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23.なんでみんなキレてるの!?
しおりを挟む戸惑う俺を、ティウルはじっと睨んでいる。
「公爵令息のフィーディは、キラフェール殿下に夢中。僕が知らないとでも思った?」
「……」
「王子殿下の伴侶になるつもりでここに来たんだろ?」
「…………」
「なに黙ってるの? それとも、図星をつかれてぐうの音も出ない? 言っておくけど、王子殿下の伴侶になるのは、僕だから」
黙っていたんじゃない。驚きすぎて、声も出なかっただけだ。
好き……? 俺が? 王子を?
「なっ……なんでそうなるんだあああっ!! 知らないよ! 王子殿下なんて!! 俺が王子殿下を狙ってる!?? なんでそうなるんだっ……! お、俺は! 殿下とも付かず離れず適度な距離を保って、友好的な関係を築きたいだけだ!! 干渉せず、干渉されない! 平穏で穏便っ……! そんな風でありたいんだ! そ、それなのにっ……それなのに、なんでそんなことになってるんだ! なんだそれ! ひどい誤解だ!!」
力の限り叫ぶ俺だけど、ティウルは納得するどころか、二倍くらいの声量で俺を怒鳴りつける。
「王子殿下がここに来る日を心待ちにしてたんだろっっ!! 今日殿下がここにいらっしゃることを知ってたじゃないか!!」
「それはぜんっ……!」
「ぜん?」
「…………全然知りませんでした」
「嘘つけ!」
嘘です。前世の知識で知ってます。だけど今、前世で王子を知っているなんて言ったら殺されそう!! こいつ、ヤバい! 天真爛漫で、無邪気な主人公はどこに行ったんだ!?
俺は王子殿下のことは、なんとも思ってない。だから、ティウルは勘違いで俺の喉元に短剣を突きつけていることになる。百歩譲って、たとえば俺が王子を狙っていたとしても、いきなり殺しにくるか!??
し、刺激しちゃダメだ…………怒らせたら殺される……落ち着いて、説得しなくては。
「あのっ……ティウルっ……さん! ど、どうか、落ち着いてくれ!! ほ、本当に、誤解なんだ!!」
「さっきだって、公爵家の御令息だから王子殿下にもお会いしたことあるって、胸張って自慢していたじゃないか!」
「じ、じじ自慢なんてしてないっ! おっ……王子殿下とだって、挨拶をしただけだっっ! だ、大体っ……あっちだって、自己紹介しただけの俺のことなんて、覚えているはずがない!」
「……」
「おっ、俺が胸張るなんて、そんなことあると思ってるのか!? 自慢じゃないが俺は多分、一生背中丸めて生きてるんだからなっ……! 本当です信じてくださいぃっ……!」
「…………じゃあ、本当に王子殿下には興味がないの?」
「ない!! むしろ、ティウルが王子ルートで行くなら全力で応援する!!」
「王子ルート?」
「あ、いえ……こっちの話だ……ティウルが王子殿下を好きなら、幸せになってほしいと思う……さ、さっき言っただろ!? 俺は……ティウルには、幸せになってほしい……」
「そう……」
ついにティウルが、短剣を下ろしてくれる。
わ、分かってくれた? そうだよ。だって俺が王子を狙うなんて有り得ない。俺は誰からも、できるだけ遠ざかっていたいんだ。
それなのに、いきなり短剣向けるなんてー。びっくりしたぞ!? 分かってくれたんだよな!!??? ……と、無理矢理ホッとしてみる。
だけどそんなの束の間で、彼は俺を睨んできた。
「じゃあ、なんで王子殿下の好き嫌いまで知ってるの?」
「それはっ…………だからっ……」
「あー……もう、どっちでもいいや。とりあえず、殿下が来る前に、お前のことは消しておく。僕、邪魔なものは先に消しておくたちなんだ」
そう言って、ティウルはまた俺に刃物を向ける。
なんだよー……なんでこうなるんだ。
どっちでもいいや、とか、とりあえず、とかで俺を殺さないで!! なんなんだよ……なんで俺は殺されそうになってるんだ!??
「ティウル……お、俺は、本当にっ……!」
もう怯えながら後ずさるばかりの俺に、ティウルは短剣を構えて近づいてくる。
戦う? 逃げる? 逃げる決まってるだろ! 逃亡一択だ!
俺だって、なんの策もなくティウルについてきたわけじゃない!! 俺には、前世の知識がある!! これがあれば、ティウルに立ち向かうことだってできるんだ!!
背の高い草木に隠れているけど、ここには光のキノコと呼ばれるものが生えている。そしてそれはあるんだがないんだか分からないくらい微かな光を放つもので、ちぎって魔力を注ぐと、一瞬だけ、もっとずっと強く光らせることができる。
ゲームでは、主人公が気に入らないフィーディが、素材を集める際に主人公を誘い、たまたま見つけたそれを投げつけてキノコ嫌いの主人公をびっくりさせるというガキ臭い嫌がらせをする。
なんて嫌な奴なんだ、フィーディ。今は俺なんだけど……
光のキノコがこの辺りにも群生してることは分かっている。ここに来た時も、足元にそれがあることは確認してる! このキノコがあれば、魔力があんまりない俺でも、ちょっと魔力を注ぐだけで強い光を起こすことができる! 一瞬だけど。それで目眩しして逃げるぞ!! 俺には戦うことなんてできないからな!
「て、ティウル!! 本当にっ……! 俺は王子殿下とは、なんでもないから!」
叫んで、俺は尻餅をついたふりをする。手をついた地面には、光のキノコが生えていた。
すぐに、地面のキノコを採ろうとしたけど、あれ?? とれない?? なんで?? なんでとれないの!? だって、俺じゃないフィーディは、簡単に抜いていたのに!
どれだけ引っ張っても、光のキノコはびくともしない。力が足りないのか? そうか……あのフィーディと違って、俺には腕力がない。だからうまくいかないんだ!! ……って、キノコとれないほど俺って非力だった!?
違う……震えてて手に力が入らないんだ! もう前世の知識いらないから一握りの勇気が欲しいーー!
ティウルは、尚も俺に近づいてくる。
「フィーディ……」
「ま、まま待ってくれ! 俺は本当にっ……! 誓って王子には手を出さない!! 本当だ! 約束する!! だからっ……」
「僕の邪魔になりそうなものは殺す」
「絶対にならない! なんなら協力するっ……!」
「……」
協力という言葉が効いたのか、彼は立ち止まった。
「……本気?」
「だ、だから言っただろう!! 俺は王子殿下なんか興味ない! 君の幸せも切に願っている! 頼む! 信じてくれ!!」
「…………その、握ってるもの、何?」
「え……」
今さらとれた逃げるためのキノコです。もちろん秘密だけど。
「な、なんでもない! そ、素材だ! あのっ……! だからっ……!! か、回収しただけだ!」
「ふーん……」
「ティウル! 待て待て待て! お、落ち着いてっ……! 本当に違うからっ……お、俺が君を傷つけられるはずないだろう!」
「……」
ぎゅうっとキノコを握りしめていたら、力が入りすぎて握り潰しそう。に、逃げよう……もう、逃げるしかない。背を向けた途端、刺されるかもしれないが、このまま殺されるよりマシだ!
俺は目一杯の魔力をキノコに込めて、それをティウルに投げつけた。途端に強い光が放たれる。
今だと思い、走り出す俺。けれどその時、俺の背中に、何かが飛びついてきた。ティウルの短剣じゃない。何か硬いような柔らかいようなものがぶつかったらしい。
「うわっ……!」
背中に激しい衝撃を受けて倒れる俺。背中……痛い。振り向けば、小さな竜のヴァグデッドが、俺の背中に乗っていた。
目が覚めたのか!?
「フィーディー…………」
ヴァグデッドが俺を呼ぶ声は、いつもより低い。聞いているだけでゾッとするような声だ。
なんでこんなにキレてるの!!?? ちゃんと目が覚める魔法かけておいたのに!! ちゃんと風邪ひかないように毛布もかけましたが足りなかった!??
あーー!! 分かった! ごはんだ! ごはん用意してこなかったから、怒ってるんだ!! まさか、それで俺を追って……??
「朝食の目玉焼きあげるから、それで手を打ってくれませんか!!??」
「俺は生卵が好きなの! そんなことどうでもいい! どこ行ってたんだよ!!」
「ふえっっ!?? どこって……ここ……」
「ここ、じゃないっっ!! 俺に目が覚める魔法かけたんなら、なんで俺が起きるまで待たないの!!」
「へっ……だって、それはその……こ、これはそにょ……だって、これはその……俺だけの問題で…………き、君を巻き込むわけにはいかないし…………うわあっ!!!!」
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「ひいいっっ……!」
「さっきのもう一回言ったら、頭から食うから」
「うええっっ……!!? なんで……」
「なんでって聞いても食う」
「二度と言いません約束します!! 今度から必ず起こしますのでお許しください!!」
うう……もう目がうるうるしてて前が見えない。なんでみんなキレてるの!??
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