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12.黙ってろよ!
しおりを挟む俺は必死に逃げようとしているのに、ヴァグデッドは俺を逃してくれそうにない。
なんで急にこんなにキレてるんだ!? そこまで怒らなくてもいいだろうっ……!! 俺は絶対に、そんなに悪いことしてない!!
こんな竜に捕まっていたら、絶対にすぐに食われてしまう。
「は、離せっ……! ヴァグデッド!!」
「……うるさい…………大人しくしてないと、殺す」
「ひっ……」
震え上がった俺は、言われた通り、すぐに大人しくした。
すると竜は微かに笑って、痛いくらいに抱きしめていた腕を、やっと少し緩めてくれる。
「……そんなに臆病なくせに、何で俺のこと連れて来たの?」
「だ、だってそれは…………ち、血のこととか……ぬか喜びさせちゃったし……ま、待てよっ……! お、俺がお前を眠らせて逃げたこと、知ってるのか!?」
「……知ってるよ」
「な、なんで…………お、俺の魔法で寝てたんじゃないのかっ……!? さ、さては最初から起きてたな!?」
「起きてた。あの程度の魔法、俺には効かないから」
「……」
ぬか喜びは俺の方か。自慢の魔法だったのに、俺はバカだ。
ここに来てから、自分の馬鹿を自覚することばかりじゃないか。俺は必死だったのに。だったら最後まで寝たふりしていてくれればいいだろう。人をからかった挙句脅すとは、なんて極悪な竜だ。
すぐに城を壊すような乱暴者が二人になってしまった。しかも俺は、俺の体を食いちぎると言った竜に捕まっていて、出会ってすぐに、人を殺せる魔法を放った男に睨まれている。
助かったというより、ますます大きな危機が襲ってきただけだ。
ウィエフが俺たちを睨んでいる。このままでは、何をしてくるか分からない。
とにかく今は、この危機から少しだけでも逃れる方法を考えなければっ……!
俺は、ウィエフに向かって、できるだけ声を張り上げた。
「あ、あ、あのっ……! 俺っ……な、何かしましたか!? き、き、き、急に、こ、こんな……こんなことされるいわれ……な、ないような気がする……んですけど…………」
「されるいわれがない? 私の行動を見張っていたくせに……」
「なんの話ですかっ……!? 俺は何もっ……何もしていません!」
「なぜあなたは、私がその竜の食事を用意することを知っているのです?」
「え? だ、だって……」
前世の知識で……とは言えない。嘘をついたと思われたら、ますますウィエフを怒らせる。
ウィエフがいつからヴァグデッドを利用しようとしていたのかは知らないが、もしかしたら、計画の一端を知られたと勘違いしたのかもしれない。
だが、だからと言って、いきなり人を死に至らしめるような魔法を放つのはよくないだろう! ヴァグデッドが庇ってくれなかったら、俺は頭ごと燃えていたんだぞ!
「だ、だから、それはその…………な、なんとなく……他に知っていることがあるわけではないです!」
「…………は?」
「あっ……」
しまった。余計なことを言ってしまった。
ますます焦っていると、俺を抱きしめたままのヴァグデッドが、平然と言った。
「食事のことは、俺が頼んだんだよ。フィーディに」
「……あなたが?」
「俺はフィーディが気に入った。だからこれから食事の用意はフィーディにしてもらう」
ニヤニヤ笑いながら言うヴァグデッド。
俺を気に入っただと!? またそんなすぐにバレる嘘をっ……!
ウィエフに嘘をついてはいけない。すぐにバレて、不信感を持たれたら、後で恐ろしい反撃をされる。
他人を寄せ付けることを嫌い、常に警戒を怠らないウィエフは、気難しくてその内面が読めない人だ。
彼には、「信じてください」も、言ってはいけない。彼にとってそれは、無理難題であるとともに、信頼を押し付けられたような気になるらしい。
それくらい、彼にとっては信頼も嘘も恐怖なんだ。
今度こそ、俺まで一緒に吹っ飛ばされる。慌てた俺は、ヴァグデッドに振り向いて泣きそうになりながら言った。
「ば、ばかっ……! この馬鹿っ!! は、早く訂正しろ!」
「なにを?」
キョトンとして首を傾げるヴァグデッド。彼に抱きしめられた俺の体が、微かに温かくなって、回復の魔法をかけられたんだって分かった。さっきのウィエフの魔法で負った、小さな火傷が癒えていく。
だけど、なんでこんなことをするんだ。俺を庇って回復して、どうするつもりなんだ?
考えがまとまらない。疑いを晴らさなくてはならないのに。
「き、気に入ってるなんてっ……! お前は俺を弄びたいだけだろう!」
怯える俺が面白いのだろうか。俺は竜に捕まってウィエフに睨まれて、怖くて仕方がないのに。
ウィエフは、ヴァグデッドを睨んで「恩知らずな竜め」なんて悪態をついていたけど、しばらくして、分かりました、と呟いた。
「では、フィーディ。その竜を頼みます」
……あれ……? 思っていたより、ずっと簡単に了承してくれた……? ヴァグデッドの話していることは絶対に嘘なのに、どうしたんだろう……
「は、はい…………ま、任せてくださ……い……」
……成り行きとはいえ、本当に俺が竜の面倒を見ることになってしまった……
もうこうなったら、腹を括るしかない。
俺は、ヴァグデッドの服をグイッと引っ張って、そいつを見上げた。
「あ、あのっ……!」
「なに? 嫌だなんて言わないよね?」
「う……い、言わない……食事は俺がなんとか……で、出来る範囲でなんとかするからっ……! あのっ……血はなしで……!! ぬ、盗みもなしだ!! 俺の命に関わるんだ! た、頼むっ! た、頼むからっ……!!」
「いいよ」
あっさり返事をされて、ホッとしたけど、やっぱり、楽しんでいるとしか思えない。
ますます泣きそうな俺を、ウィエフは睨んで言った。
「城であったことの報告は、私がします」
「へ!?? で、でも……」
「いつもどおりヴァグデッドが暴れて城の廊下が破壊されて、これからは、ヴァグデッドの食事はあなたがする。それでいいですね?」
「え……えっと……は、はい……」
「分かりました。それでは、あなたはその竜を頼みます」
「わ、わかりました……」
返事はしたけど、ウィエフは多分、聞いていない。彼はすでに俺たちに背を向け、歩き出してしまっている。
追いかけて止める度胸もない俺は、一人楽しそうなヴァグデッドと共に、彼の背中を見送るしかなかった。
どいつもこいつも、一方的すぎる……
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