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9.会いたくなかった……
しおりを挟む眠りの魔法は、俺が身につけることができた、数少ない魔法の一つ。
俺はこの魔法が気に入っている。
相手を傷つけずに無力化できるし、敵意があるとは思われにくい。
しばらくの間、相手の意識を奪うことができる俺の得意な魔法だ。
そして今は、それを自分にかけて眠りたい。全てなかったことにして、眠ってしまい。
それなのに、ぐっすり眠っているのは、すべての元凶の竜で、俺の目の前には、その竜に破壊されてボロボロになった廊下。
どうしよう……
いや、落ち着け。
そもそも、この竜が全部悪いんじゃないか!! 廊下を破壊したのも、俺を追いかけてきたのも、盗みなんて言い出したのも、全部この竜だ! そうだ。俺は悪くない!
この竜が目を覚まさないうちに、城主、ルオンのところへ行って、竜の悪事をぶちまけてやる!!
そもそも俺は、ヴァグデッドのことを告げ口しようとしていたんじゃないか。
まだ震えている足で立ち上がろうとしたけど、足は動かない。怯えているからだけじゃない。迷ってるんだ。
竜のしたことを全部話すつもりでいたけれど、そんなことをしたら、ヴァグデッドは絶対めちゃくちゃ怒る。そしたら俺は、今度こそあの爪で頭を飛ばされて殺されるのでは……?
まだ寝ているヴァグデッドを見下ろす。その姿を見ただけで怖い。今は寝ているけど、起きたら何をされるか、考えたくもない。
いや、怯えている場合じゃない。俺の馬鹿! こんな竜はここに置いて、城主にこいつのやったこと全部話して、この竜のことは、もっと厳重に監禁してもらえばいいんだ!!
だからこんな竜、さっさと置いていかなければ…………
もう一度、寝ている竜を見下ろす。
なんで動けないんだ……っ!
そして俺は、その小さな竜を拾い上げてしまった。
ヴァグデッドはぐっすり眠っている。下手くそな魔法だけど、彼にはよく効いたみたいだ。
クッションの件は知らなかった。俺には絶対に、敵意はない。起きたらそれだけ分かってもらおう。
ヴァグデッドも俺も、しばらくこの城で一緒にいる。だったら、出来るだけトラブルは避けたい。あと、こんな竜に恨まれたくないっ……!
廊下はボロボロ。城主に何があったのか報告しないといけない。
全部知らん顔して黙っていたいが、それは無駄だろう。ヴァグデッドが話したら終わりだし、問い詰められたら俺はあっさり吐く! 黙っている根性なんてないしなー……俺。情けない……
話すなら、ヴァグデッドも連れて行った方がいい。この無茶苦茶な竜をなんとかしてもらわないと、俺の命は多分、明日にでも尽きる。
城主に廊下を破壊したことを話して、ヴァグデッドには、血でも盗みでもないもので手を打ってもらう。
城主は攻略対象で、対応さえ間違えなければ、きっと力になってくれるはずだ……多分……というか、もうそれ以外に、どうしていいのか分からない……
俺は、一人で竜を抱きかかえて、ビクビク怯えながら、トボトボと廊下を歩いていた。
幸いなことに……いや、幸いなのかどうなのかは分からないが、ヴァグデッドはぐっすり眠っているようで、俺の腕の中で気持ちよさそうに目を閉じている。
なんでこんなことになったんだ……やっぱり俺は、悪役になる運命なのか……? いや、ゲームのフィーディは、廊下を破壊したりはしていない。
眠っているヴァグデッドが、なんだか呑気で羨ましくなりそうだ。
なんで俺はこんな怖い竜を抱いて歩いているんだ。こんな竜が俺の手下なんて、何かの悪い冗談だ。
成り行きで俺がこいつの手下ってことになっちゃったし、これからどうなるのか、考えたくもない。
目を覚まして、また盗みだ血だって言い出したら……血だけは、領主に俺が掛け合うから、それでなんとか納得してもらうしかない。
トボトボ歩く俺だけど、後ろから絶対に聞きたくなかった声が聞こえた。
「……フィーディ・ヴィーフ」
嘘だ……この声は……
ビクビクしながら振り向いたその先には、一人の男が立っている。
金色の長い髪の、背の高い男で、どことなく冷たい深緑の目で、俺を見下ろしている。いつも表情が読めなくて、優雅な身のこなしの貴族の男、ウィエフだ。
今はまだここに来ていない、攻略対象の王子の護衛をすることになる人で、国一といわれた魔力の持ち主。王城に仕えていて、そこでは魔法使いの部隊に魔法を教えたりしている。魔法の研究にも熱心で、たびたびこの城を訪れているらしい。
今回彼がここにいているのは、王子がこの城を訪れる前に、島に溢れる魔物の数を減らすためだ。
だけど、彼は本当は、王家のことをひどく嫌っている。
王子のことも憎んでいて、いずれ王都に暴虐な死の魔法をかけ城と城下町にいた人を死霊に変えて王族を虐殺しようと企む。つまり、主人公からしたら、彼も悪役。
けれど彼は、主人公と出会い、王子と和解、最後には俺の前に立ち塞がり、魔物の攻撃を防ぐための盾になって負傷し、主人公と王子の婚約の式典を陰ながら見守る。
序盤では、王子にまとわりつく主人公なんか、魔法を使って追い払うような人で、公爵令息である俺に対しても、態度は最悪。
王子にも仕えるふりをしながら、その背中を魔法で貫くチャンスを窺っているはず。
出来るだけこの人には会いたくないのにっ……なんで会っちゃうんだよー……
この城に来た時に挨拶をされたけれど、怖くて怖くて、何を言われたのかすら、ほとんど覚えていない。多分簡単な自己紹介だけして、それ以降は、何も話していない。
適当にあしらって、さっさと城主様に会いに行こう……
「こ、こんばんは……」
とりあえず、愛想笑い。だけど多分、めちゃくちゃ笑顔が引きつっているんだろう。
必死に平静を装い、下手な挨拶をしてみるけど、ウィエフからの返事はまるでない。
ゲームと変わらず、令息に対する態度は最悪だ。怖い……
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