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chap12.うまくいかない計画

237.予定外の使者

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 シグダードたちが領主の城に出かけた直後、ヴァルケッドは、違和感しか感じない様子のオイニオンを睨みつけていた。
 オイニオンは、広間に敷いたボロボロの毛布の上で焦点の合わない目をして、口から泡を拭きながら、苦しそうに呻いている。
 彼のそばにディルカが寄り添い、彼に薬を飲ませているが、ディルカにも、原因がわからないようだった。

 目覚めないオイニオンのことを心配したのか、バルジッカはずっと、彼に寄り添っている。
 キャヴィッジェは真っ青になってオイニオンを呼んでいて、今にも泣きそうな顔をしていた。

 オイニオンの様子を見守り、広間にいる誰しもが、原因がわからず怯えている。

 ヴァルケッドは、それも無理ないと思っていた。何しろオイニオンは、目に見えない力、神力で拘束されているのだから。

 ミラバラーテ家の暗殺者として育てられたヴァルケッドを作り上げたのは、アロルーガだった。彼は、蝶水飛族だ。大地の力と言われた、神力を操る種族だ。

 そんな彼に育てられたヴァルケッドは、神力の扱いも学ばされていた。

 だからこそ分かった。目には見えないが、オイニオンの体には、神力が鎖のように絡みついている。それが原因で、自由に動けないのだろう。

 それは同時に、この砦に、蝶水飛族が紛れている証拠でもあった。グラスには人族以外の種族は極端に少ないし、こんな深い森の奥に、たまたまそんなものがいるはずがない。おそらく相手は、ララナドゥールからの使者とみて間違いない。

 ララナドゥールからリーイックのことを調べに使者がくることは、アロルーガから聞いていた。しかし、グラスの城に行くものだとばかり思っていた。

 ヴァルケッドにしてみれば、これは想定外の非常事態だった。

 すぐに、ミラバラーテ家に報告しなくてはならない。ヴィザルーマが毒を作る城に、ララナドゥールの間諜が紛れ込んでいるのだから。
 しかし、下手に動けば、敵に気付かれてしまう可能性がある。
 それでも、あまりもたもたしていることもできない。ララナドゥールから使者が来る。それが、リーイックのことだけを目的にするなら、こんなふうにコソコソしない。時間をかけていれば、不利になる。

 それなら、ディルカを手伝うふりをして、オイニオンの目を覚ますのが、今考えられる最善の策。彼が目を覚ませば、ララナドゥールからの使者の正体もはっきりする。

 ヴァルケッドは、ディルカの隣に腰を下ろした。

「ディルカさん。あの……よければ俺に手伝わせてください」
「は? も、もちろん構わねえが……医術の心得でもあるのか?」
「はい。少し……かじった程度ですが……」

 ヴァルケッドは、そっとオイニオンに触れた。彼は硬く目を瞑ったまま、体をピクリとも動かさない。
 持っていた短剣を抜くと、ディルカはひどく驚いていた。

「お、おいっ……どうした? ヴァルケッド? 剣なんて抜いて……」
「……この短剣で、原因を探ることができるかもしれません」
「なんだと……?」

 そっと、その短剣を彼の体に近づけると、剣がかすかに振動している。おそらく、神力だ。しかし、ディルカにはこの拘束を解くことはできないだろう。神力の扱いには、それを扱うための知識と技能が必要だ。

 ヴァルケッドがやるしかない。他人を処置したことはないが、今は緊急事態だ。

「ディルカさん……もしかしたら、彼は水の玉にやられたのかもしれません……」
「なんだと? だが、彼の様子は、他の水の玉に襲われた人とは違う。水の玉に襲われても、あんな風に異常な行動に出たりはしない」
「たしかにそうですが、今のこの状況は似ています。どうかこのことを領主様に話してきてくれませんか? ここには、今、シグたちがいません。この状況で囲まれて襲われては、全滅してしまうかもしれません」
「……確かにそうか……」
「オイニオンのことは、俺が見ています」
「そうか。悪いな。すぐに戻ってくる」

 彼はそう言って、広間を出て行った。

 今のうちだ。

 ヴァルケッドは、寝ているオイニオンに向き直った。そっと、その体に触れる。すると彼は苦しそうに息を吐いた。

 その上半身を覆う服を脱がせて、その胸の上に短剣をそっと置く。それに、ヴァルケッドが触れると、オイニオンの体から、ふわりと柔らかい光の粒が浮いて、すぐに消えた。

 激しい疲労感が体を襲う。しかし、これでオイニオンも目を覚ますはずだ。

 ヴァルケッドは気が遠くなって、その場に倒れそうになる。閉じる目の向こうで、ディルカが駆け寄ってくるのが見えた。

「おいっ……! ヴァルケッド!! どうした!?」
「い、いや……なんでもない。すまない……ありがとう」

 礼を言って、起き上がる。もう戻ってきたのかと聞くと、領主に渡す薬を忘れていたらしい。

 ヴァルケッドは、彼の手を借りて倒れないように努めた。まだ体がふらふらするが、悟られるわけにはいかない。ヴァルケッドが、神力を扱えることが知れれば、正体がバレないまでも怪しまれることになる。

 ディルカは、ヴァルケッドの体を支えて、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「……本当に大丈夫か? 真っ青じゃないか……」
「いいんだ……それより、オイニオンが……目を覚ましたぞ」

 ヴァルケッドがそういうと、ディルカは驚いて、オイニオンに振り向いた。

 毛布の上に横たわるオイニオンは、首だけをディルカたちの方に向ける。

「ディルカさん……ヴァルケッドさん…………」
「お、オイニオン!? 目を覚ましたのか!?」

 驚くディルカに、お前のおかげだ、と言って、ヴァルケッドはオイニオンに近づいた。

 今のヴァルケッドにとって、真に大切なのは、誰がこんな真似をすることができたのかということだ。

「……オイニオン……話してくれ。誰がお前に、こんな真似をしたんだ?」
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