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chap11.深く暗く賑やかな森

233.歓迎されない夜

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 シグダード、フィズ、リーイック、ラディヤとジョルジュが、使者を連れて領主の城に向かうことが決まり、砦から出たところで、バルジッカは、シグダードに手入れした剣を渡してくれた。フィズたちはまだ砦の中で、暗い砦の前に、シグダードとバルジッカの二人だけだ。

 バルジッカは、剣を渡しながら真剣な顔で言う。

「相手は剣を握ったことのない村人とはいえ、大人数だ。その上、使者や領主を奪われて混乱している。何をするか分からない。十分気をつけろ」
「分かっている」
「……本当か? いいか。無理だと思ったら無茶をせずに退け。死んだら元も子もなくなる。常に周りを警戒して、決して囲まれるな。逃走ルートだけは、常に確保しておくんだ」
「分かった分かった……」
「シグ!! 真面目に聞け! 分かってんのか? たった五人で使者連れて行くんだ。使者の方も、途中で目を覚ますかも知れねえ。そうなったら、使者は捨てて逃げるんだ!」
「分かっている。お前、最近口うるさいぞ」
「……口うるさくもなる……お前、死んでないのが不思議だぞ。てめえの体見てみろ」
「……何か問題があるのか?」

 確かに生傷が絶えないのは認めるが、その程度だ。フィズと手を繋げるようになったのだから、そんなものは気にならない。
 シグダードは、そんなことよりフィズのことが気になった。彼と共に行くと決めたが、彼だけは傷ついてほしくない。

「バル……合図を決めておこう。何かあれば、狼煙を上げる。フィズだけは……」
「フィズだけは、じゃねえ。そんなこと、フィズの前で言ってみろ。ぶん殴られるぞ。お前も無事に帰ってくるんだ」
「……ああ」

 シグダードは、フィズに同じことを言ったら、と想像して頷いた。
 バルジッカも苦笑しながら頷く。

「ちゃんと警戒しろよ」
「分かっている。そっちも、ここを頼んだぞ。何が来るか分からない。水の玉だけでも厄介なのに、ここには、まだ他に何かが潜んでいるようだ」
「…………分かっている。それと、向こうへいったら、村人以外にも、チュスラスに命じられて俺たちと来た奴らと、領主を慕う兵士たちもいる。背後に気をつけろよ」
「ああ……」

 シグダードは頷き、バルジッカも再び念を押してくる。それに軽く返事をしながら、シグダードは、周囲に注意をやった。できるだけ頭は動かさず、周りに目だけをやって、そばに誰も潜んでいないことを確認する。

 シグダードのそんな様子に、バルジッカは、すぐに気づいたらしい。彼も、先ほどまでとまるで変わらない親しげな様子と呆れた笑顔のまま、シグダードにだけ聞こえるような声で言った。

「……どうした? シグ」
「……」
「心配するな。周りには誰もいねえ」

 さすがだと思った。こういうことは、バルジッカの方が格段に鋭い。
 シグダードも、同じように彼にだけ聞こえるように言った。

「…………ラディヤの様子がおかしい」
「ラディヤの?」
「ああ……」
「おかしいって、何がだよ?」
「何が……とは、言えない。だが、私もあの城に長くいた。なんとなく様子が変、そのくらいしか分からないが……」
「そうか……」
「ラディヤは、やけに自分だけで行きたがる。村のためだと繰り返すが、それだけとは思えない。そもそもオイニオンは、ラディヤがいなくなったと言って探しに行ったんだろう?」
「……ラディヤがオイニオンに何かするとは思えないが……お前の方が、俺よりそういうもんには敏感か……分かった。気を付けておく」

 バルジッカは、力強く返事をしてくれる。

 今は誰が敵かも分からない状態だ。誰も疑いたくはないが、そんな風にばかりもしていられない。

 二人でこの先のことを確認し合っていると、砦からジョルジュが出てきた。シグダードとバルジッカが同時に振り返り、ジョルジュは少し驚いたようだ。

「どうした? 二人とも……」

 シグダードは、首を横に振った。

「なんでもない。少し……大事な話をしていた」
「なんだ? 内緒話か?」
「そうじゃない。ラディヤの話をしていた」
「ラディヤの?」
「……あいつの様子がおかしい」

 シグダードが言うと、バルジッカは「いいのか?」と聞いてくる。

「構わない。こいつのことなら信頼できる。共に死線を越えた仲だからな」

 シグダードが笑うと、ジョルジュはひどく嫌そうな顔をした。

「何が死線だよ。俺はお前に巻き込まれただけだ……」
「そんなことはどっちでもいい。それより、お前も周囲は警戒しておけよ」
「お前に言われたくねーよ。それより、バルジッカ」

 ジョルジュは、バルジッカに振り向いた。

「ここの警備には、ウォデシアスたちも協力するらしい。それと……ヴァルケッドにも注意しろ」

 言われて、バルジッカは首を傾げた。

「ヴァルケッド?」
「あいつは、ミラバラーテ家の暗殺者である可能性が高い」
「なんだと?」

 バルジッカが聞き返して、シグダードはかぶりを振った。

「まだお前はそんなことを言っているのか」
「なんでお前はあいつだけそんなに信じきってるんだよ……ミラバラーテの犬がここに紛れ込んでいるなら、お前を見逃すはずがない!」
「だが私はこうして生きている」
「今は様子を見ているだけかもしれないだろ! 何か企んでいるのかも……」
「分かったわかった。うるさいぞ」
「……」

 適当に言うシグダードの返事を聞いて、ジョルジュはシグダードを睨んでいた。代わりにバルジッカが分かったと答える。

「わかった。シグに近づく奴は、城にいた頃みてえに警戒してる。俺に任せておけ」
「頼んだぞ」

 ジョルジュはそう言って満足げにしているが、シグダードは首を傾げ、バルジッカにたずねた。

「お前、そんなことをしていたのか?」
「当然だろ。魔法使えるお前を殺すなら、後ろから不意打ちくらいしか、方法ないんだ。今のお前にはそれも使えねえ。せいぜい気をつけろ」
「分かっている……」

 憮然として、シグダードが彼に背を向けると、バルジッカは突然肩を叩いてくる。

「こっちに帰ってきたら俺が守ってやるから、それまで死ぬなよ」
「……ああ」

 バルジッカは、ジョルジュに向き直った。

「しばらくの間、シグを頼む。俺じゃ、あの城も村も案内できねえ。ここに残るリューヌも……放っておけねえからな」
「お前こそ、ここに残るものを頼む。村の連中の間に不安が広がっている。領主様だけが希望だ。警備していてくれ」
「分かった……」

 最後に、使者を連れたリーイックとフィズ、ラディヤ、キャヴィッジェが出てくる。
 ラディヤは、いつもと同じようにシグダードたちに微笑んだ。

 キャヴィッジェがシグダードたちに不安そうに言った。

「シグ……向こうにいる奴らを頼む。俺も行きたいんだが……」

 シグダードは、首を横に振った。

「まだそんなことを言っているのか。お前にはここを任せる。頼んだぞ」
「……使者がいなくなって、あそこを仕切ってそうな奴等を伝えておく。あいつらも……俺らの仲間だったんだ。その……」

 言いにくそうな彼に、シグダードの方が先に言った。

「むやみに怪我をさせるような真似はしない。そう不安そうにするな」







 シグダードは、フィズとリーイックを連れ、ラディヤの案内で、ジョルジュと共に周囲を警戒しながら、夜の暗がりに紛れて領主の城を目指した。
 夜の森は静かで、水の玉の一つくらい襲ってくるかと思ったが、何も出ない。それが逆に恐ろしく思えた。

 暗い森をしばらく行くと、城の明かりが見えてきた。

 シグダードの隣を歩くラディヤが、森の奥に向かって進みながら、城の状況を予測して話し出す。

「みんな、城の東にある広間に集まってるはずだ。水の玉に襲われないように、普段からそこに集まることになってた……実際は、監視のしあいだけどな……」
「そうか……」

 シグダードは答えながら、後ろを歩くリーイックに振り向いた。彼の隣にいる使者は、無言で、どこを見ているかも分からない目をして歩いている。

 それを見て、ラディヤがシグダードに、リーイックには気づかれないようにたずねてくる。

「なあ……シグ……」
「……どうした?」
「……あいつは何者だ?」
「リーのことか?」
「他に誰がいるんだよっ……あいつ、なんであんな力使えるんだ?」
「…………さあな。私にも分からない。だが、あいつは腕のいい医術士だ。私も頼りにしている」
「……そうかよ……」

 ラディヤは、しばらくリーイックを睨んでいたが、やがて、森の奥に城が見えてくると、黙って、城壁が壊れているところに案内してくれた。壁にできた穴をくぐり、中に入る。そこに散らかった瓦礫と雑草をかき分けながら、一向は進んだ。

 ラディヤが、振り向かずに言う。

「この先に、広間の中を覗ける小屋があるんだ。すでに水の玉に破壊されてボロボロだけどな。そこへ移動しよう。使者に動きがあるまで見張るんだ」
「……そうだな」

 うなずいて、シグダードはラディヤについて行った。

 けれど、フィズもその様子におかしなものを感じたらしい。
 シグダードの服を引いて、シグダードに耳打ちする。

「なんだか……ラディヤさん、すごく張り切ってますね」
「……そうだな……」

 フィズやリーイックにも、ラディヤに感じた違和感のことは話してある。シグダードは、彼の様子に注意しながら進んだ。

 暗い中を、どこかおかしな様子のラディヤについて歩いていると、不安になってくる。しかし、ここまで来ては、あとに引けない。

 シグダードはラディヤについて歩きながら、ジョルジュに振り向いた。

「ジョルジュ……お前は? どう思う?」
「さあな。俺はラディヤから目を離さないようにしておく。お前たちも、警戒だけは怠るな」

 しばらく行くと、リーイックが「始めるぞ」と言ってシグダードに目配せをする。すると、使者は一人でふらふらと、城の方へ歩いて行った。

「俺たちは、離れたところから使者を見張る。必ず、ヴィザルーマの伝令役が近づいてくるはずだ」

 リーイックの言葉に、シグダードは頷いて、ラディヤも同じように頷いていた。







 ラディヤに案内されたのは、城壁を越えて少し行くと見つけられた、崩れかけの小屋だった。ここからなら、城の広間を見渡せる。その上、雑草や枯れかけの木々が邪魔になって、煌々と明かりが灯る広間にいる村人たちが、暗い庭に潜むシグダードたちに気づくことは困難だろう。

 広間には大きな窓が並んでいて、中の様子がよく分かった。そこに村人たちは集まって、思い思いの時間を過ごしている。武器の手入れをしていたり、ひどく疲れたような顔をしている者や、すでに寝ている者もいて、たまに怒鳴るような声も聞こえた。

 シグダードは、ラディヤに振り向いた。

「ここに残ったのは、今あそこにいる奴らだけか?」
「いいや……いない奴も多い。いつもは、だいたいあそこに集まっていたのに……一部は逃げ出したんじゃないか? 嫌になったんだろ。こんな場所……俺だって嫌だ」
「……お前はここが嫌いなのか?」
「……ああ。嫌いだね……」

 答えてラディヤは、広間の方を睨んでいた。

 リーイックも、じっと広間の方から目を離さずに、シグダードたちに「来るぞ」と言った。

 広間の村人たちが慌ただしく動き出し、それから少しすると、使者が広間の中に入ってきた。歓声のような声が聞こえる。

 それを聞いたラディヤが、呆れたように言った。

「……見ろよ。使者が戻って、どいつもこいつも、バカみたいに喜んでやがる。あいつが、村の奴らを監禁したことも知らないで……」

 木々に隠れながら、広間の中を盗み見ていると、広間の面々は使者の帰還を喜び、あるいは使者を心配しているのか、その体に触れて何か話していた。

 しかし、あの使者を信じて付き従っていた人数を考えれば、ひどく少ない気もした。シグダードがここにいた時は、もっと人数がいたはずなのに。

 そう思ったのは、ジョルジュも一緒だったらしい。

「分裂したのは、俺たちだけじゃなかったみたいだな」
「どういう意味だ?」

 シグダードがたずねると、ジョルジュは広間の方を睨んだまま言った。

「使者のインチキが明らかになって、半信半疑で俺たちと逃げた奴らも、お前は従った従わなかったと言い出して、喧嘩を始めただろう。ここでは、唯一信じていた使者が消えて、余計に対立しやすかったはずだ。信じていたふりをしていた奴らもいただろうからな……」
「そうか……」

 シグダードは、広間の窓の向こうに、ヴィラジェがいるのを見つけた。彼のことは、キャヴィッジェに頼まれている。あんなやつでも、心配なんだと。
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