7 / 96
7.冗談はやめてくれ!
しおりを挟む色々と言いたいことはある。だけど、俺とこいつがやり合って、俺が勝てるはずがない。魔法もろくに使えないし、剣術もまるでダメな俺なんだから。
ヴァグデッドは、クルンと回ってまた小さな猫くらいの大きさになって、楽しそうに笑う。
「よかったー。素材がある部屋には、竜を寄せ付けないための鍵がかかっているんだ。フィーディが手伝ってくれるなら助かるよ」
「あ、あはは……お、お役に立てて何より…………」
この竜……自分が世話になっている城から盗みを働こうとは! 下っ端の悪役め!!
俺はこんな奴を助けて、盗みの片棒を担ぐなんてごめんだ。今はこいつの手下になってやるけれど、こんな竜を助ける気はない! 盗みも悪役もどっちも嫌だ!!
情報の少ないヴァグデッドだけど、一つ、分かっていることがある。確かこの竜、城主のルオン・フォークに手綱を握られているはずだ。
ヴァグデッドがここに来たのは、王国で暴れたからで、城主はヴァグデッドが逃げ出さないように、その行動を見張っているはず。
見てろよ……手伝うふりをして、告げ口してやる!!!! 胸を張れるような計画ではないが、俺はバッドエンドを逃れるためなら、卑怯でもいい!
……こんなところが、また悪役な気もする。だけど、俺にできることなんて、その程度だ。
「い、行こうっ……! 素材の部屋は……こっちだよな!?」
前世の知識で、目的のものがある部屋の方を指すと、ヴァグデッドはますます楽しそうに笑って、羽をパタパタ動かしながら、空中でくるくる回る。
「すごーい。なんで知ってるのー?」
「は!?? あ、いや……し、知っているわけではないんだ。その……こ、ここに来るまでに、ここの城のことは予習してきた! だから知っているだけだ!」
「ふーん……この城の素材の部屋の場所は、限られた人しか知らない秘密なんだけどなー」
「へっ……!? あ、いやっ……その、城の地図を見たときに、何の部屋か分からない部屋があったような気がしてー…………」
「そうなんだー。地図なんて渡してないけど」
……もう黙れ、俺。ますます怪しまれている。変に怪しまれて、今度は最初から盗み目的で来たんだろうなんて言われたらどうするんだ!!
「そ、それより、素材ってなんだ? お、俺も興味がある! 話してくれないか!?」
と、話を逸らしてみる。
しかしヴァグデッドは、自分で盗み出せなんて言っておきながら、そっぽを向いた。
「それは後で教えてあげる」
「そ、そうか……だが、盗みなんて……な、何に使うものなんだ? 盗むくらいなら、俺が城主様に頼んで……や、やろうか?」
慣れない親しげな会話で舌を噛みそうだ。しかも相手が恐ろしい竜だと、舌くらい噛みちぎるかもしれない。
頑張って笑顔だって作ってみたのに、ヴァグデッドは、小さな竜とは思えない迫力で俺を睨む。
「……本気で言ってる? 城主は、俺をここに軟禁するように言われてるんだよ?」
「な、軟禁……? な、なんのことだ?」
分からないふりをして聞いてみる。
城主のルオン・フォークは、国王から暴虐な竜、ヴァグデッドをこの城から出さないように言い付けられている。絶海の孤島であるここは、乱暴な竜を繋いでおくのに、ちょうどよかったらしい。
ヴァグデッドは今、吸血を制限されて、魔力もあまり使えない状態でここに封じられているんだ。
そんな目的で使われているから、この城は監獄なんて呼ばれてしまうんだろう。早い話、ここは王国が抑えておけないような悪人を押し込めておく場所なんだ。
前世の知識で知っているけど、そんなの勘繰られたら、ますます怪しまれる。
ヴァグデッドにとっては不愉快な質問になってしまったかと思ったが、彼は、ニヤリと笑って言った。
「悪行の末にここに連れてこられたのは、君も俺も一緒だろ? 義理の兄弟を殺して、召使を手篭めにしようとした君が、そんなことを言うとは思わなかった」
「はあ!?? て、手篭め??!! なんだそれ!!」
なんだその言われのない汚名は! 冤罪もいいところだ!!
義理の兄弟を殺すなんて怖いこと、できるはずがないし、まして手篭めなんて、あり得ない。こう見えて俺は、自慰でしか出したことないんだからなっ! ……何を言っているんだ。俺は……
とにかく、人が苦手で、できるだけ関わりたくない俺に、そんなことできるはずがない。なんでそんなことになってるんだっ……!!
「じ、冗談はやめてくれっ……! 俺は誰も手篭めになんかしないし、そもそも、義理の兄弟暗殺を企んだなんて話も、誤解なんだ!!」
「ふーん……公爵様は、君をここに一生幽閉しておいて欲しいって、城主に頼んだみたいだけど?」
「…………」
嫌われていることは分かってたけど……そんな風に頼んでいることは知らなかった。そういえば、二度と帰ってくるなって言ってたな……
肩を落とす俺が、落ち込んでいると思ったんだろう。ヴァグデッドは、わざわざ俺の前に回り込んできた。
「そう落ち込むなよ。俺だって、ここから出してもらえない身なんだし? 仲良くしよう?」
「……お前は竜だろ? 逃げようと思えば、その魔法の力を使って逃げられるんじゃないのか?」
「そうだけどー……ここも居心地いいから」
そう言って、ヴァグデッドは俺の前でまたクルンと一回転。機嫌がいいとそうするのかな……
そいつは、楽しそうに前を飛んでいく。こいつみたいに割り切れたら、俺ももう少し楽しかったのか?
けれど、「君も俺と一緒」と言ったそいつの背中をじっと見ていたら、だんだん辛くなってくる。
こいつは、出会ってすぐに俺を脅した奴だ。今だって、何をするか分からない。そんな奴、どうなったっていい。今は、他人のことを気にしている場合じゃないんだ。
前を飛ぶ竜に、トボトボついて行く。
少しも行かないうちに、ヴァグデッドは黙ってしまい、俺も黙る。静かだと、悪いことばかり考えてしまいそうで、俺は恐る恐る、そいつに話しかけた。
「…………あ、あの……ヴァグデッド……素材って、何に使うんだ?」
「んー……? 魔法の強化……かなー…………」
振り向きもせずに答えるヴァグデッド。
そのくらいなら、盗みなんて必要ないだろ!
我慢できなくなって、俺はそいつに手を伸ばして、その尻尾を掴んだ。
突然そんなところを強く握ったものだから、ヴァグデッドは、初めて驚いた様子で俺の手を振り払う。
「うわっ……何っ!? 尻尾に触るなっ!! そんなところ握って、どういうつもりだよ!!」
「え!!?? あ、ああ……ごめん。わ、悪気はなかったんだ。許してくれ…………ただ、その……」
「なに? 次やったらその腕食いちぎるから!」
「それはやめてくれ…………う、腕はダメだが……その……」
「なに? 手下のくせに、早くも反乱?」
「ち、ちがっ……!! そうじゃない……ただその……」
恐る恐る、俺はそいつに左手を差し出した。怖くて怯えているせいで、握りかけの拳みたいになってしまい、ヴァグデッドは首を傾げている。
「なに……? 喧嘩売ってる?」
「違う違う違う! な、なんでそうなるんだ! ま、魔法の強化がしたいんだろっ……!? そ、それなら、お、俺の血をやる……吸血鬼の血を引くお前なら、血を飲めば、魔法も強化されるはずだ……そ、それで手を打ってくれ……ぬ、盗みなんかやめて!」
「……」
「……こ、ここが気に入ってるなら、そんなことしない方がいい。お前は追い出されるの、嫌じゃないのか!? 俺はあんなところ、いたくなかったけど、ひどく糾弾されて摘み出されたら辛いっ…………だ、だ、だいたい、そんなことしたら、今度はもっと酷い処分を言い渡されるかもしれないんだぞ!」
「なに? 同情?」
「ちがっ…………! そうじゃなくて、俺のせいでお前がそんな目に遭うの、嫌だって言ってるんだ! 城主にバレたら、こうやって自由に出歩くこともできなくなるかもしれないだろ?」
「………………」
だってそんなの、なんとなく寝覚め悪いじゃないか!
けれど、ヴァグデッドはジーーっと俺の手を見つめているだけで、血を吸おうとはしない。そして、ニヤリと笑う。
「君のせいではないと思うけど……だって俺が言い出したんだし。君は面白い人だなあ……」
「か、からかうな……」
「……」
な、なんだか、そんなに顔を近づけられると落ち着かない。
一歩二歩と後ずさる俺に、そいつもゆっくりついてくる。というか、迫ってくる。
なんなんだ……
ついに、背中に壁が当たった。逃げ場がない。
そもそも、なんで俺は逃げているんだ? そんなに気に食わないことを言ったか?
「あ、あの……あ、あんまり近づかないでくれ……」
「なんで? 血をくれるんだろ?」
「あ、あげるけど、手から……」
「えー? 手?」
「な、なんだよっ……! 不満か? と、とにかくっ……!! 盗みはできない!! 俺の評判に関わる! 俺は下手すると断罪される運命なんだよっ……! お、お前もだからなっ!!」
「俺が? もうされてるけど?」
「あっ……そうか…………」
「……君さー。分かってる? 吸血を制限されている俺に血をあげたりしたら、君も処分されるんだよ?」
「は!!?? え!? そ、そうなの!? は、早く言えよ!」
「だから、今こうして教えてあげただろ?」
「ま、待ってくれ! そ、それならダメだ!! ち、血は待って……べ、別の方法を考えよう!」
慌てる俺を見て、そいつはますます楽しそうに笑う。
なんだこいつ……! さっきから絶対、俺を見て楽しんでるだろ!! ゲームでは俺に、乗り物にされていたくせに!!
それなのに今は、俺の鼻先まで近づいてきて、壁に背中を貼り付けて怯える俺を、笑いながら見上げている。
「血をくれるんだろ?」
「や、やっぱりだめ! そ、そんな事情があるならダメだ! た、ただでさえ俺は悪役なのに……これ以上何かしたら殺される!! お前だって、断罪されるぞ!」
「だから、もうされてるんだって」
「いや、でもっ……!」
俺の馬鹿野郎。こんな奴に同情するから、こんなことになるんだ。
もう今にも竜の牙が、俺の首に触れそう。
吸われたら俺も断罪……それは嫌だっ……!
「じゃあ、いただきまーす」
「ま、待って……やっぱりだめ!!」
焦った俺は、竜を突き飛ばして逃げ出した。
くそっ……! 馬鹿なこと言うんじゃなかった!!
94
お気に入りに追加
769
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる