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chap13.最後に訪れた朝
270.最後の声
しおりを挟む妙に清々しい様子で出て行ったストーンを見て、イルジファルアはいよいよ首を傾げた。
あんな顔で出て行くなんて。ここは、追い詰められて恐れるような顔の一つも見せてくれるかと思ったのに。
彼にしてみれば、状況は最悪のはずだ。
死刑囚が逃げ込んで、いつ糾弾されてもおかしくない。アメジースアが裏切り、ストーンすら、王に逆らった反逆者だと言われているのに。
そんな状況で、彼は城にリリファラッジを匿っている。普通に考えれば、一族は崩壊寸前のはずだ。それなのに、あの余裕はなんだ。
やはり、ストーンを殺し損ねたのは、一番のミスだったのかもしれない。
ララナドゥールが、毒や解毒薬のことを調べている。彼らミラバラーテ家には、それを作りキラフィリュイザの破壊を主導した犯人になってもらわなくてはならないのに。
ストーンさえ倒れてくれれば、あとは崩せる。それなら、もう今ここであれの命を奪っておこうか。すでに、暗殺者は供のものに紛れさせて連れてきている。
そう思ったイルジファルアは、振り向かずにドアの方に向かって言った。
「来い」
それだけ言うと、ドアの外に忍ばせておいた男は、音もなく部屋に入ってくる。そして、その場に跪いた。
「ストーン・ミラバラーテを確認したか?」
「はい……」
「それなら……」
殺せ、そう命じるはずだったのに、それより先に、ドアを開ける音がした。
イルジファルアが使う駒には、イルジファルアに会いに部屋に入る時には、ドアには必ず、特殊な道具でドアが開かないように鍵をかけるようにと躾けている。
それなのに、ドアが開くなんて、今日は苛立つようなことばかり起こる。
駒が鍵を忘れたのかと思ったが、違った。
ドアを開けて立っていたのは、駒に渡す鍵を持っている男だったからだ。
ぼんやりとイルジファルアを見つめているティフィラージは、うわ言のように主の名前を呟いた。
「イルジファルア様…………」
捨てたはずの駒が、まだ生きていたことにも、こんなところに立っていることにも驚いた。
ティフィラージは特別優秀で、イルジファルアに命じられたこと以外、決してしないはずなのに。
「……ティフィラージ? なぜここにいる?」
「……俺は、あなたから、ここの内情を探るように言われています。今はまだ、任務の途中ですから……」
「……拘束されたと聞いていたが、まだミラバラーテ家はお前を処分していなかったのか?」
「……何の……ことですか?」
聞き返されて、イルジファルアは苛立った。こんな風に聞き返すことなど、許可していない。
そもそも、駒は意志を持ってはいけない。ただ従うだけの道具に仕立て上げたはずなのに、なぜこんなことをしているのか。
どうやら、いい物ができたと思ったのは勘違いだったようだ。とんだ失敗作だ。
そんな勘違いをしたことにも、そんな役に立たない駒が自分の目の前にいることにも苛立った。
もうこんな物、見ていたくない。
存在することすら許せない。
「お前はいずれ、ミラバラーテ家が処分するだろう。それを待て」
「え…………?」
「聞こえなかったか?」
もうイルジファルアは、その男に振り向かなかった。
ティフィラージはもう不要だ。必要のないものにかけてやる時間など、無駄どころか、苛立ちを増すだけの存在してはならない負の時間だ。
腹立たしい。
新しい駒の方に命令を下しながらも、それに集中ことすらできない。
ここで処分してしまおうか。
そう思って、イルジファルアは、もう一人の暗殺者に、それを殺せと命じようかと思った。
けれどまだティフィラージはイルジファルアを呼ぶ。
「イルジファルア様……」
再度呼ばれて、苛立ちながらイルジファルアは、ティフィラージに振り向いた。
「なんだ…………」
それが、イルジファルアが発した最後の声になった。
イルジファルアの首には、いつのまにか深々と短剣が突き刺さっている。
短剣を握るティフィラージが、イルジファルアを見つめていた。
それと目があった気がしたが、多分勘違いだろう。そんな顔で、ティフィラージがイルジファルアを見るはずがない。
それは、ただの駒のはずだ。
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