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chap13.最後に訪れた朝
255.越える壁
しおりを挟むアズマたちに案内され、深い森を白竜に乗って夜通し進んだシグダード一行は、次の日の夕方ごろに、ミラバラーテ家の領地に入ることが出来た。
彼らの城は、森に囲まれた港町を見下ろすようにしてあった。
夕焼けを映して赤く染まった海に港が広がり、それを囲む美しい街並みが広がっている。連なる屋根の向こうに小高い丘が見えて、そこには、黒い巨大な城が聳えていた。
その城が見える森の中で、アズマたちとは別れることになった。
ウロートを抱いたタトキは、シグダードとは少し距離をとっている。まだ、シグダードたちとは、どう接していいか分からない様子だ。
彼の代わりにアズマが、腕を組んでそっけなく言った。
「じゃあな。これで借りは返したぞ」
「借りだなどと、気にしなくていい。私はそんなこと、まるで気にしていないぞ」
「……気にしろ。特に、お前の俺らに対する借りを忘れるな」
「私が? 何か借りたか?」
「俺らを後ろから魔法で撃っただろ! 忘れたのか!?」
「それはヴィザルーマがしたことだ」
「俺らをはめたことに変わりはない……」
「では、何をしてほしいんだ?」
「……今回の件が終わったら…………森から出て行け。二度と、俺らの縄張りに近づくな!!」
「……構わないが、そうなると、もう二度とお前には会えないのか?」
「……そうだ。俺は別に、もう二度とお前になんか会いたくねーよ……」
「私は会いたかった」
「あ?」
「私とあれだけ酒を飲んで騒いでくれたのは、バルジッカ以外ではお前たちだけだ」
「……別にあんなこと…………深い意味ねーよ……」
「だが、群れを率いるからには、お前にも事情があるのだろう。分かった。その条件を飲もう」
「ちっ……ごちゃごちゃ前置きせずに、さっさとそう言えばいいんだよ」
「ところで、お前たちの方も、私に大きな借りがあるぞ」
「はあ? なんだ? 全く覚えがないな!」
「いいや。ある。お前たちの森を守るため、水の玉とトゥルライナーと戦ったのは私だ」
「あれはお前が一人でやったことじゃねえだろ!!!!」
「だが、私の力が一番大きい。どうだ? これ以上ない借りだ。私がいなければ、お前たちは住処を追われていた」
「……だったらなんだって言うんだ? まだ俺らに何かさせる気か?」
「…………逆だ。しないでほしい」
「あ?」
「森に帰ったら、二度と人族を襲うな」
「……」
「あの森やヒッシュ家の城で、私たちと共に戦ったお前たちになら分かるだろう。お前たちが無力と罵る人族にも戦う力がある。お前たちがそれでも人族を襲うことを続ければ、いずれお前たちは討伐の対象になる。これまでは、いなくなった人族の数が少なかったから見逃されてきただけだ。お前たちも、私たちと本格的に殺し合いがしたいわけではないだろう。頼む……私は、お前たちと争いたくないし、叶うなら、また酒が飲みたい」
「………………てめえは相変わらずだな。どんだけ酒飲みたいんだ。同族を殺されたくねえからじゃねえのかよ……」
「それもある」
「今更付け足すな。嘘くせえんだよ……」
「……」
「…………」
アズマはしばらく考えて、頷いた。
「……分かったよ」
「アズマ……」
「お前の言うことも一理ある。だが、約束できるのは俺らの群れだけだ。他の群れまで、俺らの力は及ばない。お前たちは森から出て、二度と近づくな。あそこは俺たち狐妖狼族のものだ。先に境界を破って立ち入ったのは、お前たちの方だっ……!」
アズマは苦々しく言って、シグダードに背を向ける。
「お前たちが境界を犯す限り、争いは消えない。いずれ他の群れはお前たちを許さなくなる。そうなる前に、尻尾巻いて逃げな」
「……アズマ…………」
「……俺も、お前が死ぬのは見たくない…………酒も……楽しかったよ……!」
彼はすぐにシグダードに背を向け、タトキとウロートを連れ森の中へ消えていく。
しばらくは、アズマたちが去っていった方を見つめていたシグダードも、彼らの背中が見えなくなってから、フィズたちに振り向いた。
「行くぞ。リリファラッジを救う」
*
白竜たちが街の中を歩くと目立ちすぎるので、シグダードたちは街を避け砂浜を通って、ミラバラーテ家の城に近づいた。
丘の上の城の周りには木々が多く、水路がいくつも流れる庭園のようになっていて、木の影に隠れて進むことができた。
城門の前には、門番が二人立っている。
それから離れた大木の影に白竜たちを隠したシグダードは、リリファラッジを担ぎ、フィズだけを連れて、城門に近づいた。
二人の門番たちは、すぐにシグダードに気づいて「止まれ」と警告する。
彼らに向かって、シグダードは、胸を張って言った。
「私は奴隷で浮浪者のシグだ。門を開けろ! さもなくば、当主のお気に入りが死ぬぞ!!」
「……」
「……」
対応した二人の門番は、キョトンとしていた。
突然城の門の前に、包帯だらけの男と顔を隠した男が気絶した男を担いできたのだから、当然だろう。
一人の門番が、呆れたように言った。
「なんだ? 貴様は。ここは、ミラバラーテ家の城だ。物乞いは帰れ帰れ!」
「誰が物乞いだ! 私は奴隷で浮浪者のシグだと言っただろう!」
「だから……物乞いに来たんだろ?」
「違う! こうして貴様らの当主が夢中になっているものを届けに来てやったのに、無礼な連中め!! 貴様らはもうクビだ!」
「……は?」
「ストーンに会わせろ! 私たちを入れなければ、貴様のお気に入りの踊り子が死ぬと伝えるんだ!!」
「……いい加減にしないと、ただじゃ済まないぞ」
そろそろ目が冷たくなってきた門番に、シグダードは詰め寄るが、フィズが間に入ってきた。
「やめてください!! シグ! こんな方法では、捕まってしまいます!」
「離せ! フィズ!! このままでは、リリファラッジが死ぬ!!」
揉み合う二人に、ついに門番たちは剣を向ける。
「貴様らっ……さては、ミラバラーテ家の財宝を狙う盗賊だな!?」
「はあ!? なぜそうなる!」
「失せろ! さもなくばこの場で切り捨てるぞ!」
「やってみろ!!」
結局喧嘩腰のシグダードを、フィズが門番から引き離す。
「あ、あの!! 私たちは物乞いでも盗賊でもありません!! ら、ラッジさんを助けてほしいんです!」
「その背中に担いだ男か? ふん!! 死にかけた賊など、いちいち助けてられるか! 帰れ!!」
「わ、私たちは賊ではありません!! お願いです! シグが担いでいる人はリリファラッジ・ソディーさんと言って、ストーン様には特別良くしてもらっていたんです!」
「黙れ! リリファラッジ・ソディーは、処刑されたはずだ!! 反逆者フィズとともに…………お、お前! まさか……ふぃ……」
門番がその名前を口にする前に、シグダードはフィズを連れて、彼らに背を向け走り出した。
「あ!! お、おいっ……!!」
戸惑う門番たちから逃げたシグダードは、白竜たちを残してきたところまで走った。
そこの大木に身を隠し、来た方に振り返る。二人の門番は追ってこないようだ。
そこには、白竜たちとヴィフ、ヴァルケッドがいて、すぐに二人の「失敗したのか。やっぱり」と言いたげな視線が飛んでくる。
シグダードは彼らを睨みつけて、彼らの冷たい視線に反論した。
「…………貴様ら、文句でもあるのか?」
ヴァルケッドがため息をついて言った。
「いいや。失敗するだろうなと思っていた」
「だったらお前も来い! 古巣だろう!!」
「勝手に古巣にするな! 俺はまだ、ミラバラーテ家に背を向けたわけじゃない!」
「それならお前が行って門を開けさせろ!」
「俺は、正式にはミラバラーテ家にいない人間だ。城門から入ったことも一度もない」
「なんだと? では、どこから入るんだ?」
「城門を飛び越えて、呼ばれた主のところへ窓から入る」
「……虫みたいなやつだな」
「なんだと……」
「だったら、今すぐそうやって中に入って門を開けろ」
「主に命じられていないことはできない。それに、俺はお前に力を貸すと決めたわけじゃない」
「突然どうした?」
シグダードがたずねても、ヴァルケッドは答えてくれない。
代わりに、それを見ていたフィズが、呆れたように言った。
「シグが虫なんて言うからですよ……」
シグダードは、今度は、ずっと座り込んでいるヴィフに振り向いた。
「お前が行って門を開けてもらってこい。お前も、グラスの貴族だろう?」
「……無茶を言うな。私は今、陛下に逆らい、陛下の塔を自分のものにしようとした罪で反逆者として指名手配されてるんだぞ。出て行けば、すぐに捕らえられてしまう」
「手配のひとつや二つで怯えるな! 情けない!」
「……」
呆れたような顔をするヴィフだが、そんなことはどうでもいい。このままでは、中に入れずにリリファラッジを死なせてしまう。
すると今度はフィズが、元気に言った。
「シグ! 皆さん! 私にいい案があります!」
けれど、ヴァルケッドもヴィフも、呆れたように顔を背けてしまう。
唯一シグダードだけが、フィズに向き直った。
「いい案とはなんだ? フィズ」
「ストーン様は、ラッジさんに夢中だったんです! ラッジさんの危機だと知れば、必ず、助けてくれます!!」
「だから、どうするんだ?」
「見てください! もうすぐ、日が暮れるんです! 門からがダメなら、城壁を登って、直接ストーン様のところまで行くんです!! ラッジさんを助けてくださいって言ったら、きっと助けてくれます!!!!」
希望に満ちた目でフィズが言っても、ヴァルケッドもヴィフも、目をそらしてしまう。
ヴィフが小声で「それで断られたら、私たちは全員その場で捕縛される。バカめ……」と呟いていたので、それを小突いて黙らせてから、シグダードは腕を組んで言った。
「お前……グラスに薬の材料を取りに行く時は、正面から入って頼む、だったのが、裏口から入って頼む、になったな」
「だ、だめですか?」
「いいや。私はそういう意見の方が好きだ!」
「シグ!」
喜ぶフィズが可愛いと思ってしまう。こんな時にもかかわらず、ニコニコしていると、今度はヴィフが二人を怒鳴りつけた。
「馬鹿か!! 貴様らは!! ミラバラーテ家の城に忍び込むなど、そんなことがバレれば、私たちはおしまいだ……! ストーン様がリリファラッジを救ってくれるという保証がどこにある!? そんなもののことは忘れて、もう新しい妾がいるかもしれない!! あ、相手は大貴族の当主だぞ!!」
「そんなことありません!! ストーン様は、きっとラッジさんを愛しています!」
すかさずフィズが反論するが、ヴィフも彼を怒鳴りつける。
「お前の頭はどうかしている!! ストーン様がすでにリリファラッジを捨てていたら、忍び込んだ私たちは、その場で拘束される!! だ、だいたい、私たちは処刑されているはずの男を連れてきてるんだぞ!! み、見つかったら楽に殺してすらもらえないかも……きっと処刑場で酷い罰を受ける……私まで巻き添えになる……ば、馬鹿な真似はやめろ!!!!」
しかし、フィズは首を横に振る。
「大丈夫です!!」
「何がだ!?」
「だって、ラッジさんだけじゃなくて、ヴィフさんも手配されてるし、私も、シグもです! 今城壁を登っても登らなくても、きっと捕まったら酷い罰を受けるから……やってもやらなくても、状況は変わりません!!」
「……お前はイカれている……成功する確率のない愚行はやめるべきだ!! へ、下手をすれば、私まで死罪になるかもしれないんだぞ!」
「ヴィフさんだって、きっともう死罪じゃ……」
「私はまだ助かるかもしれないだろう! その踊り子のことはもう諦めろ! そいつは自業自得だ!!」
「あ、あなたまで、ラッジさんをそんなふうに!!」
フィズと睨み合いになるヴィフを、シグダードは、二人の間に入って止めた。
「フィズに怒鳴るな」
「お前はフィズの言うことなら、なんでも聞くのか!?」
「もうここで騒いでいても意味がない。行くぞ!! 行けば、後はなんとかなる!!」
「し、シグ!! 離せっ!! 正気に戻れ!!」
抵抗するヴィフを無理矢理引きずり、シグダードは、木々に隠れながら城壁に向かって歩き出した。
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