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chap13.最後に訪れた朝

260.立ち入れない境界

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 焼けるような痛みに耐えて、リリファラッジは目を覚ました。身体中がズキズキしている。まだろくに動けそうになかった。

 フィズとシグダードが、リリファラッジを呼んでいる。二人とも、リリファラッジが目を覚まし、ほっとしているようだった。

「ラッジさん!! 目が覚めたんですかっ……!? よかった……」

 そう言ってベッドのそばに立つフィズは、今にも泣き出しそうだ。

 周りを見渡すと、そこはどこかの城の一室のようだった。
 まだ、意識もぼんやりしているリリファラッジは、ここがグラスの城だろうと思った。

「私は……なぜ……こんなところに……」

 広場で、チュスラスの魔法にやられて倒れたはずなのに。
 するとフィズが、リリファラッジにとって、とんでもないことを告げてくる。

「シグがここまで運んでくれたんです。ここ、ミラバラーテ家のお城です」
「は!? な、何を勝手なことをしているんですか!」

 飛び起きると、体を激しい痛みが襲った。起き上がった姿勢でいることすら辛いくらいだ。

「うっ……!」
「ら、ラッジさん!! まだ動かないでください!! 体が回復しきっていないんです!!」
「何を馬鹿なことを……なぜ私をここに連れてきたんですか!?」
「え?」
「私は死刑を言い渡された罪人ですっ……! スティ様の城に逃げ込んだ、なんてことになれば、糾弾されるのはミラバラーテ家です!」
「で、でもっ……! ラッジさんを助けるためにはっ……!! こ、ここに連れてくるしかなかったんです!!」
「だから、それが馬鹿らしいと言っているんです!! 私とスティ様は、私があの方の邪魔をしないことを条件に、お互いを利用していただけです!」
「ば、馬鹿はラッジさんの方です!! そんな風に割り切っているなら、なんで今そんな顔して怒鳴るんですか!?」

 フィズに言われて、リリファラッジは今すぐに彼に飛び掛かりたいほど腹が立った。もしも体が本調子であれば、きっとその胸ぐらに掴みかかっていたに違いない。

 割り切っている。いつだってそうしてきた。そうしないと、すぐに壊れてしまう関係だ。

 ストーンにとって、リリファラッジは永遠に、ただの気まぐれでそばに置いているだけの慰み者。身分違いもいいところ。永遠に愛されないし、愛してほしいとも思わない、束の間の戯れだ。それでいいし、それ以上は求めない。そう割り切ってきた。

 それなのに、なぜ今こんなに腹が立って、こんなに苦しいのだろう。

 涙が溢れてきて、憎悪をぶつける力を洗い流してしまう。振り上げたはずの拳は震えて、すぐにベッドの上に落ちてしまった。

 するとその時、部屋の扉が恐ろしいほどに大きな音を立てて開かれた。

「リリファラッジ!!」

 ドアを開いた男は、ゾッとするような形相をしていた。ひどくやつれて、髪を振り乱し、着ているものは肩からずり落ち、ボタンまで外れてしまっている。走ってここまで来たらしく、息を切らしているその男は、ストーンだ。

「す、スティ様!?」

 驚くリリファラッジを見つけて、ドアを開いたストーンは、目を見開いていた。

 その目元には、しばらく全く寝ていないかのようなクマができている。顔や腕に、大きな火傷の跡があった。彼の後ろからは、護衛や医術士、召使らしき人が何人も走ってくる。彼らを振り切ってきたらしい。

 ストーンは、部屋にふらふらと入ってくる。彼には、部屋にいる他の者は目に入っていないかのようで、リリファラッジだけを見つめ、強く抱きしめた。

「り、リリファラッジっ……!! リリファラッジ!! リリファラッジ……よ、よかった……」
「はっ……!?」

 ぎゅっと強く抱きしめられて、力の抜けていたリリファラッジは、我に返った。

「す、スティ様っ!! ふ、触れることは禁止と……あれだけ言ったのに!!」
「す、すまん……すまない……リリファラッジ……」

 彼はそんなことを言いながらも、リリファラッジを離さない。リリファラッジも、すぐには彼を振り払えなくなってしまった。

 ストーンが無事であることを確認したかった。何しろ、彼はリリファラッジを庇ってしまっている。
 それに、今の彼の様子は、いつも元老院のトップとして振る舞っていた威厳に満ちた姿からはほど遠く、ひどく弱々しい。きっと何かあったに違いない。混乱したリリファラッジには、それが自分を庇ってしまったがために招いたことのように思えて、仕方がなかった。

「す、スティ様っ……! 泣いている場合ではありません!! し、しっかりしてください! わ、私がこんなところにいるのに……! 私は今、国王に背いて死刑を言い渡された罪人なんですよ!!」

 けれど、ストーンは全く聞いていないのか、ずっと涙を流して、リリファラッジを抱きしめたままだ。

「リリファラッジ……り、リリファラッジ……ほ、本当にリリファラッジ……い、生きていたのか……」
「い、生きています! は、はなしなさい!!」

 叫ぶと、ストーンはやっと手を離した。離したと言うより、もう手に力が入らなくなったと言った方が正しかったのかもしれない。彼はずっと泣いていた。

「す、すまない……り、リリファラッジ…………だ、抱きしめてはいけなかったな……お、お前が生きていれば……私はそれでいい……」
「はあ!? な、なにを……」
「お前が……お前さえ生きていれば……私は、それで…………よ、よかった……生きていた……」
「な、何を言って……スティ様、し、しっかりしてください!!」
「いいんだ……お前さえ生きていれば……私は……これまですまなかった。リリファラッジ……」
「……い、一体何を謝っているんです? 気色悪い!! そ、そんなことをしている場合ではないでしょう! は、早く…………早く私を追い出しなさい!! 私は今、自分では動けないんです!! 聞こえないんですか!!?? スティ様っ……!」
「……すまない……お前に、そんなことを言わせてしまうなんて……」
「何を言っているんですか!! は、早く……い、今すぐ私をつまみ出さないと、どうなっても知りませんよ!!」
「これまで……ずっとお前を無下に扱ってきたせいで…………辛い思いをさせたな……」
「は? 気持ち悪! どうしたんですか!? スティ様!! 私の話を聞いているんですか!? そんな謝罪はやめてください! 私は、私の好きなように生きるため、あなたを利用していただけです!!」
「知っている……それでも、お前が苦しんでいることを知っていたのに……私は…………あ、あんなところに、お前を閉じ込めていたから、こんなことに……お前を傷つけて、お前を苦しめて、その上、お前は殺されるところだったんだ。わ、私は……私は、なんと言うことを……」
「スティ様………………な、なんで……今さら、そんなことを言うんですか……」

 リリファラッジは、しばらく黙っていた。

 このままではダメだ。抑えることができなくなる。

 そう思ったリリファラッジは、満面の笑みを浮かべて見せる。

「……う……嬉しいです! スティ様!! 反省してくださったんですね!!」
「り、リリファラッジ……勿論だ!!」
「じゃあ、これからずっと、私のことを大事にしてくれますか!?」
「ああ……ああ!! もちろんだ!!! リリファラッジ!!」
「嬉しいです!! スティ様!! じゃあ、お願いがあります!」
「な、なんだ!? なんでも叶えてやるぞ!! 私にできることなら! なんでもしてやる!!」
「じゃあ……もうちょっと、私のそばに来てください」
「あ、ああ……分かった。なんだリリふああっっ!!」

 無防備に体を近づけたストーンを、リリファラッジは思いっきり枕で殴りつけた。まだ力が入らないらしく、少しぶつけただけになってしまったが。
 ふわふわした枕が頬に当たって、ストーンは、何をされたのか分からないらしく、キョトンとしていた。

「り、リリファラッジ? したいことというのは、それか?」

 突然そんなふわふわしたものをぶつけられて、ストーンは、困ったようでありながら、同時に嬉しいような顔をしていた。いつものリリファラッジなら、機嫌を損ねれば、すぐに平手打ちが飛んできていたからだ。

 思っていたより威力がなくて、むしろじゃれつくようになってしまい、リリファラッジは赤くなる。

 けれどすぐにいつもの自分を取り戻し、立ち上がった。

「す、スティ様!! 私は利用されたなんて、思っていません。そもそも! 私を利用できるような輩など、存在するはずがありません!! 私は、リリファラッジ・ソディーですよ!!」
「リリファラッジ……」
「そんなふうにメソメソしないでください! 私があそこにいた日々まで、まるで嫌々そうしていたようではありませんか!」
「い、嫌じゃないのか?」
「私は嫌だなんて言ってません。私は……」

 言いかけて、戸惑う。この男の部屋になど、本当は行きたくなかったはずだ。しかし、もしも安全に羽を伸ばせる場所が他にあれば、そこへ行っていたのかと考えると、そんなことは想像すらできなかった。

 自分がああして無防備にしていられる場所など、この男のそばでしか有り得ない。

 だから、そこに行っていた。けれど、そんなことを口に出せば、境界を犯すことになる。そうなれば、二度とストーンとは共にいられない。

「……そんなふうに泣かないでください。私は……私の後ろ盾を失いたくないし、守られていたいし、わ、私が好き勝手できるような城を守ってくれる権力者が欲しかっただけです!! 勘違いしないでください!」
「……」

 ストーンは、呆然とリリファラッジを見つめて動かない。それどころか、彼のそばにいた小柄な男の方に倒れ込んでしまう。

 小柄な男は、ストーンの体を支えて、呆れたように言った。

「気絶してるね。どれだけ無理して走ってきたんだよ……あーあ……君が枕なんかぶつけるからだよ?」

 その男に言われて、リリファラッジは焦り出した。

「も、申し訳ございません! す、ストーン様は……」
「冗談だよ。絶対安静って言われてたのに、走ってくるからだ。そんな顔しなくても、少し休めば、目を覚ますよ」
「そうですか……あ、あの……あなたは?」
「……僕はアロルーガ。馬鹿だね……本当に……こんな踊り子の、何がそんなにいいのか……僕には理解できないよ」
「あ、あの……あなた方は……もしかして……」
「僕もそっちの二人も、ミラバラーテ家の一族だよ」

 アロルーガに言われて、リリファラッジは驚いたが、すぐにベッドから降りると、一歩下がって三人の男に向かって平伏する。

「大変失礼を致しました。私は、リリファラッジ・ソディーと申します。すぐに出ていきますので、どうか、お許しください」

 頭を下げたまま言うリリファラッジに、アロルーガが間髪を入れずに言った。

「待ってよ。君がどっか行っちゃうと、この馬鹿が目を覚ました時に死んじゃうかもしれないんだ。ここにいて」
「し、しかし、私は……」
「君なんかより、ずーーーーっとまずいのが、すでにもう、城に入り込んでるから。反逆者のフィズに、敵国の王だよ? 君一人くらい、なんでもない。ミラバラーテ家を舐めないで」
「しかしっ……! アロルーガ様っ……!!」
「黙れ」

 ひどく冷徹な声で言って、アロルーガはリリファラッジを睨みつける。

「お前は何? たかが踊り子の分際で、僕に逆らえるの?」
「……」
「アロルーガ・ミラバラーテを舐めるな。不要だと判断すれば、ストーンごと切り刻んで、存在ごと消してあげる。一介の踊り子が、僕の頼みを断れるなんて思わないで」
「頼みだなんて……」
「……とりあえず、体が動くようになるまではここにいて……今さら出ていっても無駄だ。一度ここに入ってきてるんだから。君には、こうして呑気に寝ちゃってる男の看病を頼むよ。それと、この男が元に戻るように力を貸してもらうよ」
「……はい…………アロルーガ様……」
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