、テーブルから卵サンドを取って一気に口に入れる。ヴァグデッド……ちゃんと生卵食べられたかな……
あいつがあんなこと言うなんて、何かあったのか? さっきのあいつ、何か変だったし……やっぱりおかしい。
俺は、茹で卵を持って、部屋を飛び出した。
どうせ何もしなくてもどんどん状況は悪くなってるんだ! だったらあいつから何があったのか聞き出してやる!! 俺に隠し事できると思うなよ!
……もし本当に、俺を陥れたいだけなら、この茹で卵を生卵と偽って渡してやろう。せいぜいがっかりしろーーーー!! 俺、悪役令息なんだからな! 悪いことだってできるんだぞ!
俺は、城の中をヴァグデッドの部屋目指して走った。
31
お気に入りに追加
782
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる