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chap13.最後に訪れた朝

268.続く挑発

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 アロルーガがファントフィを追って行く一方で、ストーンは、イルジファルアを客間で迎えていた。

 部屋にいるのはイルジファルア一人だが、ゾロゾロと供のものを連れてきて、その中に暗殺者でも忍ばせているに決まっている。

 イルジファルアが連れてきた貴族の相手はエクセトリグに任せて、ドアの外には、護衛としてアメジースアを控えさせている。

 シグダードとフィズ、ヴァルケッドには、イルジファルアが連れてきた供のものたちが、おかしな真似をしないか見張らせた。

 わざわざララナドゥールからの使者まで連れてきたところを見ると、本格的にこちらを潰しにきたのだろう。

 しかし、それはこちらも予想していたことだ。すでにイルジファルアがしたことは把握しているし、彼がヒッシュの領地で解毒薬を横取りしたことも突き止めている。

 追い込まれているのは、イルジファルアの方だ。

 けれど、イルジファルアは嘲るような笑みを浮かべて言った。

「ストーン殿……ご無事だったのですねえ…………あなたが陛下に殴りかかったと聞いて、私は信じられませんでした。あなたがまさか……あんな踊り子風情で狂ってしまうなど……」
「……あのような無礼な真似をしてしまい、お恥ずかしい限りです。しかし、狂ってなどおりません。あなたこそ、踊り子風情などと、そのような言い方はやめていただきたい。彼はすでに、私の大切な伴侶です」
「……は?」

 イルジファルアは、多少驚いたようだった。ストーンが素直に認めるとは思っていなかったのだろう。しかし、すぐにおかしくてたまらないといった様子で笑い出す。

「ああ……そうですか……あなたは、ついにあの踊り子を迎える決意をしたということですか。しばらくグラスの城に帰りもせずに、ここに籠っていたあなたはご存じないのかもしれませんが、あれはすでに、陛下に死罪を言い渡されています。それなのに、処刑の日に、罪人のフィズとともに城下町から逃げてしまったのですよ? もしや……ここに逃げ込んでいたりしませんよねぇ……?」
「はい。おります」
「…………は?」

 これもまたあっさり認められて、イルジファルアが目を丸くする。

 もう、隠すつもりはない。

 リリファラッジは、ストーンが伴侶にすると決め、愛を誓った相手だ。否定することも隠すこともしない。彼を傷つけることも、許さない。

「リリファラッジ・ソディーなら、この城におります。フィズと共に、私に助けを求めてきたのです」
「……あなたは、それが何を意味するか、分かっているのですか? あなたはここで、死刑囚を囲っていると、そうおっしゃるのですか? ……そんなに大事な男だったのは……あの男が裸で無様に泣き喚いたところを、あなたにも見せて差し上げたかった」
「……なに?」

 鋭い目でイルジファルアを睨むと、その男が笑った気がした。

「あなたはご存じないでしょう? あの広場で、リリファラッジがどうやって処刑されたのか……あなたは、いつも遅いのですよ。以前、私の部屋でリリファラッジを呼びつけた時もそうだった」

 そう言って、イルジファルアはボロボロになった羽衣を取り出す。それは破れて焦げて、ボロボロだった。それがリリファラッジの羽衣に見えて、ストーンはひどく動揺した。

「それは……」
「あの男は、体を使って貴族に取り入るそうではありませんか。それなら……せっかくです。殺される前に、あの体を味わってみたい者も多かったのでしょう……」
「体……? リリファラッジに……何かしたのですか?」

 苦しいほどに、胸がざわつく。

 この城に来た晩、リリファラッジは、ストーンの腕の中でずっと泣いていた。そんな風にリリファラッジを傷つけた輩を、許すことなどできない。

 処刑の場にストーンはいなかったが、イルジファルアは見ていたはずだ。リリファラッジが、どんなふうに処刑されたのかを。

 動揺するストーンの前で、イルジファルアは不気味に笑う。

「あなたもいれば、その宴に参加することができたのに……死ぬ前に、抱いてみたかったでしょう? あの体を……」
「貴様……リリファラッジを……」

 頭の中に、焼けるような怒りが湧く。落ち着かなくてはならない。怒りを押し殺すように努めて、イルジファルアを睨みつける。

 その時、部屋のドアが乱暴に開かれて、シグダードが中に入ってきた。

「久しぶりだなあ! イルジファルア!!」

 奇妙なくらいに微笑むシグダードに、イルジファルアは冷たい目を向けている。

 ストーンは、驚いた。彼には、暗殺者を探すことを頼んでおいたはず。それなのに、急にこんなところに飛び込んでくるなんて。

 包帯だらけで顔を隠しているシグダードを見て、イルジファルアはおそらく声でその正体に気づいていたのだろうが、分からないようなふりをして言った。

「誰だ? 貴様は」
「私だ。シグダードだ。見れば分かるだろう」
「見ても分からないな。何だ、その格好は」
「おしゃれだ」
「……よく似合っている。あなたには。その、ボロボロの姿が」

 早速のイルジファルアの嫌味だが、シグダードはまるで気にしていないかのような様子で胸を張った。

「まあな。それよりイルジファルア」
「あなたの話など、聞きたくない。発狂してグラスの城を襲った反逆者が、こんなところで身を隠しているとは……」
「隠れていたのではない。それに、狂ってもいない。お前は相変わらず、安い挑発が得意だな」
「……相変わらず、無礼な男だ。私がいつ挑発などという、品のない真似をしたと言うのだ?」
「お前はいつもそうだ。私も何度もやられたから分かる。処刑の時、私はあの広場にいたんだ。リリファラッジの処刑の際に、何が起こったのかも知っている。話してやろうか?」
「…………必要ない」

 そう言ってイルジファルアが顔を背けるのを見ると、ストーンはゆっくりと落ち着きを取り戻すことができた。
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