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17.そんな格好でいたら風邪を引くだろう!

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 疲れた……もう、今日は色々ありすぎた。

 ルオンへの報告を終えた俺は、ふらふらしながら自分の部屋に戻り、そこで休めるかと思いきや、ティウルが、「ご飯食べに行こーー!」と、飛び込んできた。さっきは突然いなくなったのに、また突然現れて、ヴァグデッドと言い合いを始める。結局三人で夕食を取ったが、正直、味が分からなかった。

 そして何とか食事を終え、部屋に戻った俺は、もう死にそうだった。

 やっと部屋に戻ったのに、ヴァグデッドはずーーっと部屋から出ていってくれない。
 ベッドにぐったりと横になる俺のそばに座って、なんだか楽しそう。

 なんで俺の部屋に、こんなに乱暴な竜が入り込んでいるんだ……

 俺は、ベッドの端までコソコソ移動してから、毛布を被り、恐る恐るヴァグデッドに振り向いた。

「おい……ヴァグデッド。そ、そろそろ、部屋に戻らないのか?」
「俺の部屋は、今日からここだって言っただろ?」

 あっさりとそいつは楽しそうに答える。本気でここに居座るつもりじゃないだろうな……

 冗談じゃない。俺は自分の部屋でくらい、のんびりしたい。
 だけど、ヴァグデッドは出ていきそうにない……なんで俺に付き纏うんだ? 手下の俺をそばに置いておきたいのかな……? やけに楽しそうだし、主人公といい、ヴァグデッドといい、よく分からない。

 もう、こっそりと俺が出ていくのはどうだろう。だけど……また追いかけられたら怖い……

 布団をかぶってしまう俺に、ヴァグデッドは嫌な顔をして笑った。

「それに、俺を追い出すと、何が来るか分からないよ?」
「は!? な、何がっ……!? 何が来るんだ!?」
「さあ?」

 首を傾げるそいつは、なんだかニヤニヤ笑っている。
 こんな城で来るとしたら、魔物か、それか、もっと恐ろしいもの!?

「お前か!!」
「なんのこと?」
「い、いや……なんでもないです……」

 この竜も俺は怖いんだ……というかもう、全てが怖い。何もかも忘れて、布団に潜り込んで隠れて寝てしまいたい。

 今のところ、ヴァグデッドはなんだか楽しそうだし、もう俺に飛びかかってくる様子もない。それならと、俺は布団の中に潜り始めた。

 もそもそと中に入って、こっそり布団から顔を出すと、ヴァグデッドはベッドの端に座ったままだ。

「……ヴァグデッド……その……眠らないのか?」
「俺、吸血の竜だよ?」
「でも、ずっと起きてるわけじゃないんだろ?」
「寝なくても平気」

 ……答えになっていないような気がする。答えたくないのか?

 よくわからない竜だ。

 もう寝てしまおう。

 そう思って布団に入るけど、そばにいるヴァグデッドのことが気になって仕方がない。すぐそばに、知らない男が座っていると思うと、眠りづらいじゃないか。ヴァグデッドは、ずっとそこにいるつもりなのか……?

 布団の中から、こっそり、まだベッドの端に座っているヴァグデッドを盗み見る。
 彼は、何か考えているのか、ドアのほうをじっと見ていた。まるで見張りだ。

 や、やっぱり何か来るのか?

「……あの……ヴァグデッド……」

 布団から目だけ出して、恐る恐る話しかけると、彼は俺に、振り向きもせずに言った。

「早く寝れば? 明日は庭の整備、するんだろ?」
「あ……うん。でも……あの…………その……ベッド、使わないか?」
「いらない」
「でも……その、寝る時くらいは……ゆっくりしたいじゃないか。俺はソファで寝るから……」
「……馬鹿?」
「え?」
「俺に付き纏われて、鬱陶しかったんじゃないの?」
「それはそうだが……」
「そうなんだー」
「あっ……あ、い、いやっ!! そ、そんなことはないっ……ちょっと怖いくらいだっ!! その……あ、お、お前は、魔物が近づいてきたら、分かるの……か?」
「気配がするから。わかるよ」
「だ、だったらっ……その……ま、魔物が出たら、俺にも教えてほしい!」
「嫌」
「なっ……なぜだ!? 教えてくれるだけでいいんだっ……! た、頼むっ……!」
「教える必要なんてない。そんなの、俺がすぐに食いちぎるから」
「え……?」
「あーー! 魔物だ!!」
「はっ……!? ど、どこっ……!??」

 布団から出て、あたりをキョロキョロと見渡す。けれど、魔物なんていなくて、部屋には相変わらず、俺とヴァグデッドだけ。

 おろおろしている俺に、ヴァグデッドは振り向いてニヤリと笑う。

「冗談。だけど庭の整備の時は、いっぱい出るんじゃない? 早く寝れば?」
「ふ、ふざけた冗談はやめてくれ!!」

 俺は本当に怖いのにっ!!

 布団を被る俺を見て、ヴァグデッドは笑い出してしまう。

 くそっ……! 馬鹿にしてっ……!!

 カッとなった俺は、そばにあった毛布を広げて、ヴァグデッドめがけて投げつけた。

 俺にできる、せめてもの抵抗だ。毛布なんか被ったところで、痛くも痒くもないしだろうし、せいぜい頭から被ったらちょっと前が見えづらくなる程度だろう。だけど、ちょっとくらい俺だって抵抗したい。さっきいっぱい追いかけられたから、今の俺にできるのは、せいぜい毛布を投げて相手をあったかくすることくらいだ。

 それを被って寝てしまえ!! そんな格好でベッドに座っていたら風邪をひくだろう!!

 俺も布団をかぶった。

 俺は怒っているんだ。だけど、ヴァグデッドがそこにいることで、どこかで安心してしまっている自分もいる。魔物が出る城に一人は怖い。

 怒っているはずなのに安心して、それでも自分の部屋に他人がいることが落ち着かない。それに、彼を勝手に見張り役にしてしまっているようで申し訳ないぃ…………

 もう、どうやって接していいのかも分からない。これだから俺はどうしようもない。

 じっと暗い布団の中にいると、やっぱりヴァグデッドのことが気になる。

 毛布を投げたのに、彼は、何も言わなかった。布団の中にいると、彼の姿は確認できないし、彼の声も聞こえない。

 お、怒ったのかな……? そもそも、ちょっと彼のことを頼りにしているくせに、毛布を投げるなんて、無礼だったかもしれない。
 それに、さっきウィエフの魔法から守ってもらった時だって、ちゃんとお礼も言わずに泣き叫んでいた。

 頭からかぶっていた布団をちょっとだけ持ち上げたら、部屋の照明が布団の中に入ってきた。

 布団の下から、まだベッドにいるはずのヴァグデッドを呼ぶ。

「あ、そ、その……ヴァグデッド…………そ、そこにいるのか? その、あ、あの…………そ、その……さ、さっきは……その……ウィエフの魔法から守ってくれて……あ、ありがとう…………」

 さっきは言えなかったお礼を呟く。

 あの時は怖くて言えなかったけど、ヴァグデッドがいなければ、俺はとっくに死んでいた。今も彼がいてくれて、少しホッとしている。魔物が出た時に、一人でいなくていいから。

「あ、あの……ヴァグデッド……うわっ!」

 突然、布団の中に、毛布の塊が滑り込んできた。それがモゾモゾ動いていて、中から小さな竜に姿を変えたヴァグデッドが出てくる。

「な、なんでっ……何してるんだ?」
「お前が、竜に姿を変えた俺に毛布投げてきたんだろ!! どういうつもりだよ!!」
「は!?? え!? 違う違う違う違う!! そ、そんなつもりじゃないっ……!」

 さっき適当に投げた毛布は、ちょうどその時に竜の姿になった彼に直撃したらしい。小さな竜の彼にしてみれば、体に覆いかぶさるようなものだったのだろう。

 だけど誤解だーー!! 俺はそんなことするつもりはなかったのに!
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