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chap11.深く暗く賑やかな森

235.飛び込む影

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 敵意を持った大勢の人間に罵声を浴びせられ、怯えるフィズを、シグダードはずっと庇っていた。

 しかしシグダードが、フィズはただの友人でヴィザルーマの側室などではないと、集まった者たちに怒鳴っても、怯えた彼らはまるで聞いてない。

「……ふ、フィズって、ヴィザルーマ様を裏切った奴だろ!?」
「そいつに裏切られて、ヴィザルーマ様は失意に落ちたところを、チュスラスに狙われたって……」
「寝言だ! 裏切ったのは、ヴィザルーマの方だ!!」

 叫んでも、集まった人たちはまるで聞かずに怯えている。

 そして、フィズたちと共にいたラディヤまで、シグダードとフィズからゆっくりと離れていく。

「ふ、フィズ……? 嘘だろう?」
「わ、私は……」

 弁解しようとしたフィズの手を、ラディヤが強く握る。

「う、嘘だろ!? フィズ!! 嘘だよな!?」
「……」

 そう何度も、責め立てるように聞かれて、フィズは俯いてしまう。

シグダードは、フィズを抱き寄せ、ラディヤを睨みつけた。

「やめろ。フィズは関係ない。私が無理矢理連れてきただけだ! フィズに手を出すことは許さん! 聞きたいことがあるなら私に聞け!」
「じ、じゃあ聞くけど、なんで、焦るんだよ? 魔族は人と、血の色が違う。そいつの手を切ろう! そうすればわかるはずじゃないか!」
「ふざけるな!! そんなことのために、フィズを傷つけることは許さん!」
「潔白を証明するためだろ! 何でできないんだよ!! 手ェ切ってそれで潔白が証明できるんだぞ! 何で……まさか、本当に……?」

 ラディヤがフィズから離れていく様子を見て、広間にいた面々が、ジリジリとシグダードたちに近づいてくる。酷い敵意だった。恐ろしくて、息をするのも苦しくなるほどに。

 彼らの中心に立った男が言った。

「そ、その、フィズって男を渡せ! ヴィザルーマ様を殺したのが、そいつかもしれないんだ!!」

 このままでは、彼らはシグダードたちに襲いかかってくる。そう思ったフィズは、シグダードの手を振り払い、前に出ようとしたが、シグダードはフィズの腕をとって、自分の背後に隠し続ける。

「フィズ、お前は黙っていろ」
「し、シグっ……でもっ……!」
「今のあいつらに何を言っても無駄だ」

 シグダードは、広間に集まり自分達に異様な敵意を向ける面々を睨みつけた。

「仮に、フィズが側室のフィズだったとして、貴様らはフィズがヴィザルーマを裏切るところを見たのか? なぜフィズがあいつを裏切ったと言える? フィズは何もしていない!」
「そんなの、信じられるか!! ヴィザルーマ様が狂ったのも、お前のせいだ!! お前が、お前がヴィザルーマ様を壊したんだ!!!」

 怒鳴られて、フィズは俯いていた。言い返すことができなかった。

 ずっと、心の中にあった。優しかったヴィザルーマが、急に酷いことばかりするようになった。なぜそんなことをされるのか分からなくて、自分が何か悪いことをしたせいではないのか、ひどく傷付けて、怒らせてしまうようなことをしたのではないか、そんな風に思えて、苦しかった。

 けれど、震えるフィズを、シグダードはきつく抱きしめてくれた。

「聞くな。聞く価値もない戯言だ」
「シグ……」

 シグダードは、フィズを非難し続ける男たちを睨みつける。

「推測だけで勝手なことばかり言うなっ……! あの男は、愛を囁きながら、あの男の心を満たす物がないことに腹を立てただけだ! そんなものに付き合っていられるか! フィズに非はない!」

 フィズは、シグダードを見上げた。彼は、敵意を持った人たちを睨みつけていて、フィズの視線には気づいていないようだった。

 フィズたちを睨む男の様子も変わらない。

「いいからそいつをこっちに渡せ!!」

 ジリジリと迫ってくる彼らを見て、フィズはシグダードの腕を握って言った。

「シグ……もういいです。逃げてください」
「黙れ」
「シグ! お願いです! 彼らが腹を立てているのは私なんです!」
「黙れ!! 私はお前を妻にする!!! 死んだとしても一人では逃げん!! お前とずっと添い遂げる!!」
「シグ……」

 シグダードは、どれだけフィズが暴れても、フィズを離してはくれなかった。彼には、これ以上傷ついてほしくないのに。

 ついに、集まった男たちのうちの一人が、剣を振りかぶり、フィズに襲いかかってきた。

 その剣を、ジョルジュが受け止めてくれる。

「やめろ……剣を下ろすんだ!」
「ジョルジュさん……あんたはこっち側じゃないんですか?」
「どっちも何もあるか。確かに、フィズは側室のフィズだ!」
「なんだってっ……!?」

 男たちは驚いて、一気に敵意が広がる。フィズのことを話したジョルジュを、シグダードが責めるが、ジョルジュも引かなかった。

「どうせすぐにバレることだっ……! あそこにいるイウィールは、全て知っているんだからな……」

 ジョルジュは、イウィールに振り向いて、彼を睨みつける。

 シグダードたちを取り囲む男たちの後ろに立ったイウィールは、フィズとシグダードを冷たい目で見つめていた。

 ジョルジュの言うことはもっともで、事情を知っている彼に全てを話されてしまえば、シグダードたちは終わりだ。むしろ、これまで動かなかったことが、不思議に思えるくらいだった。

 ジョルジュは、集まった面々に向かって叫んだ。

「フィズは側室のフィズだが、俺たちの仲間だ!! ずっと、俺たちを守るために戦ったんだ。それをなんだ!!! 勝手な憶測に振り回されて罪人扱いか!!」
「うるさい!! そいつが……そいつがっ……! そいつが、ヴィザルーマ様を裏切って、全てがおかしくなったんだ!!」

 すでに水掛け論と化した広間での言い合いの中、それを眺めるようにしていたイウィールが、懐から何かを取り出した。それは、小さな瓶だった。その瓶の中身が、微かに揺れたように見えた。

 咄嗟に、フィズは走り出していた。瓶の中身は、あの水の玉だ。これだけ人が集まった場所で、そんなものを撒かれてしまえば、この場にいる人たちだけではなく、シグダードたちも危ない。

 しかし、シグダードから離れて飛び出したフィズを、集まった男のうちの一人が、手にした棒で殴り倒す。

「あっ……!」

 激しく打たれたフィズのこめかみからは、色のない血が流れた。

「ま、魔族っ……お前がっ……! 全部っ……」

 さらに殴りつけようと振り上げられたものを、シグダードの剣が斬り払う。

「フィズっ……! 馬鹿っ……!」
「シグっ……イウィールを止めてください! 水の玉を持っています!」
「何っ……!?」

 シグダードが、イウィールに振り向いた。しかし、その瓶はすでに床に落とされている。ジョルジュがそれに向かって走るが、間に合わない。

 瓶は、床に落ちてパンっと音を立てて割れた。すると、小さな瓶から飛び出した水飛沫は見る間に膨らんで、広間にいた面々に襲いかかる。

 広間には悲鳴が響き、誰もが逃げ出した。

「ま、まただっ……!!」
「み、水の玉だっ……! 逃げろっ……!」

 けれど、飛びかかるそれは、次々に逃げ惑う人を捕まえていく。

 シグダードが、フィズを抱き寄せ自らに向かってくる水の玉を斬り払った。

 そんな事態を引き起こしたイウィールが、シグダードたちに背を向け、逃げて行こうとするの見て、シグダードは彼を追って走り出した。

「待てっ……!」

 叫んだシグダードが手を伸ばすが、その男には届かない。

 それどころか、溢れた水は、シグダードを包もうと迫ってくる。

 フィズは、シグダードを抱きしめて、水から守ったが、わずかに間に合わなかったらしく、シグダードは、右腕を水の玉に囚われて、ひどく顔を歪めていた。それでも、悲鳴は上げずにフィズの手を振り払おうとする。

「フィズ!? 離せっ……!」

 叫ぶ彼に、何度も首を横に振って答えて、フィズは、シグダードから剣を奪い取り、向かってくる水の玉を斬り払った。

「シグ……その顔……本当はどうしたんですか?」
「は!? い、今はそんなこと、どうでもいいだろう!! 剣を返せ!」

 あからさまに慌て出すシグダードに、フィズは振り向いた。彼は、ずっとこうだった。初めて会った時から、ずっと、下手くそなやり方で、フィズのことを愛してくれた。

「本当は……自分でやったんじゃないんですか? 顔を……隠すために」
「違う! 話しただろう!! これは、酔って暖炉に顔を突っ込んだんだ!!!! お前はっ……! 何も気にしなくていいんだ!!!!」

 我慢できなくなって、フィズはシグダードから顔を背けた。魔法使いとはいえ、彼の体はひどく傷ついている。それでもそれを感じ取らせないでいようと必死になる彼を見ていると、涙が抑えられなかった。

「嫌です……そんなのっ……!」

 乱暴に涙を拭い、フィズは飛んでくる水の玉を切り付けた。

「剣だけなら、私のほうが上です!」

 すでに、フィズたちは、水の玉に囲まれていた。
 広間には悲鳴が響き、その場にいた半数ほどは、水の玉に襲われて倒れてしまっている。
 ジョルジュが、剣を使える人たちに指示を出し、逃げ惑う人たちを逃がそうとしているが、水の玉のほうが圧倒的に数が多い。

 しかし、このままむざむざやられたくはない。

 フィズは、剣を構え直した。

 その時、広間にガラスが割れる音が響いた。フィズたちが既に割っていた窓を粉々に破って、中に真っ白な竜たちが飛び込んでくる。全て、処刑の際にフィズたちが連れ出し、森で別れた白竜たちだ。背中には、見知った男を乗せている。誰かと思えば、それはキャヴィッジェだった。

「うわっ……! わわわ!! お、落ちるだろ!」
「うるさい。貴様のような、鬱陶しい男を乗せてやってるんだぞ!! ああ!! 気持ち悪い!!」

 苛立ったのか、白竜はキャヴィッジェを振り落としてしまう。落ちる彼を見て、ヴィラジェがかけより、彼を抱き止めた。

「き、キャヴィッジェ!? 何してんだよ!」
「ああ? ヴィラジェ、お前か……何って、白竜に乗ってきたんだよ!! いってー……」

 彼は腰を打ったらしく、そこをさすっていた。
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