233 / 290
chap11.深く暗く賑やかな森
233.歓迎されない夜
しおりを挟むシグダード、フィズ、リーイック、ラディヤとジョルジュが、使者を連れて領主の城に向かうことが決まり、砦から出たところで、バルジッカは、シグダードに手入れした剣を渡してくれた。フィズたちはまだ砦の中で、暗い砦の前に、シグダードとバルジッカの二人だけだ。
バルジッカは、剣を渡しながら真剣な顔で言う。
「相手は剣を握ったことのない村人とはいえ、大人数だ。その上、使者や領主を奪われて混乱している。何をするか分からない。十分気をつけろ」
「分かっている」
「……本当か? いいか。無理だと思ったら無茶をせずに退け。死んだら元も子もなくなる。常に周りを警戒して、決して囲まれるな。逃走ルートだけは、常に確保しておくんだ」
「分かった分かった……」
「シグ!! 真面目に聞け! 分かってんのか? たった五人で使者連れて行くんだ。使者の方も、途中で目を覚ますかも知れねえ。そうなったら、使者は捨てて逃げるんだ!」
「分かっている。お前、最近口うるさいぞ」
「……口うるさくもなる……お前、死んでないのが不思議だぞ。てめえの体見てみろ」
「……何か問題があるのか?」
確かに生傷が絶えないのは認めるが、その程度だ。フィズと手を繋げるようになったのだから、そんなものは気にならない。
シグダードは、そんなことよりフィズのことが気になった。彼と共に行くと決めたが、彼だけは傷ついてほしくない。
「バル……合図を決めておこう。何かあれば、狼煙を上げる。フィズだけは……」
「フィズだけは、じゃねえ。そんなこと、フィズの前で言ってみろ。ぶん殴られるぞ。お前も無事に帰ってくるんだ」
「……ああ」
シグダードは、フィズに同じことを言ったら、と想像して頷いた。
バルジッカも苦笑しながら頷く。
「ちゃんと警戒しろよ」
「分かっている。そっちも、ここを頼んだぞ。何が来るか分からない。水の玉だけでも厄介なのに、ここには、まだ他に何かが潜んでいるようだ」
「…………分かっている。それと、向こうへいったら、村人以外にも、チュスラスに命じられて俺たちと来た奴らと、領主を慕う兵士たちもいる。背後に気をつけろよ」
「ああ……」
シグダードは頷き、バルジッカも再び念を押してくる。それに軽く返事をしながら、シグダードは、周囲に注意をやった。できるだけ頭は動かさず、周りに目だけをやって、そばに誰も潜んでいないことを確認する。
シグダードのそんな様子に、バルジッカは、すぐに気づいたらしい。彼も、先ほどまでとまるで変わらない親しげな様子と呆れた笑顔のまま、シグダードにだけ聞こえるような声で言った。
「……どうした? シグ」
「……」
「心配するな。周りには誰もいねえ」
さすがだと思った。こういうことは、バルジッカの方が格段に鋭い。
シグダードも、同じように彼にだけ聞こえるように言った。
「…………ラディヤの様子がおかしい」
「ラディヤの?」
「ああ……」
「おかしいって、何がだよ?」
「何が……とは、言えない。だが、私もあの城に長くいた。なんとなく様子が変、そのくらいしか分からないが……」
「そうか……」
「ラディヤは、やけに自分だけで行きたがる。村のためだと繰り返すが、それだけとは思えない。そもそもオイニオンは、ラディヤがいなくなったと言って探しに行ったんだろう?」
「……ラディヤがオイニオンに何かするとは思えないが……お前の方が、俺よりそういうもんには敏感か……分かった。気を付けておく」
バルジッカは、力強く返事をしてくれる。
今は誰が敵かも分からない状態だ。誰も疑いたくはないが、そんな風にばかりもしていられない。
二人でこの先のことを確認し合っていると、砦からジョルジュが出てきた。シグダードとバルジッカが同時に振り返り、ジョルジュは少し驚いたようだ。
「どうした? 二人とも……」
シグダードは、首を横に振った。
「なんでもない。少し……大事な話をしていた」
「なんだ? 内緒話か?」
「そうじゃない。ラディヤの話をしていた」
「ラディヤの?」
「……あいつの様子がおかしい」
シグダードが言うと、バルジッカは「いいのか?」と聞いてくる。
「構わない。こいつのことなら信頼できる。共に死線を越えた仲だからな」
シグダードが笑うと、ジョルジュはひどく嫌そうな顔をした。
「何が死線だよ。俺はお前に巻き込まれただけだ……」
「そんなことはどっちでもいい。それより、お前も周囲は警戒しておけよ」
「お前に言われたくねーよ。それより、バルジッカ」
ジョルジュは、バルジッカに振り向いた。
「ここの警備には、ウォデシアスたちも協力するらしい。それと……ヴァルケッドにも注意しろ」
言われて、バルジッカは首を傾げた。
「ヴァルケッド?」
「あいつは、ミラバラーテ家の暗殺者である可能性が高い」
「なんだと?」
バルジッカが聞き返して、シグダードはかぶりを振った。
「まだお前はそんなことを言っているのか」
「なんでお前はあいつだけそんなに信じきってるんだよ……ミラバラーテの犬がここに紛れ込んでいるなら、お前を見逃すはずがない!」
「だが私はこうして生きている」
「今は様子を見ているだけかもしれないだろ! 何か企んでいるのかも……」
「分かったわかった。うるさいぞ」
「……」
適当に言うシグダードの返事を聞いて、ジョルジュはシグダードを睨んでいた。代わりにバルジッカが分かったと答える。
「わかった。シグに近づく奴は、城にいた頃みてえに警戒してる。俺に任せておけ」
「頼んだぞ」
ジョルジュはそう言って満足げにしているが、シグダードは首を傾げ、バルジッカにたずねた。
「お前、そんなことをしていたのか?」
「当然だろ。魔法使えるお前を殺すなら、後ろから不意打ちくらいしか、方法ないんだ。今のお前にはそれも使えねえ。せいぜい気をつけろ」
「分かっている……」
憮然として、シグダードが彼に背を向けると、バルジッカは突然肩を叩いてくる。
「こっちに帰ってきたら俺が守ってやるから、それまで死ぬなよ」
「……ああ」
バルジッカは、ジョルジュに向き直った。
「しばらくの間、シグを頼む。俺じゃ、あの城も村も案内できねえ。ここに残るリューヌも……放っておけねえからな」
「お前こそ、ここに残るものを頼む。村の連中の間に不安が広がっている。領主様だけが希望だ。警備していてくれ」
「分かった……」
最後に、使者を連れたリーイックとフィズ、ラディヤ、キャヴィッジェが出てくる。
ラディヤは、いつもと同じようにシグダードたちに微笑んだ。
キャヴィッジェがシグダードたちに不安そうに言った。
「シグ……向こうにいる奴らを頼む。俺も行きたいんだが……」
シグダードは、首を横に振った。
「まだそんなことを言っているのか。お前にはここを任せる。頼んだぞ」
「……使者がいなくなって、あそこを仕切ってそうな奴等を伝えておく。あいつらも……俺らの仲間だったんだ。その……」
言いにくそうな彼に、シグダードの方が先に言った。
「むやみに怪我をさせるような真似はしない。そう不安そうにするな」
*
シグダードは、フィズとリーイックを連れ、ラディヤの案内で、ジョルジュと共に周囲を警戒しながら、夜の暗がりに紛れて領主の城を目指した。
夜の森は静かで、水の玉の一つくらい襲ってくるかと思ったが、何も出ない。それが逆に恐ろしく思えた。
暗い森をしばらく行くと、城の明かりが見えてきた。
シグダードの隣を歩くラディヤが、森の奥に向かって進みながら、城の状況を予測して話し出す。
「みんな、城の東にある広間に集まってるはずだ。水の玉に襲われないように、普段からそこに集まることになってた……実際は、監視のしあいだけどな……」
「そうか……」
シグダードは答えながら、後ろを歩くリーイックに振り向いた。彼の隣にいる使者は、無言で、どこを見ているかも分からない目をして歩いている。
それを見て、ラディヤがシグダードに、リーイックには気づかれないようにたずねてくる。
「なあ……シグ……」
「……どうした?」
「……あいつは何者だ?」
「リーのことか?」
「他に誰がいるんだよっ……あいつ、なんであんな力使えるんだ?」
「…………さあな。私にも分からない。だが、あいつは腕のいい医術士だ。私も頼りにしている」
「……そうかよ……」
ラディヤは、しばらくリーイックを睨んでいたが、やがて、森の奥に城が見えてくると、黙って、城壁が壊れているところに案内してくれた。壁にできた穴をくぐり、中に入る。そこに散らかった瓦礫と雑草をかき分けながら、一向は進んだ。
ラディヤが、振り向かずに言う。
「この先に、広間の中を覗ける小屋があるんだ。すでに水の玉に破壊されてボロボロだけどな。そこへ移動しよう。使者に動きがあるまで見張るんだ」
「……そうだな」
うなずいて、シグダードはラディヤについて行った。
けれど、フィズもその様子におかしなものを感じたらしい。
シグダードの服を引いて、シグダードに耳打ちする。
「なんだか……ラディヤさん、すごく張り切ってますね」
「……そうだな……」
フィズやリーイックにも、ラディヤに感じた違和感のことは話してある。シグダードは、彼の様子に注意しながら進んだ。
暗い中を、どこかおかしな様子のラディヤについて歩いていると、不安になってくる。しかし、ここまで来ては、あとに引けない。
シグダードはラディヤについて歩きながら、ジョルジュに振り向いた。
「ジョルジュ……お前は? どう思う?」
「さあな。俺はラディヤから目を離さないようにしておく。お前たちも、警戒だけは怠るな」
しばらく行くと、リーイックが「始めるぞ」と言ってシグダードに目配せをする。すると、使者は一人でふらふらと、城の方へ歩いて行った。
「俺たちは、離れたところから使者を見張る。必ず、ヴィザルーマの伝令役が近づいてくるはずだ」
リーイックの言葉に、シグダードは頷いて、ラディヤも同じように頷いていた。
*
ラディヤに案内されたのは、城壁を越えて少し行くと見つけられた、崩れかけの小屋だった。ここからなら、城の広間を見渡せる。その上、雑草や枯れかけの木々が邪魔になって、煌々と明かりが灯る広間にいる村人たちが、暗い庭に潜むシグダードたちに気づくことは困難だろう。
広間には大きな窓が並んでいて、中の様子がよく分かった。そこに村人たちは集まって、思い思いの時間を過ごしている。武器の手入れをしていたり、ひどく疲れたような顔をしている者や、すでに寝ている者もいて、たまに怒鳴るような声も聞こえた。
シグダードは、ラディヤに振り向いた。
「ここに残ったのは、今あそこにいる奴らだけか?」
「いいや……いない奴も多い。いつもは、だいたいあそこに集まっていたのに……一部は逃げ出したんじゃないか? 嫌になったんだろ。こんな場所……俺だって嫌だ」
「……お前はここが嫌いなのか?」
「……ああ。嫌いだね……」
答えてラディヤは、広間の方を睨んでいた。
リーイックも、じっと広間の方から目を離さずに、シグダードたちに「来るぞ」と言った。
広間の村人たちが慌ただしく動き出し、それから少しすると、使者が広間の中に入ってきた。歓声のような声が聞こえる。
それを聞いたラディヤが、呆れたように言った。
「……見ろよ。使者が戻って、どいつもこいつも、バカみたいに喜んでやがる。あいつが、村の奴らを監禁したことも知らないで……」
木々に隠れながら、広間の中を盗み見ていると、広間の面々は使者の帰還を喜び、あるいは使者を心配しているのか、その体に触れて何か話していた。
しかし、あの使者を信じて付き従っていた人数を考えれば、ひどく少ない気もした。シグダードがここにいた時は、もっと人数がいたはずなのに。
そう思ったのは、ジョルジュも一緒だったらしい。
「分裂したのは、俺たちだけじゃなかったみたいだな」
「どういう意味だ?」
シグダードがたずねると、ジョルジュは広間の方を睨んだまま言った。
「使者のインチキが明らかになって、半信半疑で俺たちと逃げた奴らも、お前は従った従わなかったと言い出して、喧嘩を始めただろう。ここでは、唯一信じていた使者が消えて、余計に対立しやすかったはずだ。信じていたふりをしていた奴らもいただろうからな……」
「そうか……」
シグダードは、広間の窓の向こうに、ヴィラジェがいるのを見つけた。彼のことは、キャヴィッジェに頼まれている。あんなやつでも、心配なんだと。
0
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。
とうや
BL
【6/10最終話です】
「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」
王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。
あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?!
自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。
***********************
ATTENTION
***********************
※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。
※朝6時くらいに更新です。
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる