26 / 96
26.簡単には近づけないと思う……
しおりを挟むもう朝食の時間だ。早く行かないと、朝ごはんを食べられない。
俺は朝は弱くて、転生する前は朝食を抜いてフラフラと仕事に行っていた。
転生してからも、朝は苦手。だから絶対に朝食を食べに行きたいわけではない。
しかし、こんな一行と一緒に、いずれ俺を糾弾するはずの王子に会いに行くくらいなら、食堂でコーヒーでも飲んでいたい。
二人はそう思わないのだろうか。
他人になんか関わらず、のんびりコーヒーを飲んでいようじゃないか……って、二人に言う勇気もない俺は、意気揚々としているティウルと、楽しそうなヴァグデッドの後について、とぼとぼと庭を歩いていた。
そろそろ、王子殿下が城に着くはず。城門のあたりから見下ろせば、遠くから王子一行を眺めることくらいはできる。もちろん、王子殿下のそばには、一緒に来た王城からの使者と護衛の人がいる。簡単には近づけないと思うんだけど……
そう話したら諦めてもらえるかと思い、口を開こうとしたが、ティウルの方が先に、俺に振り向いた。
「フィーディーー!」
「ひえ!?」
「王子殿下はいつ到着するの?」
「え!!?? えーーっと……それは……いつだったかなあ……」
「フィーディ」
睨みつけるティウルの目を見て、俺は震え上がった。
そんなティウルから隠すように、ヴァグデッドが俺とティウルの間に入る。
「俺の手下を脅さないでくれる?」
「……君は、王子殿下を狙ってるわけじゃないんだよね?」
「少なくとも、お前と同じ意味では狙ってないよ」
「……王子殿下は、僕を幸せにするためのものなの。余計な真似をすることは許さない」
「は? 許さないって、だったらどうする気なの?」
睨み合う二人の間に、俺は無理矢理入った。
「や、止めましょう!! ね? ね? ほら!! ティウル! 急がないと王子が来ちゃうぞ!」
かなり無理矢理ニコニコして、俺はティウルの手を握って、走り出した。
「城門の方だ!! だ、だけどそのっ……あ、会えるかは分からない! ご、護衛の人とかに止められたら諦めてっ……あ、諦めてっ……くださいね!!」
俺は何を言っているんだ。対策が行き当たりばったりすぎる。こんなことをしているから状況が悪くなっていくのではないだろうか。もっと先を見据えた対策を立てるべきなのではないだろうか? だけど先を見据えた対策って、どんなものだ? 走りながらじゃ何も思いつかないぞ!!
ティウルの手を握って、真っ青になりながら考えついた唯一の作戦は、城門あたりで王子を探すふりをして「いなかったねー」なんて言いつつ誤魔化すという、いかにも姑息な手だった。
結局先延ばしかよ。だけどこれでも、必死に考えた作戦なんだ。
確か、王子が来るのは朝食の時間が終わった頃。急げば、王子が来るちょっと前に、城門に着くはずだ。
とりあえず行くだけ行って、できるだけ早く逃げ出す!!
けれど、にわか作りの作戦は、あっさり瓦解した。
「あっ……! あれ!!」
ティウルは急に、俺の手をぎゅーっと握って立ち止まる。彼が指差す方には、一人の男が立っていた。
「あれって……キラフェール殿下!?」
「へっ!??」
嘘だろ!? こんなところにいるはずがない!!
慌てて振り返ると、庭の、幾つも魔法の果物がなる木々が並ぶ辺りに、一人の男が立っていた。
「あー……えっと……ど、どうだったかなーー?? あ、あんまり王子に似てないんじゃないかなーーーー」
なんて言いながら、俺は確信していた。
本当に王子がいる……
なぜこんなところにいるんだ!? 城門からくるはずなのに!! まだ王子が来るには少し早いはずなのに! それなのに……なんでここにっ……!!
真っ青になっておろおろしてる俺に、ティウルが迫ってくる。
「そうなんだよね!?」
「ふえっ!? は、はいい……」
「やった…………!! だったら……」
彼は嬉しそうにポケットから小さな瓶を取り出す。真っ黒で、骨や魔獣や魔物みたいなものとハートらしきものと魔法の道具っぽいものが描かれた、いかにも怪しい変な形の瓶だ。彼が瓶の蓋を開けると、中から怪しげな色の煙が出てくる。ティウルは嬉しくてたまらないといったような顔をしてるけど、あまりにも怖い。
ビクビクしている俺を置いて、ヴァグデッドはその瓶に興味津々のようだ。
「ティウル、それ、なに?」
「惚れ薬!」
「なにそれ。効くの?」
「もっちろん。毎日僕を足蹴にしてたやつを実験台にしたら効いたから。そいつ、一時間くらいで急に喚き出して、自分に風の魔法をかけて体を切り刻んだ挙句、倒れてたけど。その後はなんでも僕の言うこと聞いてたよ!」
「なーーんだ……それじゃ役に立たないじゃん」
「そんなことないよ。改良したし! 王子殿下には、とりあえず生きていてもらって、僕のことを伴侶にしてくれればいいんだから!」
つまらなそうに言うヴァグデッドに、にこにこと答えるティウル。
それは惚れ薬とは言わん! ただの毒じゃないのか!? 言うことを聞いたのは、毒に怯えたからでは??
こいつっ……!! 絶対に王子に会わせちゃダメだーー!!
「待ってくれ! ティウル!! そんなのバレたら斬首だ! そんなことしなくても、いずれ王子はティウルを好きになるから!!」
「僕は今すぐがいい」
「ま、まま待って!! ダメだ! ヴァグデッド!! 見てないで止めてくれ!」
ヴァグデッドに振り向いて言うけど、ヴァグデッドはまるで止める気がないようだ。
「いいじゃん別に。王家の奴らが一人減るんだよ? そのまま殺しておけば?」
それを聞いたティウルが「殺すんじゃなくて、僕の伴侶になるの!」と反論している。
ヴァグデッドとティウルは平然と話しているけど、そんなの絶対にダメだ! 王家に手を出したら反逆の疑いをかけられるかもしれないんだぞ!
それなのにティウルは嬉々としていて、俺の言葉なんか全然聞いてくれない。
「見てよ! 都合よく一人だ!! フィーディとヴァグデッドはここで見張りをしててね!」
「俺はしないよ」
あっさり断るヴァグデッドの言葉に、俺の言葉が続く。
「お、俺もそんなことできない! た、たのむ! ティウル!! 馬鹿なことはやめてくれ!! 頼むからっ……! そんなことしなくても、王子はティウルに惚れる!! 必ず!! 俺はそうなるのを知っているんだ!」
「じゃあ、今僕に惚れても、問題ないね」
「なんでそうなるんだ!!! とにかく頼む! やめてくれっっ!! そんなの良くない!」
「黙ってろよ」
彼は瓶を持って走り出していく。
とっさに俺は、ティウルに飛びついた。
「ティウル!」
「うわっ……!!」
飛びつかれたティウルは、地面に倒れてしまう。非力な俺は、今にも振り払われそうだったけど、必死に、暴れるティウルを押さえつけて、声を張り上げた。
「殿下ーーーーっっ!! 逃げて下さーーいっっ!!!!」
目一杯の声で叫んで、力の限り、さっきの光のキノコを投げた。俺の魔力を得たキノコは、激しい光を放って周りを照らす。目が眩むほどの光だ。
そばで、ティウルの悲鳴が聞こえた。彼も光にやられて動きを止めてくれたらしい。これで光が収まるまでに、殿下が逃げてくれますように!!
光がおさまった頃、俺は恐る恐る目を開いた。
そこにはまだ王子がいたけども、彼の周りにはさっきまではいなかった人たちが集まっている。みんな魔法使いだ。十人ほどの人が王子の周りに集まって、王子の無事を確かめている。さっきの光に驚いて集まってきたんだろう。
なんだ……そんなに護衛いるなら、王子から目を離すなよ。
だけど、あれだけ人が集まれば、殿下も大丈夫だろう。
あとは……多分本気でキレているであろうティウルをなんとかするだけで……
「フィーディ」
呼ばれて、顔を上げる。だけど、俺を呼んで俺の前に立っているのは、ティウルじゃなかった。ヴァグデッドでもない。
背の高い男だった。金色の長い髪が風で舞い上がる。新緑の目が、俺を冷徹に見下ろしていた。紛れもなく、ウィエフだ。
なんでこんなところに!? …………いや、いて当然か。だって、ウィエフはもともと、王子殿下の護衛なんだから。
だったら最初からそばにいろ。そしたら俺がこんなことしなくてもよかったんだ。
それなのに、なんでそんな怖い顔で俺のこと見下ろしているんだ。何か怒っているのか? なんで俺が怒られるんだ。俺は王子殿下を必死に守ったんだぞ!! なんでキレられてるんだ!
41
お気に入りに追加
782
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる