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chap12.うまくいかない計画

238.同意できない対価

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 ヴァルケッドの力で目を覚ましたオイニオンは、領主の城で、領主とシグダードの前に立っていた。

 彼が無事に立っているのを見て、シグダードは驚いた。無事な姿の彼と会ったのは、彼がラディヤを探しにいったのが最後で、その時には、彼は硬く目を閉じて、眠ってしまっていた。

 シグダードは、オイニオンに声をかけた。

「……オイニオン、もう大丈夫なのか?」
「う、うん……ヴァルケッドとディルカが、二人で助けてくれたから……そ、それよりシグ……き、キラフィリュイザの王様だったの……?」
「……もう王じゃない……今はただの浮浪者の奴隷だ」
「そう…………」

 しばらく黙って俯いて、オイニオンは、やっと顔を上げた。

「え……? じゃあ、なんでそんなに偉そうなの?」
「なんだと!??」

 シグダードに怒鳴られて、オイニオンは震え上がる。早速いつもの調子に戻るシグダードを、フィズが慌てて止めた。

「や、やめてくださいっ……シグ!! ほ、本当のことなんだしっ……!」
「なんだ! お前までそんなことを!!」
「だ、だってシグだし……」

 揉み合う二人を見て、領主は少し笑って言った。

「シグ殿……もうじき日が昇る。秘密を知った私達を、王族が野放しにするとも思えない。これからの話がしたいのだが……」
「……ああ、そうだな……」

 シグダードは、フィズを振り払い、空を見上げた。暗かった空は、いつのまにか明るくなり始めていた。







 ヴィザルーマへの伝達役と、ララナドゥールからの間者を拘束したシグダードは、それから一度、砦に戻った。
 そこでウォデシアスたちと話し、すでに城は安全だと告げて、キャラバンも含め、全員が城に向かうことになった。水の玉がいつ襲ってくるか分からないうちは、それらを迎え撃つことができるような場所にいた方がいいという判断だった。

 しかし、城に戻ったあたりで、長く水の玉や、使者たちと戦い続けた体は限界に達したらしく、城に着くなり倒れたシグダードは、フィズと共に、城の一室を借りて休むことにした。

 シグダードたちが休んでいる間に、ウォデシアスやキャヴィッジェたちが中心になって、砦にいた人たちを城まで誘導してくれたらしい。

 目を覚ますと、すでに昼を過ぎていて、領主の城はひどく賑やかだった。

 シグダードが寝ているのは狭い部屋の小さなベッドで、部屋を見渡すと、床で毛布にくるまって寝ているフィズを見つけた。

「フィズっ……!?」

 シグダードは、驚いて飛び退いた。しかし、そこは小さなベッドの上。すぐに壁に背中が当たって、頭までぶつけてしまう。

 彼はきっと、シグダードにベッドを譲り自分は床で寝たのだろう。彼にそんなことをさせてしまい、申し訳なく思い、すぐにベッドから降りてフィズに近づいた。

 抱き上げてベッドに寝かせるつもりだったが、ぐっすり眠る彼を見ていると、つい、手を伸ばしたくなる。しかし、幸か不幸か、彼は目を覚ましてしまう。

「シグ……起きたんですか?」
「あ、ああ……」

 気まずくて、すぐに伸ばしかけていた手を隠した。

「ゆ、床で寝たのか? ベッドはお前が使え」
「シグの方が休まなきゃダメです! 倒れたのはあなたなんだから……ちゃんと休めましたか? もう……大丈夫ですか?」
「ああ、もちろんだ」

 けれどフィズは、いつもよりずっと恐ろしい勢いで怒鳴る。

「無茶しすぎなんです……シグは!」
「フィズ……?」
「ひ、人族なのに……!! し、死んじゃったらどうするんですか!!」
「……すまん」

 彼は泣き出してしまう。彼をもう二度と泣かせない。そう思っていたのに。その上、今にも殴りかかってきそうな勢いでありながら「もう二度と離れたくない」などと言い出すものだから、シグダードにとって、これほど恐ろしい攻撃はない。

「フィ、フィズ……落ち着け。悪かった。私は大丈夫だ」

 リーイックが手当てをしてくれたのか、すでに水の玉に襲われた傷は塞がり、体も回復している。もう、痛くもなんともない。

 けれど、フィズはよほど心配していたのか、泣き止んでくれない。

「う、嘘です! そんなの!! し、シグの馬鹿っ……! こ、こんなことばかりして……!! き、傷が深くなったら、どうする気だったんですか!!」
「お、落ち着け。フィズ……」
「嫌ですっ!!!」
「本当に、もう大丈夫だ……それより、お前は? 殴られた傷は塞がったのか?」
「もう…………シグは自分の心配をしてください!! 私の傷なら、もう塞がりました!」
「そうか……見せてみろ」

 そう言って、シグダードは彼を抱き寄せた。

「すまない……辛い思いをさせたな……」
「シグ……」

 自分を見上げるフィズが可愛くて、ますます強く、彼を抱きしめる。そうしていると、彼とこうして抱き合えることが嬉しくて、もう離せなくなる。

「フィズ……愛している…………」
「シグ……だ、だったらっ……! もう酷いことしないでください!!」
「ああ……そうだな……」
「し、シグっ……!?? は、離して……体に障ります!」
「もう大丈夫だ。お前、心配しすぎじゃないか?」
「し、シグが心配させてるんです!」

 怒ったのか、強くフィズが言うと、その声が外まで聞こえたのか、ドアを開けてリューヌが飛び込んでくる。

「シグ!! な、何かあったんですか!? お、大きな音が聞こえて……ま、また水の玉……!? な、な、何か……何かあったんですか!? 大丈夫っ……」

 シグダードは、今にも泣きそうな彼に振り向き、微笑んだ。

「リューヌ。私はフィズと話していただけだ。心配をかけてすまない」
「シグっ……! よかった……! よかったあぁ……ぼ、僕、僕……」
「泣くな。リューヌ……」

 けれど、リューヌはずっと泣いている。
 フィズが彼を慰めて、彼の体を抱きしめた。

「リューヌさん……シグはもう、大丈夫ですよ?」
「で、でも……シグ……シグっ……!! シグが無事で……よかった…………シグうう……」

 泣いているの後ろから、追うようにバルジッカも入ってくる。

「シグ……起きたのか。よかった……」
「バル、お前も無事だったか……」
「……まいったよ。リューヌ、お前が心配だったらしくてさ……お前が無事で、本当によかったよ」
「そうか……」

 シグダードは、リューヌに向き直った。

「私はもう……大丈夫だ。リューヌ……すまない」
「な、なぜシグが謝るんですか!? 僕……し、シグが無事なら、それでいいんです!!」
「リューヌ……」

 シグダードは、リューヌの頭を撫でて、微笑んだ。

「領主は起きたのか?」
「は、はい……ついさっき……」
「そうか……あいつに会いに行くぞ。フィズ、バル。リューヌ、ついてこい」







 シグダードは、三人を連れて、すぐに領主の寝所に向かった。
 昨晩に砦に来た領主は、あなたの体はまだ本調子ではないと言うディルカを振り切って来たらしく、無理が祟ったのか、しばらく眠りについていたようだ。

 シグダードが寝所に入ると、領主は、ベッドから体を起こした。
 そばにはオイニオンやキャヴィッジェ、他の村の面々もいて、ジョルジュもいた。

 そこにはリーイックもいて、あまり無理ばかりするなら倒れても助けてやらないぞと、二人揃って説教された。
 どうやらリーイックも、以前の顔を焼いた件と同様に、随分腹を立てているようだ。

 だが、以前別れたときはあれだけ嫌そうにしていたリーイックが、最近では傷を見てやると言い出すことに、シグダードは気づいていたので、少し嬉しいような、照れ臭いような、そんな気になった。

「お前、そんなに私が心配なのか?」

 得意になってたずねるシグダードを、リーイックは睨みつけた。

「俺は金の心配をしているんだ」
「……なんだと? 金?」
「ああ。俺は医術士だ。俺に助けて欲しいなら金を払うのは当然だろう?」
「治療費ということか……? 強欲な奴だ」
「当然の報酬だ」
「……どれだけ欲しいんだ?」
「金貨十枚だ」
「き、金貨十だと!? 貴様っ……!! 暴利を貪る悪徳医術士め!!」
「払えないなら、お前のその体をもらう」
「はっ……!? か、体!?」

 シグダードは冗談じゃないと叫ぶが、リーイックの隣にいたフィズの方が、大きな声を上げた。

「り、リーイックさん!! そんなのダメです!!」
「……おかしな勘違いをするな。俺は別に、お前と同じ意味でそいつの体を寄越せと言っているわけじゃない。俺は単純に、そいつの体が欲しいと言っているだけだ」
「……本当ですか? それならいいですけど………………え? え? 何が違うんですか? だ、ダメです! やっぱりダメです! そんなの!!」

 フィズが怒鳴っても、リーイックは両耳を手で塞いで、シグダードに向き直る。

「どうする? 払えないならその体を寄越せ。魔法使いの体など、そう手に入る物じゃない。魔法の解明……魔力の研究もできる。お前がその体を寄越すというなら、どれだけ傷ついてもすぐに直してやる」
「やめろ!! ぐっ……く…………り、リューヌの金貨百枚と合わせて稼ぐ……それでいいだろう!」
「永遠に無理だな」

 冷たく言って、リーイックはさっさと薬をしまっている。それ以上シグダードとフィズが何を言っても聞いていない。

 すると領主が噴き出す声が聞こえた。

「シグ殿。あなたは随分慕われているのだな」
「……お前は私の話を聞いていたか? こいつは私の手足をもぎ取って瓶に詰めてまたニヤニヤ笑いながら眺めるつもりだ」
「そうか? 仲良さげに見えたが?」
「……どこを見ていたんだ?」

 シグダードが首を傾げると、そばにいたオイニオンが、「お前だなんて……」と咎めるが、シグダードは聞いていない。領主も気にしていないらしく、笑っていた。

 シグダードは、領主のベッドのそばの椅子に座り、腕を組んでたずねた。

「お前も、大事ないか?」
「……ああ。リー殿と、ディルカのおかげだ」

 すると、リーイックのそばで、薬の瓶を片付けていたディルカが、恥ずかしそうに言う。

「領主様……やめてください。俺はそんなこと言ってもらえる人間じゃないですよ」
「だが、あなたがいなければ、私は死んでいた」
「……領主様……」

 領主は微笑んで、シグダードを見上げた。

「さて……シグ殿。改まって、まずは、ここを救ってくれたことに、例を言わせてほしい。本当に……ありがとう……」
「そんなことは気にしなくていい……私は別に、貴様のためにやったんじゃない」
「これまであなたに何があったのかは、バルジッカ殿に聞いた。キャラバンの話では、キラフィリュイザには、あの時城にいて、未だにイルジファルアに抵抗している者や、見捨てられている使用人たちもいるらしい。彼らのもとへ、リー殿が向かうそうだ」
「リーイックが?」
「ああ。キャラバンとともに、いずれキラフィリュイザに入るらしい」

 すると、領主のそばにいたリーイックは、深く頷いた。

「俺は、あそこで何があったのか知りたい。シュラの毒も、あれが作るものもだ。あれを解明できるとすれば、それは俺だけだ」

 けれど、ディルカがリーイックに駆け寄っていく。

「り、リー! 頼む!! 残ってくれないか!? まだっ……領主様だって……!」
「領主の治療に必要なことはお前に教える。向こうで俺にはしなくてはならないことがある……キラフィリュイザの城にいて、イルジファルアが見捨てた奴も、俺が全て治療する」
「リー……」
「そんな顔をしなくても、いずれ戻ってくる」
「……」

 リーイックは、シグダードに振り向いた。

「今、怪我人を広間に集めている。彼らの治療が終わり、ディルカに必要なことを教えたら、俺はここを発つ。二人とも、しばらく安静にしていろ。特にシグ。むやみに水の玉に向かって行くな。魔法使いでも、体はただの人族だろう」
「うるさい奴だ………………分かった」

 悪態をつきながらも、リーイックに睨まれると、同意せざるを得ない。

 領主は肩をすくめて「さすがイドライナ家は迫力が違うな」と呟いていた。

 シグダードがリーイックを睨みつけても、リーイックはどんな瓶いいか考えておけと、ひどく冷たい目で言うだけだ。

「こいつはいつもこうだ。冷血医術士め……」
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