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chap13.最後に訪れた朝

276.王の言葉

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 ヴィザルーマに毒を渡されたカルフィキャットは、後ろ髪を引かれる思いで、ヴィザルーマの隠れ家を後にした。

 途端に心がモヤモヤする。

 ヴィザルーマは、フィズを処刑するべきだ。ずっとカルフィキャットは、そう訴え続けてきた。それなのに、いつまで経ってもフィズは生きている。

 こんなのおかしい。

 そう思うが、カルフィキャットはヴィザルーマを疑うことをしない。
 ヴィザルーマは、いつか必ずフィズを処刑してくれる。そう信じているから、焦る必要などない。

 それなのに、なぜだろう。そう確信しているはずなのに、ひどい苛立ちばかりが増す。

 カルフィキャットは抑えきれない怒りを無理に押し込めながら、グラスの街を、ベジャッズと共に歩いていた。

 すでにチュスラスに許可をもらって城から出て来ているので、コソコソする必要はない。けれども、城を度々あけるカルフィキャットの行動を怪訝に思い始めている者もいる中、目立つことをしては、ヴィザルーマの隠れ家が見つかってしまうかもしれない。

 だから今日もカルフィキャットは、フードを被り顔を隠して、できるだけ人目につかない路地裏を歩いている。

 その日は快晴で、少し離れた大通りの方からは、楽しそうな声がした。本当はカルフィキャットも、ヴィザルーマと二人で街を堂々と歩きたかった。
 それなのに、今日も護衛のベジャッズと共に薄暗い道をヴィザルーマのいない城に向かって歩かなければならない。

 いつになったら、ヴィザルーマはフィズを処刑してくれるのだろう。

 ヴィザルーマは、確かにフィズの処刑を約束してくれた。それなのにいつまで経ってもフィズの処刑は行われない。
 そしてヴィザルーマが言うことも、いつも同じ。

 忠義を尽くせ。

 カルフィキャットは、それを不満に思ったことなど一度もない。

 けれど、ヴィザルーマには、誰より忠義を尽くしてきたのに、今更、忠義を尽くせと言われることは心外だ。
 カルフィキャットがどれだけヴィザルーマのために尽くして来たのか、ヴィザルーマが一番理解しているはずだ。

 それなのに、なぜ何度も同じように忠義忠義と繰り返すのか。まだ足りないと言うのか。

 苛立ちながらも歩く。

 すると、いつも余計なことは何も言わずにカルフィキャットを連れて行くベジャッズが、足を止めて振り向いた。

「カルフィキャット……お前、本当にヴィザルーマ様が正しいと思っているのか?」
「……何を言っているのです?」
「俺はずっと、お前を送ってきたんだ。お前がずっと……その……」
「これは、忠義です。私はヴィザルーマ様に、私の全てを投げ打って仕えていますから。あなたのような、中途半端な気持ちで仕えていません」
「だが、最近のヴィザルーマ様はおかしいだろ!! リーイックって、イドライナ家の野郎だろ。そんな奴と組んだり、素性の知れない蝶水飛族と組んだり、毒だのなんだの……それだけじゃない! ヴィザルーマ様を逃すために、死体が偽造されたらしい……」
「知っています」
「は!? じ、じゃあ、その死体はどこから出てきたんだよっ……たまたま死んだ人ってことはないだろ!」
「なぜそんなことを気にするのです? あの方のためなら、奴隷の一人や二人、焼き殺されたところで、光栄に思うべきです。あの方の身代わりになれたのだから」
「カルフィキャット……」
「無駄口を叩かずに、あなたは私の護衛だけしていてください」

 呆れてしまう。

 彼もヴィザルーマに忠誠を誓っているはずなのに、ヴィザルーマを疑っている。

 それなのに、彼はヴィザルーマのそばにいる。

 苛立った。話していることすら嫌になりそうだ。

 カルフィキャットは、彼を置いて歩き出した。
 するとベジャッズは慌ててついてくる。

「カルフィキャット! 聞いてくれっ……!! ヴィザルーマ様のしていることは……」
「黙れっっ!! 貴様も反逆者だ!」

 怒鳴りつけたカルフィキャットは、大声を上げて大通りに出ていく。

 こんな男に送られていたなんて。

 彼は、罰せられるべきだ。

「誰かっ……!! 誰かああああーーーーっっ!! 誰か来てください!! その男は、シグダードの逃亡を手助けした反逆者です!!」

 すると、大通りの人ごみをかき分け、数人の兵士たちが駆け寄ってきた。街に持ち込まれたトゥルライナーの実を破壊するために結成された部隊だ。

 隊長のリュドウィグが、縋り付くカルフィキャットを抱き止めてくれた。

「か、カルフィキャット様!? どうなさったのです!? こんなところで……」
「街を……街のトゥルライナーが心配で、視察を……そ、そしたらあの男が急に襲いかかってきたのです! シグダードを逃したことがバレたと思ったようで…………な、なんて……なんて恐ろしい……」

 カルフィキャットが、震えながらベジャッズを指差すと、リュドウィグは、ひどく驚いていた。

「ベジャッズさん……なんてことを…………」
「待ってくれ! お、俺は何も……! 何もしていない!!」

 ベジャッズは慌てて弁解を始めるが、リュドウィグと共にいた兵士たちは「大人しくしてください!」と言って、ベジャッズを数人がかりで街道に押さえつける。

 地べたに押し付けられるベジャッズを、カルフィキャットは見下ろした。

「その暴漢を、城まで連れて行きなさい! チュスラス様に厳しく断じていただきます!!」

 さっさと城に戻ろうとしたカルフィキャットを、リュドウィグが呼び止める。

「お待ちください! か、カルフィキャット様っ……! お一人では危険です!」
「私のすることに口を出すな!! 私に逆らうことは国王陛下に逆らうのと同じです! あなたも死刑になりたいのですか!?」
「カルフィキャット様……」
「そんなに言うなら、私に黙ってついてくるものを護衛に差し出しなさい!!」
「し、しかしっ……カルフィキャット様!! それは不可能です!! わ、我々は、トゥルライナーの破壊と、雷の塔の処理の途中なのです!! 護衛のものを呼びますので……」
「そんなもの待てるか!! 私についてきたいと言ったのはあなた方でしょう!!」
「しかしっ……それでは街がっ……!」
「そんなこと、私の知ったことではありません! それをなんとかするためにあなた方がいるのでしょう! さあ! 何人でも構いません! 来ないならそれでも構いません。逆らうなら、反逆とみなします。私の言葉は…………国王陛下の言葉ですっっ!!」
「カルフィキャット様……」

 リュドウィグは、もう何も反論しなかった。カルフィキャットの求めに応じて、二人の兵士に護衛を命じる。

 彼らを引き連れ、ベジャッズをすぐに城に引き立てるようにリュドウィグに言いつけてから、カルフィキャットは城に戻った。
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