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chap13.最後に訪れた朝
282.二人の逃亡
しおりを挟むフィズは、シグダードと共にダラックに乗って、廊下に飛び出した。
「誰かっ……!! 誰かいないんですか!!??」
走るダラックの背中で、思いっきり声を張り上げると、やっと兵士たちが走ってくる足音がした。
二人を乗せて、ダラックはスピードを上げ、城の廊下を走って行く。
フィズが一度後ろに振り向くと、兵士たちがチュスラスの部屋に飛び込んでいくのが見えた。彼らのことは、兵士たちが何とかしてくれるだろう。
ダラックの手綱を握りながら、シグダードがフィズに叫んだ。
「フィズ!! ヴィザルーマには、何もされなかったか!?」
「させません! 毒も解毒薬も手に入れました!! 今は、ヴァルケッドさんに預けてあります!!」
「よくやったぞ! こっちも成功だ! あの水の玉はなんだ!? チュスラスのものか!?」
「カルフィキャット様が、チュスラスの寝所で撒いたようです! ヴィザルーマ様に渡されたみたいで……」
「最後の最後まで人を使って暗躍かっ……ゲスめ!!」
「城下町に急ぎましょう!! 領主様の城に出たあの水の玉が、街にまで広がってしまいます!」
「……分かっている!」
しかし、廊下を疾走する白竜は、城の中では目立ちすぎたらしい。すぐに兵士たちがフィズたちの方に気づいて走ってくる。
「フィズっ……! 貴様っ……!! なぜここにっ……!」
追ってくる兵士たちに、フィズは振り向いた。
「や、やめてください!! こんなことをしている場合ではありません!! ま、町に……町に水の玉が逃げて行きました!! このままだと街が破壊されてしまいますっ……は、早く行ってください!!」
「水? 何を言っているんだ!!」
「早くっ……お願いします!」
必死の言葉もなかなか伝わらず、兵士たちはしつこくフィズたちを追ってくる。
その時、廊下の向こう側から、リュドウィグが駆け寄ってきた。
「フィズ!! 何やってんだ!! 早く逃げろ!!」
「リュドウィグさん!! 街に行ってください!! カルフィキャット様の毒が撒かれてしまいました!! このままだと、水の玉が街で暴れてしまいます!!」
「なんだと……!? ……分かった! それは任せて、お前たちは行けっ!!」
「え……!?」
「城を出て、城下町から離れるんだ!!」
「そ、そんなっ……水の玉が暴れているかもしれないのにっ……!」
「忘れたのか!?? お前ら捕まったら死刑なんだぞっ……!!」
「でもっ……!!」
「でもじゃない!! そんなことしてて捕まったらどうするんだ!! ここを守るのは、俺たちの役目なんだよ!!」
するとダラックは、スピードを上げてリュドウィグの横をすり抜けて行く。
振り向けば、背後でリュドウィグが兵士たちを叱りつけていた。
「お前たち!! 何をしているんだ!! こんなことしてないで、城下町に迎え!!」
「た、隊長!? しかしっ……そこに死刑囚のフィズがっ……!!」
「あいつらはそんなんじゃないっ……!! お前たちの方こそっ……!! 恥を知れっっ!!!!」
彼のあまりの勢いに、そこにいた兵士たちは怯んでいる。
その隙にダラックは、そばにあった部屋に飛び込んで、二階のバルコニーから飛び出していった。
「だ、ダラックさんっ!! あ、あんまり無茶しないで……!」
フィズが叫んでも、ダラックはどこか得意げだ。
「こっちの方が早いだろ! フィズ!」
そう叫んで、ダラックは城の屋根を駆けて行く。城壁の歩廊まで飛ぶと、軽々と城門を超え、城の前の広場に飛び出していった。
*
突然飛び降りてきた白竜に驚いて、朝の通りを歩いていた住人たちが逃げて行く。
けれど一人の男は、シグダードたちに駆け寄ってきた。小さなカゴに新聞とパンを詰めたジェットだ。
「し、シグっ……! 帰ってきたの!? だ、ダメだよっ!! 兵隊たちがシグたちを探しているのにっ……!!」
「お前こそ、早く逃げろ!! 街に妙な水の玉が撒かれているぞ!!」
「そ、それって、向こうでジョルジュ様が戦っていた、あれ?」
「知っているのか!?」
「さっき見たよっ!! ジョルジュ様が戦ってる! む、向こうのほう!!」
彼は、大通りの方を指している。その指に、空から小さな水の玉が落ちてきてまとわりついた。
「うわっ……! なにこれ!!」
「ジェットっ!!」
彼の指に落ちた水の玉は、一気に膨らんで、彼に襲いかかる。
けれどそれを、ジェットは持っていたカゴで叩き割った。
彼があっさりあの水の玉を破壊するものだから、シグダードはひどく驚いた。
「何だ……その危ないカゴは……何が入っているんだ?」
「あ、危なくないよ!! それより、追われてるなら、早く逃げて!!」
「何!?」
「ぼ、僕なら大丈夫!! ジョルジュ様が、いいもの渡してくれたんだ!」
彼は、カゴの中から、ウネウネと動く根のようなものを取り出す。
「……何だその気味の悪いものは。お前、そんなものを売っているのか?」
「変なこと言わないで!! ただでさえ誰も買ってくれないのに……これは、ジョルジュ様にもらったんだ!! 水の玉に対抗できるからって言って……!」
「そうか……それは、私がバルジッカに渡したトゥルライナーの破片か」
「これがあれば、水の玉が飛びかかってきても大丈夫だって……! だから行って!! シグは捕まったら死刑になっちゃうんだろ!?? あの人たちは、僕が止めるから!」
彼は、城の方を指差している。その門を開いて、何人も兵士たちが飛び出してきた。
「くそっ……!! しつこい奴らだ!!」
悪態をつくシグダードに、ジェットが叫ぶ。
「し、シグっ……! 早く行って!」
「ダメだっ……! 馬鹿なことをすれば、お前が罪に問われるぞ!!」
「僕なら大丈夫!」
「そうじゃないっ……! 私はっ……! シグダードだっ!!」
シグダードが叫ぶと、ジェットは少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。
「うん。ジャックに聞いた」
「……何…………?」
シグダードには、信じられなかった。
彼らにしてみれば、シグダード・キラフィリュイザは、グラスに奇襲を仕掛けた、敵国の王であるはずなのに。
それなのに、彼は大通りを指して叫ぶ。
「早く逃げて!! あ! 後で新聞代、払ってね!」
「新聞!? 何のことだ?? 覚えがないぞ!!」
「処刑の日にシグが勝手に読んだ新聞だよ! おかげで僕、雇い主にすっごく怒られたんだよ!! お金出して!!」
「…………金はない……」
「なんで王様なのにお金もないの!? 金貨くらい持ってないの!?」
「うるさいぞ! カネカネと!! ケチな連中だ! 金の代わりに今よりいい職場を紹介してやる! それで手を打て!!」
「それ……僕に払わせようとしてるだろ!!」
「少なくとも給料だけは今より出る……多分な!」
「…………約束だからね。早く行って!」
彼に強く言われて、シグダードはダラックに「行くぞ」と告げた。
大通りの方へ走って行くダラックに向かって、ジェットは手を振っていた。
「シグっ……!! リリファによろしくね!!」
そう叫ぶと、彼は城から飛び出してきた兵士たちの方に走って行く。そして彼らに、町の大通りに水の化物が出たと叫んでいた。
シグダードたちを乗せたダラックは、街の中を走って行く。
リリファラッジの処刑の朝、シグダードがジャックたちとヴィフを連れて、朝食を取った屋台が見えた。
そこで、ズウィンが驚いて買ったばかりのサンドイッチの袋を持って後ずさるのが見えた。隣には、彼に似た男が立っている。彼が会いに行こうとしていた弟だろう。
ズウィンは、シグダードたちに気づいて手を振って叫ぶ。
「無事だったのか!! シグ! 悪運強いなーーーー!!」
「うるさい!! そんなところで食ってないで、隠れてないと見つかるぞ!!」
叫ぶシグダードに、ズウィンはずっと手を振っていた。
大通りを走る白竜に乗ってジョルジュを探すが、なかなか見つからない。
人が少なくなった街道の向こうに、街の門が見えてくる。その門を塞ぐように、あの雷を撒き散らす鳥が何羽も飛んでいた。その背中が大きく盛り上がり、塔のような形になっていく。
「ちっ……!! 面倒なものを作ったな……」
苛立ちながら、シグダードは手を握った。まだ魔法の力は戻っていない。水の魔法も雷の魔法も使えそうにない。
剣で切り裂こうかと思ったが、塔は目の前で崩れていく。
飛び回る塔を剣で破壊しているのは、ジョルジュと、彼と共にいた兵士たちだ。彼らは、数を武器に塔に襲い掛かり、塔は瓦礫になって地面に落ちて行く。
ダラックが足を止めると、ジョルジュは嬉しそうにシグダードに駆け寄ってきた。
「シグっ……フィズ!! よかった……無事だったか……」
「お前の方こそっ……! お前、本当に隊長だったんだな……」
シグダードが、彼の周りに集まった兵士たちを見渡しながら言うと、さすがにジョルジュも嫌そうな顔をする。
「他に何だと思っていたんだよ!! お前は!!」
「少し驚いただけだ。それより水の玉の被害はどれだけ広がっている?」
「それなら今、リュドウィグの隊の奴が確認して、城の方に報告している。城にはストーン様が戻ったらしい」
「ストーンが!?」
「ああ。すぐにリュドウィグの方に援軍が来る。お前らは今のうちに、街を離れろ!」
「だがっ……!! 街に水の玉が撒かれているんだぞ!」
「そっちは俺たちがなんとかする!! お前らはさっさと逃げろ!! 捕まったら死罪だぞ!」
「だがっ……!」
「ぐずぐずすんな! 失せやがれ!! 英雄にでもなるつもりか!? んなもんいらねえ! 俺たちだって、あの森で水の玉と戦ってたんだ!! お前らが捕まるのが、一番めんどくせえんだよ!」
「お前はどうする!? お前も、私たちに手を貸したことを咎められるんじゃないのか!?」
「ストーン様が守ってくださる! 城ではすぐに、水の玉とあの雷の塔の処分のための部隊が結成されるはずだ!! 行け!! お前らが死ぬなんて、俺は嫌だ!!」
言われて、シグダードは手綱を握りしめた。逃げなければならないのに、迷うシグダードの方に、一人の男が走ってくる。
「シグ!!! フィズーーー!!!!」
叫んで駆け寄ってくるのは、ジャックだった。
「よ、よかった……間に合って……」
「お前……なぜここに……?」
「ズウィンに聞いた! 忘れもんだ!!」
彼は、ボロボロの財布と、小さな袋を渡してくれる。シグダードが、あの作業所に置いてきたものだ。
「わざわざ……持ってきたのか……?」
そんなもののことを、シグダードはすっかり忘れていた。
空だったはずの財布に何かが入っているようで、それを開くと、中から出てきたのは、死んでも払えと書いてある請求書。リブの店の修理代らしい。
「……必死に走ってきたかと思えば……こんなもの持ってくるな!!」
「つけは払えってさ」
「つけ!? 私は働いてやったんだぞ!! 給料を貰う側じゃないのか!?」
「お前が喧嘩して割った皿と、壊したテーブルと、トゥルライナーだのなんだのに襲われて破壊した店の壁とか床とかドアとかの修理代らしい」
「……うるさい男だ……いつか払う……」
「約束だぞ。いつか、ちゃんと払いに来いよ」
どこか寂しげに言ったジャックに、シグダードは、最後に振り向いた。
「ちゃんと払いに来る……」
「んなこといいから、早く逃げろ!! 兵士たちが来るぞ!」
「だがっ……! ここはどうする!?」
「舐めんな!! お前は俺らにダチの処刑見せつける気か!!??」
「ジャック……」
請求書を見下ろす。少し歪んだような文字は確かにリブの文字で、それを見ると、あの酒場のことを思い出した。
「……リブは……無事なのか?」
「あいつなら、向こうでお前ら探してた兵士たちに、出鱈目な方向教えてるよ。さっさと逃げてつけ払え」
「お前が言うな!! お前だって払っていないだろう!! こんなものっ……!!」
ぐしゃぐしゃに丸めたそれを、投げつけるつもりだったのに、手の中から離せない。腹立たしいはずなのに、勝手にそれをポケットの中に突っ込んでいた。
「私に言う前に、お前の方が先に払え!!」
「俺はもうちょっとだけ払いましたー」
「く…………自分だけ……覚えてろよっ…………ジャック……」
「なんだよ?」
「…………元気でな」
それだけ言って、シグダードは、ダラックを走らせた。
背後では、ジャックと共にジョルジュが手を振っている。
「シーグーー!! もう暴れるんじゃねえぞ! フィズ!! シグのこと、頼んだぞ!!」
その言い方が気に入らないシグダードは、彼に振り向いた。
「おい! ジョルジュ!! それはどういう意味だ!!」
「うるせえ野郎だな!! 早く行けよ!」
門が開いていく。そこには、アメジースアとアロルーガもいた。門を開いたのは彼らだろう。
アロルーガは、ひどく迷惑そうに、門の外を顎で指していた。早く出ていけと言わんばかりだ。
追い立てられて逃げて行くのに、涙が溢れそうだった。
そんな顔は絶対に見られたくなくて、顔を上げられなくなったシグダードに、フィズが慰めるように言った。
「シグ……泣かないでください……」
「な、泣いていない!! ふざけた請求をされて、腹を立てていただけだ!!」
彼に隠れて乱暴に涙を拭うと、手のひらに微かに、魔法の力が戻る。
手を振り上げると、小さな魔法の光が手のひらにいくつも灯り、周りに雫が舞って、シグダードの頬を濡らしてくれた。
なんとか頬を流れるものを誤魔化せて、シグダードは少しホッとした。
それなのに、背後から微かに笑う声がする。
振り向けば、舞っている雫を見て、フィズは微笑んでいた。
「やっぱり綺麗です……この魔法……」
「な、なんだっ……!! 今更っ……! 私が水を贈った時は笑ったくせに!!」
「だってあれは、あなたの水の魔法が綺麗って言っただけで……水そのものが好きって言ったわけじゃないんです」
「は!? そ、そうだったのか……!?」
「それなのに……毎日コップに入った水を贈り物にしてくれるから……変な人だなあって……」
「だ、だったら、そう言え!! わ、私はてっきり……お前が……喜ぶと思ったのに……」
真っ赤になるシグダードの後ろで、フィズはくすくす笑っている。
恥ずかしくてますます俯いていると、その丸まった背中は、彼にぎゅっと抱きしめられた。
「…………あの時は分からなかったけど……私は、あなたのそういうところが好きなんです……」
囁く声に慰められているようで、恥ずかし紛れに、ダラックに急ぐように言う。
二人を乗せて、白竜が走っていく。
あの塔が撒き散らした雷の音は、もう聞こえなかった。
不安定な魔法の雨もすぐに止んで、かすかに濡れた大地を蹴って、竜は門の外へ走り出す。
一度だけ振り返ると、門に集まった面々が手を振っているのが見えた。
力一杯手を振るフィズと共に、泣き顔を隠すことを諦めたシグダードも、いつの間にか手を振っていた。
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