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chap11.深く暗く賑やかな森
226.先に進む希望
しおりを挟む長い治療を終えたリーイックは、ぐったりしていたが、キャラバンと共にいた医術士の男が薬を渡すと、それを飲んで何とか体を起こしていた。
けれどもリーイックは、まだ明らかに顔色が悪い。彼を治療した医術士も、心配そうにしている。
シグダードは、その医術士が、城下町で倒れたリブを治療してくれたディルカであることを思い出した。どうやら、あの時以来、リーイックの腕に惚れ込んでいるらしく、ディルカはリーイックに向かって心配そうに言った。
「おい……リー。安静にしていろ。お前の腕は、こんなところで失われていいものじゃない」
「当然だ。だが、ここを敵視する村人どもを何とかしないと、先に進めない」
すると、それを聞いた領主がリーイックに振り向いた。
「……村人たちが、どうかしたのか?」
「彼らは、あなたが寝ている間に、使者アギジイタトルの言うことを信じ込んで、非道な振る舞いをしています」
リーイックがこれまでにあったことを話すと、領主は驚いていた。そして、二人の息子たちのことをたずねてくる。
憔悴した領主には話しづらいが、黙っているわけにもいかない。
シグダードは、悩みながらも口を開いた。
「ジェレーのことは、ヴェターが殺した。そのあと、ヴェターはジェレーのふりをしてシュラの屋敷に来ている。次期領主の座を手にするため、兄弟を殺す毒が欲しいと言って」
「ヴェターがっ……!? そうか……」
領主は泣き出すことはなかったが、ひどく辛そうにしていた。それでも涙は流さずに顔を上げる。ベッドに寝ているところを見つけた時は、ひどくやつれ、死んでしまったのかと思うほどだったが、その顔には、今は力強さがあった。
「ヴェターはどうした?」
リーイックが首を横に振った。
「分かりません。そこにいるシグが、城下町でヴェターに会い、リューヌという奴隷を金貨百枚で買う約束をしましたが、それっきりです」
「金貨百枚だとっ……!? 馬鹿げたことを……ヴェター……人が物のように扱われることなど、許してはならないと教えたのに……」
「ヴェターはシュラの屋敷へ向かい、何かを探していたようですが、それが何なのか、あなたはご存知ですか?」
「……いいや…………あの悪名高いシュラの屋敷で探すものなど……見当もつかない」
「そうですか……」
俯くリーイックに、シグダードは「例の毒じゃないのか」と聞いた。
「そうかもしれない。あるいは、解毒薬か……」
すると、フィズがおずおずと言った。
「……もしかしたら……あの、と、時計じゃないんですか……? ラッジさんが……そんな話をしていて……」
「時計?」
リーイックは首を傾げて、頷いた。
「なるほど……そうかもしれない。毒を撒くために使われた風時魔の時計か……」
「り、リー。あの時計、今どこにあるんですか?」
「さあな。あの時は、それどころじゃなかった。しかし……風時魔の時計か……やはり、城に戻らなくては……」
考え込んでしまったのか、リーイックは何やらぶつぶつ言いながら俯いている。フィズが「リー?」と呼びかけると、やっと我に返ったようだ。
「ああ……なんでもない……」
どうやら彼は、シュラの毒のことが気になって仕方がないらしい。
シグダードは、領主に振り向いた。
「おい、領主。起きたなら答えろ。ここは、なぜこんなことになっている?」
いつもの不遜な態度でたずねるシグダードを、すぐにオイニオンが咎める。
「シグ! 領主様はお目覚めになられたばかりなのに……!」
「構わない」
すぐにそう言った領主は、シグダードに向き直った。
「ここを救ってくれて、ありがとう。シグ、リー。あなたたちは……村のものではないな?」
「ああ。私は通りすがりの奴隷のシグで、そっちは、浮浪者の医術士のリーだ」
「……通りすがりの奴隷と……浮浪者?」
シグダードの挨拶を聞いて、領主は不思議そうな顔をして首を傾げ、リーイックはシグダードを睨みつけていた。
領主は、シグダードたちに向かって頭を下げた。
「と、とにかく、あなたたちには礼を言う……リー。それに……シグ」
「礼など、後でたっぷり聞いてやる!」
そう言ったシグダードに、領主は苦笑いをしていた。
礼を言われて悪い気はしない。気を良くしたシグダードは、さらにたずねた。
「それで、あのアギジイタトルというのは、何者だ? なぜここは、こんなことになっている?」
シグダードがたずねると、領主はしばらくの間俯いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……私が、迂闊だったのだ……ヴィザルーマ様からの使者と聞いて、もっと警戒するべきだった。トゥルライナーや、正体不明の水の玉が増えて、その対処に苦悩している時に、あの使者が現れた。そして、民たちを救う唯一の方法があると言い出したんだ。怪しいとは思ったが、病が重くなり、私はほとんどベッドから動けない上に、ヴェターは何か良からぬことを考えているような時だったから、何か……助けになるものが欲しいと、そう願ってしまったんだ……」
「そこに付け込まれたのか……」
「……その通りだ。使者の持った瓶から飛び出した水が私を包み、それからは、体を動かすことも、声を発することもできなくなった。あの男の目的は、ここを乗っ取ることだったのだろう。あの男は、病に伏した私の代わりにここを守ると話していた」
悔しそうに話す領主。
それを聞いていたキャヴィッジェも、歯噛みしてシグダードに言った。
「村の奴らも、最初は使者に、領主様が倒れたのはあの水の玉のせいだから、言うとおりにすれば領主様が助かるって言われて、あいつに従ったんだ。それが……いつのまにか、使者に反逆を疑われることを恐れて、監視のし合いみたいになっていった。みんな本当は、領主様を助けて、元の暮らしを取り戻したかっただけだ……」
「だったら、もう半分は達成したではないか!」
シグダードが言うと、その場にいた村人たちから、冷たい視線が向けられた。
キャヴィッジェも、今にも飛びかかってきそうな目をして言う。
「お前……ここの状況を見てみろ。こんなボロボロの廃墟に、みんなで逃げ込んで、それでなんで達成なんだ?」
「領主が目を覚ました」
そう言ってシグダードが領主を指差すと、誰もが目を丸くしている。
しかしシグダードには、今が希望が生まれた瞬間に思えた。
「領主はこうして帰ってきた。最初から、お前たちはそれが目的だったのだろう? それに、今はリーもいる。病も治療することができるかもしれない。なあ? リー」
リーイックも、ため息をついていたが「そうだな」と答えた。
「俺なら、その病に効く薬を調合できる。材料があれば、だが……今は、キャラバンが運んできたものがある。それを使ってやってみよう」
「リー殿……感謝する……」
答えた領主に、リーイックは、材料の調達に協力することが条件だ、と答えた。
「それと、もう一つ。俺がお前を治療したら、キャラバンがここを通ることを許可するよう、王に進言して欲しい。彼らは、捕縛を逃れるために、危険な道のりを行き、命を落とす者も少なくない。その上、捕縛された者は、非道なやり方で取り調べられた挙句、惨殺され見せしめとして晒されている。そんなことがもう起こらないようにして欲しい」
「……分かった。運ぶことを許可できない物もあるが……ここから運ばれているものが、民衆の助けになっていることも事実だ。今の陛下が、私の言葉を聞くかは分からないが……やってみよう」
「心配せずとも、すぐにチュスラスの治世は終わる」
「リー殿……」
「そうだ。金竜の鱗薬粉はあるか?」
「金竜の? いや……そんなに珍しいものは置いていない」
「そうか……」
項垂れるリーイックは、「ルイがいればな……」と、ぼそっと漏らしている。
シグダードは、それがフィズに聞こえていないかとハラハラしたが、幸か不幸か、彼には聞こえていなかったようだ。
「リー、領主が歩けるようになるまで、治療することはできるか?」
「ああ……だが、時間がかかるぞ」
「そうか……」
シグダードは、領主に振り向いた。
「では、そのままでいい。私が担いで行く。共に来い、領主。村人たちを説得できるとすれば、お前だけだ」
その言葉に、領主は力強く頷いた。
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